二日後、撮影日を決めたとエマから連絡があり、ロニーはいろいろ検討してそれを終えたら翌日、プラハに戻ることにした。
撮影日はルカとテディ以外は完全オフ、自由に過ごしてよしと云い渡し、マンチェスター郊外に両親の住む家があるジェシには、一度元気な顔を見せてくるよう勧めた。ドリューは――ロニーは初めて知ったのだが――絵が好きなのだと云って、ロンドンのナショナル・ギャラリーまで出かけていった。そしてユーリは、ルカとテディの撮影についていくと云ってテディに思いきり嫌がられ、つまらなさそうな顔をして渋々諦めていた。
約束の場所でエマと落ち合うと、まず美容室に案内された。ルカとテディのふたりは、そのハイセンスでモダンなサロンに入るなり、紹介もそこそこにスタイリングチェアに坐らされた。
そして早速、短い黒髪で髭面の美容師がふたりを見つめうんうんと頷き、コームと鋏を手にした。レジーというその美容師は、まずルカの長い髪を梳かし、カットし始めた。といってもちょっと整えた程度で、長さはそう変わらず、綺麗にウェーブがでるようにセットしただけで終わった。
しかしテディは、ルカよりもかなりたっぷりと時間をかけられた――ダークブロンドとかダーティブロンドと呼ばれる陰影のつきやすい微妙な色を、レジーはなんと
あまりにも切りっぷりがよくて、様子を見ていたロニーはちょっと不安になったほどだった。が、だんだんと仕上がっていくにつれ、そんな不安は消え去った――フェイスラインに沿うようカットされた、緩く癖のある髪はいい感じに毛先が遊び、顔を隠すように伸ばされていた前髪は、自然にサイドへ流れて軽くなった。
そうして整った顔がはっきり見えるようになると――テディは、別人かと思うほどに垢抜けた。
さらに眉を少し整えられ、写真映えがするよう淡くメイクを施されて。美容室の奥で着替えを渡されたときふたりは、げっそりと疲れた顔をしていた。CDジャケットの撮影でも、こんなに時間をかけてメイクアップされたことはなかったかもしれない。
ブラックデニムのライダースジャケットに落書きのようなイラストのついたTシャツ、黒い八分丈のサルエルパンツ、キャンバス地のハイカットのスニーカー。それがエマがルカに選んだスタイルであった。テディには膝上まであるカーキ色のニットカーディガンに、グレーのVネックと細かい柄のストール、ヴィンテージジーンズにレザーレースアップブーツ。ふたりの着替えが終わるとエマとレジー、他の三人のスタッフたちは拍手喝采し、ルカとテディはお互いの見慣れない恰好に指をさしあって笑っていた。
ロニーは想像以上の変わり様に感心していた。こんなに変わるとは思ってもみなかった――特にテディ。普通はダークブロンドをなんとかしようと思ったら、色の薄いブロンドに染めるのではないかと思う。レジーがべたべたと褐色に染め始めたときは驚いたが、黒っぽい髪の色はテディの肌の白さや中性的な顔立ち、そして大きな瞳と血色の良い唇を映えさせて、とても似合っていた。もうダークブロンドの彼を思い浮かべられないくらいだ。
そしてカメラマンを従えたエマと一緒に、ルカとテディ、レジーも一緒に揃ってサロンを出て――ロニーは残るスタッフと挨拶を交わしたとき、ちゃっかりとプロのメイクの技を訊いた――六人でぞろぞろと、人通りの少ない裏路地へ向かった。
ここがいいとカメラマンが云い、雰囲気のいい煉瓦塀の前でルカとテディが立ち止まる。レジーが自然に! 自然に! とポーズを決めさせ、髪を直し、カメラマンがシャッターを数回きった。
そうしてさっさと撮影を済ませると、エマはその場で解散を告げた。服はプレゼントするからそのまま着て帰りなさいと云うのを聞き、ロニーは思わずルカとテディの着ている服をあらためてまじまじと見つめ、羨ましそうな顔をしたのだった。
* * *
ホテルの部屋へ帰ると、ルカは着ていった服の入った袋を放りだし、大きく息を吐いて「ああ、疲れた!」とベッドに寝転がった。
物音を聞きつけたのか、その日は食事に出た以外はずっと部屋に残っていたユーリが隣の部屋から出てきて「よお、どうだった」とドアを開けた。
そして――振り返ったテディを見て、ユーリは一瞬言葉を失った。
「こりゃあ……すごい、思ってた以上だな。変われば変わるもんだ……」
「そんなに違う?」
テディが照れたように、少し困ったようにそう云うと、ユーリはテディに近づいて手を伸ばし、指で髪を梳いた。
「ああ、違う……この長さがベストだな。ブルネットもとても似合ってる。ぜんぜん違うよ」
「軽くだけどメイクまでされてるから……」
髪を摘んでいた指がつ、と耳朶に触れたのを感じ、テディは少し困惑気味に自分から目を逸らさないユーリを見た。
ユーリはその灰色の瞳を熱っぽく見返す。
「……ピアス、開けてやろうか。きっと似合う」
「そう? ……実は俺も開けてみたいと思ってた」
「俺反対」
ずっとベッドの上に伸びていたルカが、がばっと身を起こした。
「俺はあんまり好きじゃないんだよな。ピアスとかタトゥーとか」
「じゃあおまえはしなきゃいい」
ユーリは口許だけ歪めて笑った。
「おまえはあんまり変わってないなルカ。それで目一杯だったか」
「俺はもとからイケてたってことで」
「よく云うよ」
「とりあえずシャワー浴びるよ、顔も洗いたいし、落ち着かないから着替えたい」
テディがそう云うのを聞き、ユーリは呆れたように肩を竦めた。
「いつもの安いシャツのほうがいいってか、貧乏性だな」
翌日。午前中の飛行機に運良く搭乗することができ、一行は予定より早い正午前にプラハ・ルズィニエ国際空港に着くことができた。ルカが、ちょっと早いけどもうその辺で食事にしようと云ったが、ロニーは空港内の店は値段が総じて高いことを理由に却下した。
するとルカだけでなく、テディまでもがいつもちゃんと食事を摂るようにってうるさいくせに、とぼやいた。その顔を見て、どうやら胃袋がホームシックになっていたらしいと察すると、ロニーはとりあえずいったん事務所に戻って荷物を置き、車でヴィシェフラドまで出ようと提案した。
鴨肉のローストとザワークラウト、グラーシュ、クネドリーキ。そしてスタロプラメン。ジェシは、ルカにおふくろの味とどっちが旨い? などとからかい口調で訊かれて「こっちのほうが旨いです」と答え、皆を笑わせていた。
ユーリだけが笑っていなかった。
「どうかしたのユーリ。疲れた?」
「いや。……ただの寝不足だ」
ユーリはそう答えてちら、とテディとルカのほうを見た。テディがそれに気づいてユーリを見ると、途端にユーリは目を逸らし、ビールのグラスに手を伸ばした。一気にグラスを半分ほど空け、食事をするそのあいだユーリはもう視線を上げなかった。
その様子を、今度はテディがじっと盗み見ていた。
早々にプラハに引きあげてきたのには理由があった。公園でのライヴに手応えを感じたルカたちが、〈
もしも雑誌に載ったルカとテディが注目され、個人のブログや最近じわじわと流行り始めた
最初に提案したのはドリューだったらしいが、この案に反対する者はもちろんひとりもおらず、ロニーははりきって早速リハーサルルームとスタジオを押さえた。
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もうあと二、三曲欲しいなといろいろ音をだしながら模索を続けて、〝
意外だったのは〝What is This Thing Called Love?〟である。コール・ポーターが一九二九年にミュージカルのために作ったこの曲は、エラ・フィッツジェラルドなど多くの歌手に歌われているジャズスタンダードだ。
バンドがアレンジを加えながら仕上げていくのを聴いて、ロニーはまさかこの曲がこうなるとはと大層驚いた。洗練されたソフトロックとでもいうのだろうか、ジャジーな感じは残してエスニックなパーカッションを入れ、それぞれの楽器――特にジェシとテディ――の巧さが際立ってわかる演奏になっていた。ドリューのカッティングギターもユーリの絶妙なグルーヴ感のドラミングも、最高の出来だった。
そうして三週間をフルに使って六曲をレコーディングし、マイスペースにアップして、ついでにメンバーたちの写真画像も一新した、その一週間後――
発売前のイギリス版〈Floraison〉がロニー宛に、事務所に郵送されてきた。