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TR-01 - Snowblind Friend

 ルカが急いでそこへ駆けつけたとき、ユーリとテディはクッションの薄い長椅子に坐って、じっと床を見つめるようにして項垂れていた。その後ろの列の椅子にはドリューとジェシがいた。

 既に診療時間も面会時間も終了した、静まりかえった病院。仲間たちの背後に見える大きな掲示ボードには、同じ文字が描かれたまだ真新しいポスターが何枚も貼られている。薬物乱用防止ポスターのデザインコンクールでもあったのだろう。思い思いの色、形で描かれた『Say NO to Drugs』という標語が、やけに目についてたまらなかった。

 自分の姿を認めてふらりと立ちあがったユーリにルカはつかつかと近づき、「ルネは」と短く訊いた。返事をせず、ただ俯いてしまったユーリに苛立ち、ルカは思わず胸ぐらを掴み「ルネはどうしたって訊いてるんだ、おい!」と、声を荒げた。

 テディが顔をあげ、「心臓が止まってたんだ……今、救命処置とかしてると思う……けど……」と云って泣きそうに顔を歪めると、ルカはユーリから手を離し、視線を移した。

「おまえも一緒にいたのか……。いったいなにをやってたんだ、なにをやってこうなったんだよ!」

 ルカは、今度はテディの肩を掴んで責めるように揺さぶった。後ろにいたドリューが立ちあがり、すっと手を伸ばしてそれを制す。

「ルカよせ。今日は俺も一緒にいた。みんなルネの部屋で酒を飲んでたんだ……、ルネは、ふらっと部屋を出たきり戻ってこなかったんだ。トイレだろうと思ってたんだが、あんまり遅いんで様子を見に階下したへおりたら……」

 ドリューがそこで言葉を切ったので、ルカは再度テディに向いた。

「……ルネは……、腕に針が刺さったままぐったりしてて、それで救急車を……」

「だからもうやめろって云ってたろ!? なのに、なんでこんなことに!」

「俺だって云ってたさ! もうやばい、やりすぎだって……、ちくしょう……どうして――」

 きつい目つきと薄い唇の所為か、いつもは冷たい印象を与える顔が不安と混乱に塗れている。ユーリは声を震わせ、背を向けて口惜しそうに壁を叩いた。ルカはふらふらと長椅子にへたりこみ、そのまま壁に縋るように立ち尽くしている背中を見つめた。

 本当はわかっていた。ルネがドラッグをやめなかったのはユーリの所為なんかじゃない。誰かの所為だというのなら、今ここにいる全員の所為だ。いつかこんなことが起こるのではないかとおそれつつ、結局誰も、なにもできなかったのだから。

 ルカは、ずっと顔を伏せている隣のテディを見やり、膝の上でぐっと握りしめられている拳に手を重ねた。テディが顔をあげ、自分を見る。そして、なにか云いたげに口を開きかけ――だがそれを呑みこみ、また下を向く。そのかわり、というわけでもないのだろうが、手のなかの拳がすっと開かれ、てのひらが合わさった。

 指を絡め、ルカはその手をぐっと握った。

 そのとき処置室の扉が開き、ようやく医師と看護師が出てきた。四人が一斉に立ちあがり、つかつかと医師たちに向かって歩くユーリに続こうとした。

 医師は廊下で待機していた警官にクリップボードを手渡しながら話し始め、看護師だけがユーリのほうへやってくる。

「……いろいろ手を尽くしてはみたけど、間に合わなかったわ。お気の毒です……ご家族の方に連絡はしてくれた?」

 ユーリが両手で顔を覆い、ぎゅっと目を閉じて瞼から頬を掻きむしった。そのまま崩れ落ちそうになるユーリの肩を後ろからドリューが支え、代わりに答える。

「俺たちは彼の家族のことはよく知らないんで、さっきマネージャーに連絡をした。そっちから電話をしてるはずだ」

「マネージャー?」

「俺たちはバンドをやっていて、いちおうプロデビューしているんだ。そのマネージャーだ」

 たぶんそろそろ来ると思う。ドリューがそう云うと、看護師はああ、と得心がいったかのように息をついた。

「なるほどね。まあ、こんなときにきついことは云いたくはないけれど――」

 三十代半ばくらいだろうか、看護師らしくきびきびと話す彼女は、ぐるりと彼ら五人を見まわした。「ヘロインにだけは手をだしてはだめ。他のドラッグならいいというわけでもないけれど……ヘロインや、ヘロインとコカインを混ぜたスピードボールなんかはいちばん危険なの。……彼が今日、あんなふうに運びこまれる前に依存症の治療に来てくれなかったのは、本当に残念だわ」

 五人が俯いたままなにも云えずにいると、看護師が続けた。

「バンドってロック? ゲイリー・セインとかトミー・ボーリンは知ってる? ディー・ディー・ラモーンやレイン・ステイリーならわかるかしら。……過剰摂取オーヴァードーズで伝説になったって、なにも恰好良くなんかないのよ」

「……別にかっこいいと思ってやってるわけじゃ……なかったと思うぜ、ルネの奴も」

 どうやらロック好きらしいその看護師はもう一度溜息をついて、ユーリに云った。

「この病院は薬物乱用についての相談を受けつけているから、いつでも来なさい。彼の跡を追うつもりがないならね。――君もね」

 不意に話を振られたテディがぴく、と顔をあげ看護師を見た。ルカはその様子を見て、目の上がちりっと引き攣ったような仕種をした。

 と、そこへ医師との話を終えた警官が近づいてきた。テディはすっとルカの後ろにまわり、ユーリは虚勢を張るかのように、ポケットに手を突っこんで背中を伸ばした。

「……彼に逢ってお別れをしていく?」

 ユーリがかぶりを振ると、看護師はもう自分の役目は終えたというように、一礼して去っていった。

 入れ違いに警官が前に立つ。

「さて」

 がっしりと体格のいいその警官は、まあとりあえず坐らないかとルカたちに促した。五人が素直に長椅子に戻るあいだに、廊下に立て掛けられていた折り畳みのパイプ椅子を一脚取ってくると、対面する位置に開いて置き、腰を下ろす。

「友達のことは気の毒だった。ショックでそれどころじゃないだろうとは思うが、職務上訊かなきゃいかんことがあるんで少しのあいだ付き合ってくれ。……亡くなったのはルネ・クレツキ、と。155にかけたのは?」

「……俺だ」

「発見したときの状況は?」

 ユーリの様子をちら、と見て、ドリューが答えた。

「バスルームを覗いて、トイレに坐ってるのをみつけたんだ。腕から注射器をぶら下げたままぐったり横の壁に凭れてて、呼んでも揺さぶっても反応がなかったんで……ユーリを呼んで、救急車を呼べと云った」

「どういう知りあいだ?」

「バンド仲間だ」

 ここにいる全員がそうだ、とドリューが短く答えると、警官はクリップボードに挟みこまれた紙を一枚捲りながら尋ねた。

「死因はアルコールとヘロインの摂取過多。彼は普段からヘロインを使ってたのか?」

 きゅっと唇を噛むユーリを警官はじろりとめつけた。

「よけいに面倒なことにしたくなけりゃ、正直に答えたほうがいいぞ」

「……ああ、使ってた。スマックヘロインだけじゃなくペルビチン覚醒剤ウィード大麻も、エクスタシーもやってた」

「同情はできんな。彼の家は今いちおう家宅捜索に入ってる。君らも所持品のチェックと尿検査が必要か?」

 ルカは、自分を挟んでユーリとテディの視線が交わされたのに気がついた。それを察したかどうかはわからないが、警官はふぅと息をついて、ただこう続けた。

「なにしろ死因が死因なんで、本当は君たちには署のほうまで来てもらいたいところなんだが……」

 それをやってるときりがなくてな、とうんざりしたようにこぼして警官はクリップボードを脇に挟み、胸ポケットから取りだした手帳とペンを構えた。

「いちおう全員、名前と連絡先だけ訊いておこうか。友達がこんなことになったんだ、もう下手なことはしないとは思うがな」

 そうだろう? と釘を差すように云って、警官はペンでいちばん右端にいるジェシを指した。

「あ、えっと、僕から? ……ジェシ・デイヴィス・オブライエン……です」

「ドリュー・トーレス。フルネームはアンドレ・ルイス・トーレスだ」

「……ユーリ……、ユリウス・レイボヴィッツ」

「ルーカス・ダミアン・ルイス・ブランデンブルク。普段はルカ・ブランドンと名乗ってる」

「……テディ・レオン。フルネームはセオドア・ルシアン・レオン・ヴァレンタイン」

 ペンを動かす手を止めると警官は、片眉を上げてベンチに並ぶ五人を見た。

「全員外国人か?」

「いや、俺と……」

 ルネはチェコ人だ、と云いかけたのだろう。ユーリがぐっと声を詰まらせ、ルカは見たことのないその痛々しい表情に目を伏せた。

 そのとき、かつかつとヒールの音が近づいてきた。皆が一斉にタイトなグレーのスーツに身を包んだその足音の主のほうを向き、しかし顔を直視できずまた俯く。

「ルネは?」

 誰も答えられずにいるなか、ドリューだけが目を合わせ首を横に振った。一瞬目を瞠ったあと、彼女はきゅっとアイシャドウで縁取った瞼を閉じ、天井を仰いだ。その様子を見て警官が立ちあがり、帽子を取る。

「この度はお気の毒です。あなたは?」

 気を取り直したように警官に向き直り、彼女はセミロングのブルネットを掻きあげながら、よく通る声で答えた。

「どうも、ご面倒をおかけしました。私、この子たちがやっているバンドのマネージャーで、ポムグラネイト・レコーズのヴェロニカ・マルティーニといいます」

 名乗りながらヴェロニカはバッグから大きめの封筒を出し、警官に差しだした。

「中にこの子たち……と、ルネのぶんもですけど、パスポートや外国籍の子の登録証関係のコピー、連絡先としてうちの事務所と私のモバイルフォンの番号とEメールアドレスを記したものが入っています。聴取などが必要でしたら私に連絡をいただければ後日、弁護士同席のうえで応じさせていただきます。今日はこの子たちもショックなことがあってまいっているでしょうから、もう連れて戻りたいのですけど……なにか問題がありまして?」

 一気にそう云うとヴェロニカ――ルカたち、バンドにとっての恩人でもあるロニーは、文句があるかとばかりに小首を傾げ、口の端だけでにっと笑った。




       * * *




「――じゃあ、あなたたちはやってないのね? お酒と、大麻カナビスだけ? ほんとでしょうね」

「しつこいな、そうだって云ってるだろ! なんだってんだ、こんなときに!」

「こんなときだからでしょう!? 私だってショックなのよ、こんなこと云いたくないわよ! でも泣き喚いてるあいだに今度はあなたたちがショックを薬でごまかそうとしないかって、そっちのほうが心配なのよ!」

 欧州仕様のハイエースロングボディを運転しながら、ロニーはバンドの五人にくどくどと説教をしていた。

 ドリューとジェシは偶にジョイントを廻されれば付き合う程度で、強い薬物はまったくやらないことを知っていたし、ルカも常識的で生真面目な性格から無茶なことはしないとわかっていた。心配しているのは口数が少なく、なにを考えているのかわかりづらいテディと、過剰摂取オーヴァードーズで死んだルネといちばん旧い友人であるユーリであった。

 ルネとユーリはいつもつるんでは、酔っぱらったりハイになったりしていた。そこに、気づけばいつからかテディが加わるようになっていた。

 初めの頃、傍目にはユーリが兄貴風を吹かせてテディを引っ張りまわしているようにも見えたが、テディは別に嫌がっているようでも、困っているようでもなかった。バンドの問題児だったルネと、いかにもアウトローなユーリにおとなしいテディが悪い影響を受けなきゃいいのだけどと心配していたのだが、まったく性格の違う彼らはなんだか妙に気が合うようで、いつも一緒だった。

 しかし、三人を結びつけていたのがドラッグだったのなら、厳しく云っておかねばならない。

「……とにかく。まだやっとデビューしたばかりでこんなこと……27トゥエンティセヴンクラブを目指しているわけでもないんでしょうから、もう金輪際ドラッグはやめること! あなたたちまだ二十代始まったばかりなんだから、まだまだこれからなんだからね!」

 がみがみと云い聞かせているその声が上擦った。

「……本当にもう……これからだったのに……可哀想なルネ、ばかなルネ……なんでこんなことになるの……!」

 ロニーが堪らずそう漏らすと、それを聞いてかううっとジェシが泣きだした。ユーリは拳を握りしめ自分の膝に叩きつけ、表情を隠すように窓のほうを向いた。三列めのシートに乗っているルカとテディは身じろぎもせず、自分たちの前に坐っているユーリをじっと見つめている。

「……ねえ、これからどうしたらいいと思う? ターンテーブルがいなくなったわけだけど、代わりは探すの? ……わかってる。今すぐなんて考えられないでしょうけど、これはビジネスの話なの。次のプロモーションやギグのことを考えなくちゃいけないのよ」

「ギグなんてあるのかよ」

「電話もらうまでやらせてくれるところを探しまわっていたのよ! ……結局みつからなかったけど」

 はぁ……と、どこからともなく溜息が洩れた。

 車は病院のあった新市街を抜け、旧市街を走っていた。人影も疎らな黄色いナトリウムランプに照らされた石畳の道を、車の白いライトが切り裂くように照らす。

 天文時計がある旧市庁舎を背に進みマーネスーフ橋に差しかかると、窓の外に広がるヴルタヴァ川を眺めていたルカが、声をかけてきた。

「……ロニー、事務所に行くのか?」

「あなたたちをフラットに送って放っておこうって気がしないのよ」


 ――ここチェコ共和国のプラハは中世の建造物が多く残っており、世界一美しい街とも称される。世界で最も古くて大きなプラハ城、聖ヴィート大聖堂、カレル橋、国民劇場と観光名所になっている場所も多く、通年あらゆる地域からたくさんの観光客が押し寄せてくる。


 ロニーが向かっているのはそんな観光地を抜けた先にある、十九世紀に建てられたネオルネッサンス様式の建物の一室をリフォームした、彼女の住居兼事務所であった。

 ポムグラネイト・レコーズとはいっても、所属しているミュージシャンは彼ら――ジー・デヴィールしかいないし、運営しているのはロニーひとりしかいない。

 ストリートライヴをやっていた彼らに惚れこんだロニーが自分の勤めているレコード会社に売りこみ、ルックスの良さからとんとん拍子にデビューが決まると、成り行きでどうせマネジメントを引き受けるのならとレーベルを立ちあげた。そして拠点となる場所が必要になり、シェアしていたルームメイトがふたり転居してちょうど持て余していた広い部屋の一部を、事務所に利用することにしたのだ。

 ロニーは自分の耳と目と、直感を信じていた――彼らは若く、ルックスも抜群に良く、演奏スキルもそれなりにあった。今はまだ火がついていないが、そのうち高く大きな花火があがると信じていたのだ。それなのに。

「……なんとかしなきゃね……」

 ロニーは呟き、慣れたハンドル捌きで車を路肩に駐めた。





 そこが美術館だと云われても違和感のないような重厚な建物のなかに入り、一行は高い天井を見上げた。もう夜中といって差し支えない時間だが、絨毯が敷き詰められているため足音に気を遣う必要はないようだった。

 ぞろぞろと階段を上っていき、最上階である三階のいちばん端の扉の前で立ち止まる。ロニーが鍵を開け、部屋に入っていくと、外観や廊下までの中世の雰囲気からは想像もできないモダンなインテリアが目に飛びこんできた。

 黒、白、グレーというモノトーンと差し色の濃いオレンジで統一されたスリーベッドルームの広い部屋。リビングが事務所として使用されていて、ゲスト用のベッドルーム内には小さなバスルームがあり、もうひとつゆったりと広いメインのバスルームがエントリーホール側にある。

 エントリーホールからリビングに入ると真ん中に七、八人ほどが坐れるソファのセットと、大きな一枚板のテーブルがあった。正面の窓辺にはデスクが置かれ、向かって右の大きな飾り棚には音楽関係の書籍やCDなどがバランスよく配置されている。彼らジー・デヴィールのポスターも、ハイセンスな部屋の雰囲気を損なわぬよう控えめなサイズのパネルで飾られていた。

 左の扉の向こうはダイニングを兼ねたキッチンになっている。その更に奥にマスターベッドルームと、エントリーホールからも入れる三つめのベッドルームがゲストルームとマスターベッドルームに挟まれる位置にある。ゲストルームだけが他の部屋とまったく繋がっていなかった。


「いつ来ても広い部屋だな」

 エントリーホールとリビングを繋ぐ扉を大きく開けてドリューがそう云うと、ルカがそれに異を唱えた。

「そうか? こんなもんじゃないの」

「おまえはお坊ちゃんだからそう思うんだろうよ」

 ユーリが普段と同じ調子でそう云うのを聞くと、ロニーはほっとした。まだショックから立ち直ったというわけではないだろうが、これが一時的な麻痺だったとしても、ずっとだんまりを決めこんでいるよりはましな気がした。

「さ、今日はもう遅いからみんな適当に休んで。なんでも好きにしててくれていいけど火の始末だけは気をつけてね。あ、お腹は空いてない? 冷蔵庫にはなにも入ってないけど……」

「ああ、ビールとチーズしか入ってなかったな」

 いつの間にかユーリがスタロプラメンを開け、喇叭飲みしていた。

「しかしいいのか? こんな夜中にぞろぞろ若い男を連れこんで、しかも泊めるだなんて。悪い評判が立っても知らねえぜ?」

「冗談を云う元気はあるみたいでよかったわ」

 ロニーはユーリの腕をぽんと叩きながらキッチンへ入り、冷蔵庫を開けて自分もビールの瓶を一本取りだした。

「まあねえ、大切な仲間を失ったわけだし……ここでひとりの胸に飛びこんで、一緒にお酒飲んで泣いてそのままベッドインしてもいいわよ? でも――」

「せっかくだが俺は遠慮させてもらう」

 ドリューがそう云うと、ロニーはほら、やっぱりね。と肩を竦めた。

「ジェシ、早くもっといい男になるのよ。期待してるわ」

「なんですかそれ、現時点ではだめってことですか!?」

「だっておまえ、まだ童貞だろう」

 ユーリがくっくっと笑う。ジェシは少し顔を赤くしてむくれたが、もう慣れっこのやりとりだった。

「ま、いいじゃない。あんたたちがそういう感じだから安心してここに泊めてあげるのよ……おまけにバンドの半分がゲイだし」

「俺はバイだぞ。……女の恋人がいたことがないだけで」

「だから半分であってるじゃない。あんたたちを初めて観たとき、すっごくときめいちゃったんだけどねぇ……私そっちにアンテナ持ってたのかしら?」


 ルカはバイセクシュアル、ユーリとテディはゲイで、ルカとテディは学生時代から恋人関係にある。ドリューとジェシはストレート、つまり異性愛者だ。

 いつも童貞だとからかわれているジェシは、ロンドン郊外にある全寮制の男子校を卒業してすぐプラハにやってきたので、こんなふうになにか云われるたびに恋愛をする暇がなかったのだと主張していた。ルカとテディもジェシと同じ学校の一年先輩だったが、なにやら問題を起こし、揃って放校処分になったらしい。


「わかります、かっこいいですもんね。ルカとテディは学校でも目立ってましたよ……いや悪い意味じゃなく」

 下級生はみんな憧れてました、とジェシは云った。

「おまえら学生の頃からべたべたしてやがったのか?」

 こんなふうに、ルカとテディのふたりをユーリが揶揄するのもいつものことだ。

「べたべたはしてないだろう、俺はこれでも常識人だからな。さて、常識人な俺は人前ではべたべたできないのでゲストルームを使わせてもらうことにするよ。さ、寝ようかテディ」

 肩を竦めてみせるテディの背を押しながら、「お先に失礼、おやすみ諸君」とルカはリビングを出ていった。

「ひとんちのシーツを汚すんじゃねえぞ」とユーリは笑い、もうからにしたビールの瓶をシンクに置いた。じゃあ俺は事務所のソファを使わせてもらうか、と云いながらまた冷蔵庫を開け、二本めを取りだす。

「悪いな、ユーリ」

 ドリューがそう云うと、ユーリはひらひらと手を振りながらビールを片手にキッチンを出ていった。

「でもまあ、合理的な部屋割りになりましたね……」

「こっちは気にしないんだけどな」

 ああなるほど、とようやく意味がわかったロニーが、もう閉じられた事務所へ続く扉を見る。

「ふうん。ユーリってああいうところもあるのね」

「……ひとりのほうがよかったのもあるだろうと思う」

 そっか。とロニーは少し反省した。ルネといちばん親しかったのはユーリだ。今はきっと強がっているだけなのだろう。

 まだまだ自分とこの子たちの付き合いは浅い。もっと知って、ちゃんとケアしなければ――そしてしっかり成功へ導かなければ。

「さ、ほんとにもう遅いから寝ましょ……私もやすませてもらうわ、おやすみなさい」

 そう云って残りのビールを飲み干すと、ロニーはマスターベッドルームへ入り扉を閉めた。

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