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第33話

 筆記試験が始まって大分時間が経った。俺は半分くらいの時間で終わったから今は何もしてない。


 試験とはいえ俺が眠らず、読書せず、精霊とも戯れずまともに座ってるから教室に入ってきた先生は感動してたね。あの反応はちょっと面白かった。

 内容は一教科のうち八割くらいが前世で俺が学んだことのあるような問題で、残りの二割は全四種族の特性とかこの世界ならではの内容。言い回しがちょっと貴族社会っぽいかな? ってくらいで俺からすると簡単だった。たぶんだけど、高校生から大学生くらいのレベルじゃないかなと勝手に予想してる。


 もう何度も見直ししたし自己採点だと満点。空欄やケアレスミスもなさそう。さすがに試験中だから読書とかするわけにはいかない。何もすることがないから暇すぎて試験開始から七回目くらいの欠伸をした。ぼーっとするのも好きだけど、今はそんなことより眠たいから寝たいんだよねぇ……


 あと数秒遅ければ眠りに落ちていただろうというとき、ようやくこの教科の試験が終わった。各々次の試験のために対策を取ったり友人と結果を予想し合ったりしている。


「ナギサ様。筆記試験、手応えはありましたか?」

「ん……自己採点だと満点だよ。それよりねむーい」

「寝不足か?」

「ばっちり十時間は寝た」

「寝すぎだろう!」


 別に良いでしょ。俺はどれだけでも寝れるよ? 何時間寝ても自分で目を覚ますんじゃなくて誰かに起こされると眠くなっちゃうんだよね。なんでだろ?


 逆にほとんど寝なくても自分で起きたならあまり眠くならないんだよ。


「寝すぎて逆に眠くなるのでは?」

「それはあるかもね」


 昨日はたまたま寝る時間があったけど、忙しいと寝る時間なんてないから。寝る必要がなくても俺は寝たいの。だから時間があった昨日は十時間も寝ちゃったってわけ。


「筆記試験は負けたかも知れないが今からの試験は俺が勝つからな」


 今から始まる試験は前世でいう体育。と言っても、乗馬だとかダンスだとか剣術とか貴族らしいものばかり。乗馬やダンスは家が家だったから習ってたよ。これは強制だった。楽しんでたから良いけどね。

 ホームパーティーとかにお呼ばれすることが多かったし、逆にうちがパーティー開くこともたくさんあったからダンスは絶対極めろって言われてた。


 個人の仕事のためにもダンスは何種類かやってて日舞とかも出来るけど、剣術はさらっとしかやってない。帯剣なんてしてたら捕まるからね、代わりに体術を極めていた。それでも少なくともウンディーネたち精霊は十分だと思うって言ってたし、乗馬やダンスに比べると自信はないけどまあ大丈夫でしょ。


 それにしてもランスロットくん。君、負けず嫌いだねー?セインくんも絶対に負けませんので! とか言ってるしさ。成績トップはみんな負けず嫌いなのかな?


「二人ともがんばれー」

「煽ってるのか?」

「ただ応援してるだけだよ。捻くれた考え方せず素直に受け取りなって」

「誰のせいだよ!」


 誰のせいだよ、って?……あー、俺の言葉には信用がないってことかな。あは、嫌われてんね俺。


「まあまあ、落ち着いてください二人とも」

「はーいはい。……俺、さぼる。あっちの木の上で昼寝してくるからさ、終わったら呼んでよー」

「はい!?」


 元々やる気なかったけど面倒になってきちゃった。まあ試験の結果が悪くても一年で退学するし就職はしないから成績を気にする必要はないし?

 ───が、いないからね。授業中に寝るのはともかく、抜け出したりすればあの子に怒られちゃうから大人しくしてたけど……転生した今となっては関係ない話なんだよね。


「じゃーね」


 驚いたように目を見開いているセインくんとランスロットくんはそこに放置して、俺は試験会場とは反対の場所にある木を目指した。この学園の中で一番大きい木で、登れば試験会場の様子も見えるはず。

 風を身に纏って大木の上の方までジャンプするとまさかの先客がいた。全学年全クラス試験中だったはずなんだけどね。


「っ、誰だ!?」

「こんにちは、君の方こそ誰なのー?」

「……三学年一組、エリオット。平民出身だ」


 エリオットかぁ、よくある名前だねー。緑の髪と瞳がシルフにそっくり。……気のせいかもしれないけど雰囲気も似てる。ぶっきらぼうだけどクールな印象も受けるこの子に良く似合ってるね。


「俺は二年一組。同じく平民出身でナギサだよ」

「ナギサ……って、あのナギサか。超イケメンで頭も良いのにまともに授業を受けたことがないっていう、あの」


 えー……なにそれ。そんな噂があるの? 不名誉だね。


「君こそ今は試験中だよねぇ? こんなところで何してるわけ?」

「あーつまんねえからな。平民風勢が一組に入って、どうせズルでもしてるとかそんな悪口、嫌味、皮肉。平民がどうズルをしようってんだか。毎日毎日どこを歩いても何をしててもそんななら疲れるだろ?」

「ふぅん……たしかにそれは面倒だね。俺も平民だけど表立ってはないかなぁ。裏ではあるけど実害がないなら別に気にならないし。一々気にしてたら身が持たないって考えてるからさ。もちろん皆が俺みたいに考えられるとも思ってないけど」


 俺の前世は裕福な家の生まれだった。自分で言うのも何だけど勉強出来て運動出来て、ついでに家もお金がある。妬みや嫉妬の対象にならないはずがないんだよねぇ。学校だけならまだいいけどね、俺の家は世界的にも有名だったから。同じ学校の人でそのことを知ってる人は多分いないけど、それでも毎日のように陰口叩かれるし。


 まあそれは本当に一部の人だって言うのは分かってたから良い。名家の子息令嬢ばかりが通う学院だったから、家の評判のためにもまともな人は多かったからさ。

 気付いたら持ち物が壊されたり捨てられたり、あとは靴に画びょうを仕込まれてたりとかもあったかな? 見えない所にいる護衛が何とかしてくれてたけど。今思えば普通にいじめだね。


 そんなわけで、常に人目にさらされる立場にあったから気にするだけ無駄だということを覚えたってこと。俺が特殊なだけだよ。


「そうか。まあお前はただの平民って感じがしないからでもあるだろうな。もし隠している素性でもあったらって思われてんだろ。途中の学年から、それも一組に転入してくる平民なんて聞いたことがないからな。さらに言うなら、ただの平民にしては仕草が綺麗すぎる。何か事情があるのかも知れないが……もしも貴族だったりするなら気を付けた方がいいぞ。いつも一緒にいる公爵家の令息方より品を感じるという者もいる。ほとんどの生徒や教師が貴族なんだからそこのところは良く見られてるぞ」

「ご忠告ありがとー。でもほんとに貴族ではないから心配いらないよ」

「はいはい」


 『ない』と言った時、彼はしっかり反応していた。この子、洞察力あるようだし何気ない言葉から本質を探り出す心理戦の強さもありそう。普通に関わっていれば一組に入れた理由も分かりそうなものだけどね。


「もし君が将来、働く場所に困ったら俺が雇ってあげるよ。少し話しただけで有能であろうことが分かる人って中々ないからね?」

「はっ、好きにしろ。まあ俺は一組なんだ。不祥事でも起こさなければこのまま卒業。職には困らないだろ」


 馬鹿にしたように言ってるけどね、一瞬暗い顔したのに俺が気付かないわけないよ。君は君で訳アリそう。なにかあったらほんとに雇ってあげよ。さっきの言葉も冗談ぽく言ったけど半分本気だったし。俺は種族問わず有能なら職を与えられる立場だからね。


「それなら今からでも試験に参加してきな。ゼロよりいちの方が良いに決まってるんだからさ」

「点数の話か? もう遅いだろ」

「そう。じゃあこのまま俺とさぼって話でもしよ」

「男同士で語り合うのか? 何も話すことはねえだろ。初対面だぞ、俺ら」


 男同士で語り合うって……もっと別の言い方してほしいんだけどー。それ、男なら基本誰でも嫌がる言い方だよ。


「初対面だからこそじゃない? まずは自己紹介といこうよ。俺の趣味は読書と寝ること。好きなものは甘いものと学ぶことで特技は大体のことは何でも。苦手なことは料理。自分で言ってて悲しくなるけど絶望的」


 甘いものはほんとに大好き。例えばホットミルクはね、蜂蜜を入れると甘くて美味しいんだよ? 家族には疲れているからそこまで異常に糖分を欲しているんだと言われてたけど、それは関係ないと思う。


 お菓子やスイーツは俺だけ特に甘くしてもらってた。だからその分、食べる量自体は控えめにしてた。病気になっちゃうからね。


「ハイスペックか? 容姿だけじゃないんだな。何でも得意とか聞いたことないぞ……俺は特に何もないな。しいて言うならお菓子作りか。苦手なことは今は思いつかない」

「偏見だけど男でお菓子作りって珍しいね」

「俺の家はカフェを経営してんだよ。母さんがオーナーでたまにその手伝いをするからな。父親が死んでるから妹と三人で暮らしてる。でも王都で人気がある店だから生活には困ってない。母さんにはもう少しゆっくりしてほしいと思うけどな」


 なるほど。さっき表情が曇ったのはお母さんを心配してのことかー。優しい息子を持って幸せなんじゃないかな、お母さん。

 妹ちゃんは今年の新入生だって。相当シスコンのようだねぇ……妹大好きな気持ちは俺も直人くん大好きだったから良く分かるけど、『あいつはとんでもなく美少女だが本気じゃない状態でちょっかいかけるなよ』とか、そういう心配はいらないよ。俺はどんな可愛い子でも綺麗な人でも女性に興味はない。俺はこれでも一途だと思ってるからね。


 あ、でも精霊たちは興味あるよ? 恋愛対象ではないけどね。

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