このソーシャルネットワーキングの時代でも、ファンレター文化が廃れるということはないようだ。
偶にプレゼントなどといっしょに届けられる手紙の束を、ルカたちは食事のあとやリハーサルの合間など、時間の空いたときにはできる限り目を通すようにしていた。なかには小さな子供の字や絵があったり、熱烈な恋文でしかないものがあったり、びっしりと曲や演奏についての批評や感想――ユーリはニールからじゃないのかと云って笑っていた――が書いてあったりするものもあった。
インターネット上ではアンチ的な批判のコメントも多く目に入るようになってきていた。なのでこうしてファンレターを読むほうが余計なストレスを溜めずに済むし、いい息抜きになる。熱狂と騒乱の日々は一先ずピークを過ぎ、バンドの面々は落ち着いて過ごせる時間を少しながら取り戻していた。
ルカはどうやらモデル業が性に合っていたらしく、バンドの活動に支障がない程度に続けていた。あちらこちらで催されるファッションイベントやパーティにも頻繁に顔をだし、すっかりセレブなスターの仲間入りだ。
テディは自分のお気に入りでもあるデニムのブランドと、MIKAとフロレゾン――エマからの依頼だけは断れなかった――以外ではもう、モデルとしての撮影はしていなかったが、それがかえって注目度を増す要因になったようだ。ルカと比べればかなり稀少な、モデルとしてのテディの写真は載った雑誌の発売と同時に毎回SNSで拡散され、ますますファンを増やすという結果になっていた。
そしてユーリは、デビューする前から二ヶ所に小さなタトゥーを入れていたが、冬から春にかけてさらに少しずつ増やしていたらしい。初夏の日差しの強いある日、彼は事務所で上着を脱いでTシャツの袖から覗くスカルや蛇や大輪の薔薇を露わにし、ロニーを仰天させた。
「なーにそれ、いつ入れたの!? ああもう、どうしてロックミュージシャンってすぐタトゥーだらけになっちゃうのかしら」
「こんなもんくらいで驚くなよ。テディの奴はもっとすごいぜ?」
え! とその場にいる全員が目を丸くした。
「テディも!? なんで勝手にタトゥーなんて入れちゃうのよ、イメージとかちょっとは考えてよね……! すごいって、いったいどんなの入れたのよ」
普段から口が悪く目つきも鋭く、不良少年がそのままおとなになったようなユーリはともかく、おとなしいテディがタトゥーだなんて想像もつかなかった。ユーリは髪を下ろしていても悪っぽいイメージは拭えず、そこがいいと人気の要素にもなっているからいいとして――ルカと並んでバンドの看板である『クールなモデルフェイス』のテディがタトゥーなど、イメージダウンという言葉しか浮かばない。
「あいつが香港生まれなのは知ってるよな? ロンドンに行ってたときに腕のいい店があるって聞いてテディと一緒に行ったんだが、そんときに香港人の彫師がいてな。なんか話が合ってデザインも気に入って、すぐに決めちまったんだよ」
ユーリはマレクというスタッフにビールをくれ、と声をかけ、話を続けた。「まじですごいぜ? なんたって俺のは二時間ほどで仕上がったのに、あいつのはロンドンに行くたび何度も通って、二ヶ月くらいかかってるからな。あんたらが今までまったく気づかないでいるのが不思議なくらいだぜ」
「二ヶ月……って、そんな大きいのなの!? もう、そんなの絶対テディのイメージじゃないじゃない!」
「見せるなって云うなら隠せなくはないぜ? 背中だし」
「背中!?」
と、そこへ当のテディとルカが扉を開けて入ってきて――ロニーとスタッフ三人はなんともいえない表情で、テディをまじまじと見つめた。
「……なに? どうかしたの」
不思議そうにテディが小首を傾げ、ルカも「なんかあったのか?」と皆の顔を見まわす。
「今、あなたの背中についての話になってたの。もう入れちゃったものはしょうがないけど、あんまり勝手なことはしないでよね! バンドのイメージってものが――」
ロニーが説教を始めかけると、テディが困ったようにユーリを見た。
「云わなくていいのに」
「偶々な」
「ま、いいけど」
「まったく……。ねえ、ルカは知ってたの?」
ルカは肩を竦めた。
「そりゃ知ってたさ。まだ色が入る前に見て、まるで親にでもなったみたいに説教しちまったよ……あんなに綺麗な背中だったのに」
ユーリは声をあげて笑った。
「筋彫りのときに見ると痛々しいからな。今はもう別の意味で綺麗な背中になっただろ?」
「綺麗な背中になるように薬を塗らされたさ、それも毎日」
「そりゃご苦労さん。……俺に云えばいつでも塗ってやったのに」
にっと笑みを浮かべてテディを見ながら云うユーリを、ルカが指で銃の形をつくり、狙い撃ちする。
「そっか、瘡蓋になるのよね、タトゥーって。もう大丈夫なの?」
「見る?」
テディの返事に、ロニーは目を丸くした。
「いいの?」
「別にいいよ。もう完成してるし」
そう云って立ちあがり、テディはシャツの
薄めに筋肉のついたスレンダーな背中に、長い尾を持つ鳥が描かれていた。肩甲骨を覆うように両翼を広げ、いくつもの長い尾羽の一部はジーンズのベルト下に隠れている。その背景には大輪の花が描かれていて、鮮やかな色使いが美しく、よく見るロックミュージシャンなどが入れているタトゥーとはまったく違っていた。
さっきまで
「綺麗……これはフェニックス?」
「英語だとチャイニーズフェニックスになるけど、鳳凰って云ってほんとはちょっと違うんだ。花は
「ロニーは信じないかもしれないが、俺も最初は止めたんだぜ? まさか背中にこんな大掛かりなもん彫ろうとするなんてな。しかもこいつは俺の入れてるようなやつとは違って、手彫りだしな」
「どう違うの?」
「長い時間をかけて丁寧に深く色を入れるから鮮やかで綺麗なんだが、そのぶん痛いんだよ。……凄まじくな」
ユーリは真面目な顔でテディを見た。「よく耐えたよ」
テディは振り返ってふっと笑みを浮かべ、「……もう着ていい?」とソファに掛けてあったシャツを手にとった。
夏から始まる初のヨーロピアンツアーに向けて、バンドはリハーサルを重ねていた。
以前のアルバム制作と違ってゆったりと楽しみながらやる余裕があり、ルカたちは隣室で寛ぎ、休憩を取りながら進めていた。その部屋はソファがふたつとテーブル、テレビと観葉植物が置かれている程度でそれほど広くはないが、隅にキチネットが設えられていて電気ケトルもあり、コーヒーや紅茶を淹れることができた。
その部屋の床の上で胡座をかいてテーブルに向かい、ユーリは慣れた手つきでジョイントを巻いていた。紙の上に細かくした大麻を乗せ、器用に細く巻きこんでいき舌で濡らして紙を貼りつけると、最後にとんとんと詰めてからきゅっと捻って口を絞る。そうしてできあがった一本を、ソファに坐って眺めていたテディに渡す。口に咥え、テーブルに置かれていたジッポーで火をつけると、テディはふーっと煙を吐きながら天井を仰ぐようにソファに躰を預けた。
その様子を見てユーリは満足そうに笑みを浮かべ、テディの手からジョイントを取って自分も吸うとすぐに返し、もう五、六本作っとくかと作業を続けた。
そこへ、ノックの音がした。特に驚きも慌てもせず、ユーリが「どうぞー?」と返事をする。ドアが開いて顔を覗かせたのはロニーだった。ロニーは入ってすぐ、部屋に漂う甘い香りに顔を顰めた。
「また……! ちょっと、お客さんよ。しゃんとしてよね」
「客?」
ロニーの後に続いてルカが部屋に入り、更にもうひとり――ニール・ジョーンズが顔を見せた。
「おう、なにやってんだおまえら。久しぶりに顔が見れたと思ったらろくなことしてねえな」
「ニール」
ルカがテディの横に坐り、ジョイントを持つ手を取り自分に向けると一口吸った。立ち昇る煙のなか悪びれる様子もない三人に、ロニーは額に手を当てて大きく溜息をつく。
「まったくもう……今年から事実上の解禁になったでしょ? 堂々とこれだもんね」
チェコ共和国はこの年から公共の場でなければ大麻を使用でき、栽培は五株まで、ジョイントは二十本まで所持できる、ということになった。
街では堂々とヘッドショップでリーフやスカンクが売られ、大麻入りのアイスは名物にまでなっている。
「まあ、いいじゃねえかジョイントくらい。捕まらねえんだから問題ないよな。……今日はな、ちと話があってきたんだ」
相変わらずな皺だらけのシャツの上から腹をさすり、ニールは云った。
「とりあえずなんか旨いもんでも食わねえか、そっちの奢りで」
「ドキュメンタリー映画?」
テラスの窓からカレル橋が見えるロケーションの良い洒落たレストランで、ロニーとルカたち五人、ニールの一同はフレンチ風にアレンジされたチェコ料理を堪能していた。一八〇〇
眼の前の皿をきれいに平らげ、ニールは話し始めた。
「うん。俺はな、昔は映画を撮ってたんだ……おまえらみたいに成功はしなかったけどよ。自主制作で四作撮ってて、一作はインディペンデントで賞も――」
ニールはいったん言葉を切って、皆を見まわした。「獲りそこなってるんだ」
「獲ってないのかよ」
「うるせえ。ノミネートだけはされたんだよ。で、映画作るには金もかかるし、現実的に無理になってまあ、やめたんだよ。諦める頃合いかとも思ったしな。で、記者なんかやってるわけだが」
ニールはワインをまるで水のようにがぶがぶと飲み、続けた。
「ガキの頃から俺は音楽が好きでな、バンドをやってたこともある。ただの学生の遊びみてえなもんだったけどな。……あんときおまえらに云ったろ? 俺はおまえらに賭けるんだって。結果は大当たりだ。俺はギャンブルに勝った。そろそろチップを払ってもらいたいってわけだ。……って、ここで話を終わらせるとなんだか金を
「ニール、あなたとエマにはいくら感謝してもしきれないわ。あなたが失礼でないと云うなら今すぐに小切手を切ってもいいくらいよ。でも、そうじゃないのね?」
「ああ。金なんていくらあってもあるだけ使っちまうわな。まああるに越したことはないけどな。……俺はおまえらに密着して、ドキュメンタリー映画を撮りたいんだ。ステージの上の華やかなおまえらはもちろん、曲作りの過程、リハーサル、バックステージ……ファンが泣いて喜ぶ貴重な記録だ。俺はそれで莫大な金を得て、名も残す。俺自身が見出したバンドの、俺にしか撮れないミュージックドキュメンタリーだ。……頼む、やらせてくれないか」
いつもとは違う殊勝な態度で云うニールに、ルカたちは食事をする手を止め、顔を見合わせた。
「よせよ。あんたがそんなふうに俺たちに頼むなんて似合わない」
「バンドの記録映画ならこっちから頼みたいくらいだ」
「そうよね、ちょうど欧州ツアーが始まるし……上映時期とライヴビデオの発売を合わせることができたら、数字が伸びるかも」
「カメラは何台くらい入るんだ?」
ユーリの質問に、ニールはぱたぱたと手を横に振った。
「ぞろぞろクルーを引き連れてあっちもこっちも撮影なんて、そんな落ち着かないことはしないさ。俺ひとりで撮る。だから、密着っつってもプライベートな時間はちゃんともてる。リラックスする時間も必要だろうしな」
なあ? と含みを持たせてにテディを見やる。テディは小首を傾げ、「入浴シーンくらいなら撮ってもいいんじゃない」と云った。ユーリは吹きだし、ルカは額に手を当てた。
「サービス精神旺盛だな。――じゃあみんな、引き受けてくれるんだな?」
ロニーは皆の顔を見まわした。ジェシもドリューも顔を見ながら頷いていて、異論を唱える様子はない。
「オッケーよ、ニール。いい作品にしてね」
「感謝するよ。じゃあ早速、明日からずっとおまえらにへばりついてやるからな」
ニールはにやっと笑った。「覚悟しとけ」
スタジオでのリハーサル風景、息抜きに行われるジャムセッション。セットリストについて話し合うメンバーたち。こっそり振ってあったコーラの缶を開けて呆気にとられるジェシと大笑いするルカ――プロフェッショナルカメラを覗きこんでいたニールは「あーだめだだめだ!」と、両手を振って撮影を止めた。
「なにかっこつけてんだおまえら。普段どおりの姿を撮らせろと云ったろうが。不自然なんだよ丸わかりなんだよ。カメラ意識していらん演技しやがって……素でいろ、素で!」
ルカたちは困ったように顔を見合わせた。
「って云われても……普通にしてたつもりだけど?」
「いやしてねえ。余所行き用の
「そうは云うけどよ」と、ユーリはドラムスティックで肩を叩いた。「ほんとに素のまんまっつーのはまずいだろ。今までが大嘘つきみたいになるじゃねえか」
「わかってねえな。おまえら、そのお洒落な? モデルのいるバンド? みてえなイメージのまんま、ずっと売ってけると思ってるのかよ。もうそろそろ落ち着いてきたんだし、ここらで
「ギャップねえ……まあ俺、料理はできるけど」
「できるのかよ、見えねえな」
「バンドやる前にホスポダ……パブで働いてたからな」
「いいね、今度撮らせろ。……じゃあとにかく、素でな!」
カメラを気にせず、素で――と云われても、なかなかそう簡単にできるものではなかった。
飾らず普段どおりにしている演技、のような感じにどうしてもなってしまう。外面は棄てて素をだして、と意識すると、意識していることが邪魔をしてぎごちなくなるのだ。カメラの前で自然体でいるというのは、想像以上に難しかった。
それでもそのうちに慣れてくれるだろうと、ニールは文句を飛ばしながら来る日も来る日も彼らを撮り続けた。
* * *
ある日、事務所でいつものようにファンレターの整理をしていたときのこと。この日、ルカはファッション誌の撮影、ドリューはギターの専門誌の取材のため別行動で不在だった。ユーリとテディ、ジェシの三人は手紙の束を片っ端から手分けして開け、ざっと目を通していた。
おもしろいものは見せ合って笑ったり、こんなことが書いてあると話したりしながら和気藹々とやっていて、その様子をニールが撮っている。少し、カメラに慣れ始めた頃だった。
「なんだこれ……」
ジェシが手紙を手にし、そう呟いて顔を顰めたのに気がつき、ユーリはその便箋を取りあげた。読んで、ユーリもまた眉間に皺を寄せる。その表情にいったいなんだろうと、テディも眉をひそめた。
「……ユーリ? どうかしたの」
「た、たまーにありますよね、妙な手紙。嫌がらせかな」
「嫌がらせ?」
「いや、こいつはおかしいぞ。……テディ」
「ん?」
「おまえ、どこかで服脱いだか?」
「は?」
テディは小首を傾げた。「どこかって、どこで。脱ぐわけないだろ……、いったいなに?」
「これ」
ユーリがテーブルに置いた手紙を、皆が覗きこむようにして見た。
それにはこう書いてあった。
『どうしてそんなタトゥーを入れてしまったんだ
似合っていない まるでチャイニーズマフィアみたいだ
舐めて消えるものなら僕がすべて消し去ってあげたい
髪は切ってはいけないよ 君は美しい 素晴らしい
早く逢いたい』
いつの間にかロニーもデスクを立って、それを見下ろしていた。
「……この字、見たことがあるわ。かなり初めの頃から何度も書いてる人かも……」
「そう云われると、俺も見たことがあるような気がするな。……しかし、繰り返し読んでると吐き気がしてくるほど気持ち悪いな」
「頭のおかしい奴なんてめずらしくない……けど、そうか。どっかから――」
「覗かれてるぞ。『そんな』ってことは見てるんだ、こいつは。おまえのフラットなのか、どこなのかはわからないが」
「ここかもしれないわよ」
ロニーがテディに向かって云った。「このあいだ、ここでタトゥーを見せてくれたじゃない」
「あっ……」
そうだったちくしょう、と小さく呟いてユーリが窓のほうへ近づいた。テディもそれに倣おうと席を立つ。
「おまえは坐ってろ! 窓際に来るな」
ユーリがそれを止める。しかしテディは「まさか撃たれたりはしないだろ」と聞かない。
しょうがなく、ユーリはテディと肩を並べ、窓を開けて周囲を窺った。辺りにはここと同じような歴史を感じる建物が、ずらりと続いているのが見える。
「角度的にはあっちかな」
「高さも考えるとあの建物か……、望遠レンズがあれば向こうのでも見えるかもな」
「特定は難しいね」
「そもそもここじゃないかも知れん。おまえ、しばらくひとりになるな。『早く逢いたい』ってのが、どうにも気持ち悪いだけじゃ済まない気がする」
ユーリが窓を閉め、テディを自分の躰の陰にしながらそっと背を押す。テディが再びソファに坐ると、ユーリはロニーに向き、訊いた。
「ルカはいつ戻るんだ」
「明日よ……明日の昼過ぎの予定」
「どっちにしても、あいつじゃ頼りにならねえか……」
どかっとテディの隣に腰を下ろし、ユーリは天井を見上げた。
「警察に頼ったほうがいいのかしら」
「これだけじゃな……まだただの
「大丈夫だろ。こんなのいちいち気にしてたらきりがないよ……気にしすぎだ」
「覗かれてるのは間違いないんだぞ」
「ちょっと云わせてもらうが」
ニールがカメラの陰から顔をだした。「もっと傍にいる奴の嫌がらせって可能性もあるだろ? 例えば、今そこにいるねえちゃんとか、おまえさんがどっかでやり棄ててきた女とかさ。なんか恨まれるようなことしたんじゃねえのか」
指をさされたスタッフのターニャはぶんぶんと首を振り、テディとユーリは顔を見合わせて――一瞬後、大笑いをした。
あまりにもおかしそうにふたりが肚を抱えて笑うので、ニールが怪訝な顔をする。
「なんだよ、俺、そんなおかしなこと云ったか?」
「ううん……別に、おかしなことは云ってない。そうだな、そういう可能性もあるんだろうけど……。残念ながら、忙しくてそんなふうに遊んだりはまったくできてないし、もしあったとしても、それなら犯人は――男だよ」
答えるテディを見ながらくっくっとユーリが笑い、ニールは目を丸くする。
「おまえゲイなのか……そりゃ失礼。まったく気づかなかった」
「俺もだぜ」
「おまえもかよ! 道理で仲がいいわけだ……」
またもやふたりが吹きだして、笑いながら訂正する。
「ほんとは勝手にアウティングするもんじゃないが、あんたならいいだろう……テディの相手は俺じゃない、ルカだ」
それを聞いてニールは驚き、なんてこったと首を振った。
「ありゃポーズじゃなかったのか……、女性ファンがショックで頓死するぜ」
「ルカはバイだけどね。だから、他で遊ぶチャンスなんてないんだ。仕事でもプライベートでも、俺らほとんど一緒に過ごしてるからね」
「俺たちは別にクローゼットにいるつもりはない。だけど自分から進んで吹聴する必要はないと思ってるし、ゲイ・アイコンになるつもりもない。だからあんたも――」
ニールは両手をあげて、ユーリの言葉を遮った。
「オッケー、わかってる。ゲイだろうがサディストだろうが、今までとなにも変わりゃしねえよ。雑誌のネタにもしない。もうそんな時代じゃないしな」
「ありがとう」
「ところで」
ニールはテディに向き直って、云った。「マフィアみたいなタトゥーってどんなだ? 俺にも見せろ」
――解散して事務所から出ると、ユーリがテディを引き留めた。どうしてもテディを夜ひとりにしておきたくないと云い張るユーリに押され、テディはわかったとユーリのフラットで一緒に過ごすことを了承した。すると、じゃあどうせなら俺もついていってなにか酒のつまみを作るところでも撮影する、とニールが云いだし、ユーリに丁重に断られていた。
低く唸るツインエンジンの小気味良い音を響かせて、二台のトライアンフが走り去っていく。それを、ニールはなにか考えこむように腕を組み、じっと見つめていた。