――ようこそ日本へ。まずはバンドを組んだきっかけ、
L:こんなのもうやるしかないって思ったね。でも、ベースがいないことに気がついて……
――楽器はもともとやっていたんですか?
Y:俺はこのバンドの前にパンク系のバンドに入ってたんだ。ドラムはその頃からだね。
L:俺は小さい頃からピアノとヴァイオリンを習わされてた。うちは月に一度リサイタルパーティをやるような音楽好きでね。両親も妹も
J:僕も三歳からピアノを習ってました。子供の頃は嫌々だったけど、今こうして役にたっててよかった(笑)
D:十歳のとき、ジミ・ヘンドリックスに衝撃を受けたんだ。それで小遣いを貯めて、足りないぶんは親に足してもらって中古のストラトキャスターを買った。ものすごく嬉しかったよ……アンプが必要だって知るまではね。
T:バンドを始めたときはちょっとギターが弾ける程度だったよ……ベースは自分がやるって決めてから、ほんとに初めて触ったんだ。
――誰かに教わったりはしなかったんですか?
T:お手本にしたのはマーカス・ミラーだね。ベースを始めてから、どうやって弾いてるのかなって最初に意識して視たのが、偶々彼のライヴの映像だったんだ。スタンリー・クラークのも視たよ。あとは曲を聴いて真似しながら覚えていったって感じかな。
――先程からちらちらと話に出ていますが、特に影響を受けた音楽、好きなミュージシャンを教えてください。
L:ビートルズやゾンビーズや、クイーンに影響を受けたけど、でもいちばん好きなのはジー・デヴィールだよ(笑)
Y:俺はやっぱりクリームだな。マイケル・シェンカー・グループやジェフ・ベックも好きだね。
D:俺もクリームは好きだ。あとはレッドツェッペリンと、やっぱりジミ・ヘンドリックスかな。あと、オールディーズのポップスやリズム&ブルースもよく聴いたよ。
J:僕はドアーズ、ビートルズ、ゾンビーズが好きです。あと、ディープパープルも。
T:え?(話を聞いていなかったらしく、ルカに耳打ちされて答える)……ああ、影響は……、ジャズなのかな。小さい頃にずっと聴いてたんだ。好きなのはツェッペリンとストーンズかな。
――バンドとしてブレイクするより先に、ルカとテディのおふたりはモデルとして注目されましたよね。普段はどんな服装をしているのか教えてください。
L:そりゃもう、ハイブランドでかためたセレブなファッションさ! ……嘘だよ。普段は洗い晒したシャツにジーンズとか、そんな感じだよ。
Y:全員そうだな(笑)
T:シャツにジーンズならましなほうかも。俺は普段はスウェットスーツとか、楽な恰好が多いよ。
D:ああ、テディは部屋着でもなんでも、フーディが多いな。
T:あ、そうかも。
L:フードかぶったところは一度も見たことないけどな(笑)
――曲作りはどんな感じで進められることが多いですか?
D:他のバンドがどんな感じなのか知らないから云いきることはできないが……ちょっと変わっているかもしれない。
L:そうかもね。うちはジャムセッションが得意なんで、リハーサルのときとかもいつも適当にジャムから入ったりするんだけど、曲を作るときも各々が温めていたアイデアを演奏しながら膨らませたりして、だんだんかたちにしていくんだ。
T:逆に、セッション中に演ったことからインスピレーションを得て、帰ってからデモができたりすることもあるよ。
L:とてもよくできていると思ってたデモがセッションでがらっと変えられたこともあるな(笑)
――そもそもどうしてジャムセッションが得意になったんですか?
Y:ああ、それは……みんなヘタクソだったからだろうな(笑)
L:メンバーのうちひとりだけが下手だったりしたら、ひとりでこそこそ練習するんだろうけど、うちはみんな下手だったから、全員で音を出しながらひたすら毎日練習してたんだ。
T:おかげでサボれなかった(笑)
D:俺の間借りしてた部屋の建物の半地下が空き店舗でね。そこを大家のばあさんに頼んで使わせてもらってた。とにかく、みんなの知ってる曲がすごいバンドのすごい曲ばかりだったんで、こりゃ手本にするにもハードルが高いと思ってね。それでまずは簡単な六〇年代の基本的なロックンロールやリズム&ブルースを聴かせて、それからコピーを始めたんだ。〝
L:だんだんできてくると、今度は誰かが勝手に好きな曲に強引に引っ張っていこうとしたりね(笑) でも、あれは俺たちの原点だよ。あの旧い曲を腹が減って倒れるまで演った経験がなかったら、いま俺たちはここにはいない。
――今なにかバンドのなかでブームになっていることか、自分だけがハマっていることがありますか?
L:なんだろう……あるかな?
T:あるけどここじゃ云えない(笑)
Y:ああ、俺もだ(笑)
D:ユーリは日本に来てから行く先々で日本酒を飲んでるな。
Y:そうだそうだ。いろんな銘柄を飲んでみるのが楽しみなんだ……今まで飲んだなかでいちばん気に入ったのは
――ルカとテディは学生時代からつきあっているそうですが……
L:そうなんだよ……よく続いてるよな。
――(笑) 他のメンバーが気を遣ったりすることはないんですか?
Y:よく、もっと気を遣えって云われるな(笑)
J:僕たちの前で平気で口喧嘩したり際どいことを云ったりするんで、こっちに気を遣ってくれって思います(笑)
――ドラッグのことを少し訊いてもいいですか?
T:かまわないよ。
――いろんなミュージシャンがドラッグ問題で来日できなかったりするなかで、ようやくジー・デヴィールが無事に来日を果たしてくれてほっとしているんですが、もうドラッグ問題は過去のことなんでしょうか。
T:そうだね、もうハードなドラッグはやってない。あんなのずっと続けるもんじゃないよ、どうかしてた。ツアー中はほんとにみんなおかしくなってるんだ。ドラッグなんかやってなくてもね。まともじゃいられないんだよ、そういう空気っていうか……
Y:神経が高ぶったままで非日常を過ごしてるわけだからな。
T:だね。ずっとハイなんだ。でも、そんなの身が持たない。なにか落ち着かせてくれるものが欲しかった。それでヘロインを使い始めたんだ。
Y:俺とテディだけだけどな。まあ、そういう特殊な状況下で使っていたから、それが終わると同時にすぱっとやめたさ。
――だけ、ということはルカ。あなたが使っていたのは……
L:俺がやったのはコカインだよ。ほんの数回しかやらなかった。あれの欠点はキマってる時間が短すぎることだね。あんなの繰り返しやるようになったら終わりだよ。ま、知らずに避けてるよりは、いい経験をしたと思ってるさ。
――大麻は、チェコでは合法なんですよね?
Y:ああ、よく知ってるな(笑)
T:いいところだろ? 今度遊びにおいでよ(笑)
――遠慮しておきます(笑) 日本でなにか楽しみにしてることはありますか?
J:秋葉原! 僕は写真が趣味なんですけど、いいカメラをみつけて買いたいと思ってます。ヨドベシュ……ヨドバセ……?
――ヨドバシカメラですか?(笑)
J:それ(笑) ヨドバシカメラに行きたいです。
D:俺は絵が好きなんだが、どこかに名画ばかりの陶板の複製画が展示されている美術館があると聞いたんだ……
――大塚国際美術館ですね! あそこはいいですよ、僕が保証します。東京からだと少し遠いですが……
D:あとで行き方を教えてくれ。
――テディはどうですか? なにか楽しみにしてることは……
T:ん? ああ、ユーリと新宿二丁目に行こうって……
Y:おい、おまえそれは内緒でって……
L:なに?
J:シンジュク? ってなにがあるんですか?
――有名なゲイタウンです(笑)
T:あっ、なんで云うんだよ……
L:おまえ……ちょっとあとで話がある(笑)
Y:俺は知らないぞ。おまえが悪い(笑)
――(笑) では最後に、日本のファンにメッセージをお願いします。
L:インターネットで話題にのぼり始めた最初の頃から、ちらちらと日本語が混じってたのはちゃんと知ってるよ! だからずっと日本には来たかった。やっと来られて嬉しいよ。ライヴでみんなに会えるのをとても楽しみにしてる。アリガト!
* * *
「あ、載ってる載ってる」
ラップトップで、数日前に受けた欧米のロックを主に取り扱うウェブマガジンのインタビューを掲載したページを開いて、ジェシは云った。
「当たり前だけど、ぜんぶ日本語だ……なんか不思議な感じですね」
大阪のとあるホテルの三十七階にあるスイートルームで、ルカたちとロニー、エリーはいつものように酒宴を開いていた。
壁一面の嵌め殺しのガラスの向こうに、まるで未来都市のようなきらびやかな夜景が広がっている。灰色がかったブラウンを基調とした、シックで落ち着いた雰囲気の部屋は書斎のついたベッドルームと、黒御影石のダイニングセットとソファのあるリビングに分かれていて、今は皆思い思いの場所に腰を落ち着けている。
テーブルを囲むモダンな楕円形のソファで、ジェシと一緒にラップトップの画面を覗きこんでいたルカが、隣で煙草を吸っているテディに向いた。
「おまえ、日本語は読めないの?」
「読めるわけないだろ。広東語だって少し話せる程度なのに」
「そうなのか。同じ文字があるからなんとなくわかるものかと思ってた」
テーブルにはサロンが冷やされているシャンパンクーラーや、フルーツやチーズの盛り合わせ、スモークサーモンやキャビア、フォアグラパテのカナッペなどが並んでいた。ロニーとエリーはよほど夜景の美しさに魅せられたのか、窓際の席を陣取ってシャンパングラスを傾けながら駄弁っている。ドリューはホテル内のあちこちにアートが飾られていると知って、一廻りしてくると云って部屋を出たきりだった。
ユーリはルカとテディの向かい側に坐り、ビールを飲んでいた。茶色い大瓶をくるくると回して、金色の星がデザインされた黒いラベルを眺めながら、彼は云った。
「いや、日本のビールがこんなに旨いとは思わなかった。まじで気に入ったぞ、これ」
「もう日本酒はいいのか?」
「とりあえず獺祭以上のものはなさそうなんでな」
普段飲んでいるスタロプラメンなどとは違う、喇叭飲みはしづらい大きな瓶から手酌で注いで、ユーリはビアグラスをぐい、と呷った。
その様子を見ながら、苺を摘まんで玩んでいたテディがぼそりと呟く。
「……日本って、なんだかとてもクリーンな国だね。いろんな意味で」
「ウィードがなくてつまらないんだろう、おまえ」
口許だけで笑いながらユーリが云うと、耳聡く聞きつけたらしいロニーが椅子を引いて躰ごとこっちを見た。
「ちょっと! 日本はすっごく厳しいんだから絶対に下手なことはしないでね! あのポール・マッカートニーでさえ、九日間も拘留されたあと強制送還になってるんだからね!」
「わかってるよ」
不貞腐れたようにそう答えるテディに、ルカが笑う。
「なにがもうドラッグはやってない、だよ。大嘘つきだな」
「嘘はついてないよ? 俺は
「ま、シャンパンでも飲んどけ。すぐに寝られるさ」
「……なんか、贅沢ってのもいいかげん飽きるよな」
「……それには同感」
苺を摘まんでいた指を舐めて、テディが立ちあがった。そのままなにも云わずドアのほうへ歩いていくのを見て、ユーリが声をかける。
「おいテディ、どこへ行くんだ」
ドアノブに手を掛けながら「え」と振り返り、テディはなにか考えこむような仕種をした。
そしてまたソファのほうへ戻ってくると、苦笑しながらルカの後ろに立つ。
「……外に出かけようとしてた。つい……たこ焼きってやつが食べてみたいなって思って、そのままふらっと出るところだった。誰か一緒に行く?」
「やめときなさいよテディ、揉みくちゃになっちゃうわよ!」
「大丈夫……じゃないかなあ? ばれると思う?」
「平均身長も違うし、目立つことは確かだな」
テディの身長は一七九センチ、ルカは一八一センチだが、ユーリは一八六センチもある。これでもチェコ辺りでは平均か、やや長身と云える程度だ。
「しょうがないなあ、諦めておとなしくシャンパン飲んで寝るか」
しおらしくそう云ってまたソファに腰掛けたテディに、ルカは苦笑を溢した。
「そうだテディ、おまえ、今日はできたらユーリの部屋で寝てくれないか」
「え? なんで」
この高級志向のホテルはフルサイズのベッドのツインと、キングサイズのベッドの部屋しかなく、バンドのメンバーは全員キングエグゼクティブルームを使っていた。ロニーとエリーがスタンダードなツインルームを使っていることを除けば、ルカとテディだけが同室だった。
ルカはちら、とユーリの顔を見やり、テディに云った。
「あとでロンドンにいるモデルの女の子たちとビデオチャットで話す約束をしてたんだよ。おまえがいないほうが俺、話しやすいから」
いいよな? と云われ、テディはしばらく無表情にルカの顔を見ていたが――やがて、笑みを浮かべて頷いた。
「わかった。そういうことだけどいい? ユーリ」
「ああ、俺はまったくかまわない」
そして、日付が変わる頃にちょうどシャンパンのボトルが空になり、それが合図だったかのように皆が解散して各々の部屋へと戻っていくと、まだ残っていたテディがユーリに云った。
「まったく……俺がつまらなそうにしてたからって変な気の遣い方してさ。なにがビデオチャットだよ、あいつ前に、女の子たちは眺めてるぶんには可愛くていいけど、喋るとさっぱりついていけなくて面倒臭いって云ってたんだよ? 嘘が下手だよな」
それを聞いて、ユーリは声をあげて笑った。
「まあ、いいじゃないか。しかしおまえ……変わったな」
「ん? 変わったって?」
「いや……なんでもない」
以前のテディなら、『モデルの女の子たちとビデオチャット』などと云われれば、内心でごちゃごちゃといろいろ考えて落ちこみつつ、表面上は平静を装って、見せつけるように自分とべったりくっついて部屋に行ったりしただろうな、とユーリは想像した。そういうことがまるでないということは、今はルカとの関係が揺るぎないと信じられているのだなと安堵し――胸の片隅のどこかに、微かな痛みを感じる。
だが、これでいいのだ。
「さて、どうする? せっかくルカがくれたチャンスだ。久しぶりに愉しむか?」
「……ユーリはしたい?」
「夜景を見下ろしながらスタンディングドギーなんてどうだ?」
「……よくそんな卑猥なこと思いつくね」
「卑猥とは失敬な。この素晴らしい夜景を眺めながら、素っ裸で開放的な気分をおまえと一緒に愉しもうと思っただけだぞ」
「悪かった。云い直す……よくそんな変態的なこと思いつくね」
そう云ってテディはくすくすと笑う。
「これは、俺はまたふられてるのか、それとも褒められてるのか?」
「苺、食べる?」
テディは残っていた苺を取って口に咥えた。ころころと転がすよう器用に動いている赤い舌が、苺の影から覗く。
ユーリはにやりと笑みを浮かべてテディに顔を近づけ、その苺を齧り取り――仄かにシャンパンの香りがする甘酸っぱい舌を存分に味わった。