「俺の婚約者になれリリー」
真剣な面持ちで言うウォルターにリリーは戸惑った。
確かにウォルターは包容力もあって経済力も問題なし。
顔も悪くないし身体付きも最高。
一度でも婚約破棄をしてしまえば、その名は傷つき新たな婚約者を探す障害になるだろう。
今ここでウォルターの申し出を断れば、ウォルター以上の優良物件は見込めない。
両親の事を考えれば二つ返事で了承したい所だが……
「──そんな事許すはずがないでしょう?」
壇上の上から怒りを含んだ声が聞こえた。
「リリーも何故すぐに断らないんです!?」
「えっ?──あ、ちょっと!!」
ルーファスは怒りに任せてリリーの腕を掴むと会場を出て行ってしまった。
「まったく、世話の焼ける二人だな」
ウォルターは出て行く二人を見ながら頭を掻いていると、
「ウォルター……君、わざと煽ったね?」
「ははっ……当て馬役はやっぱり性にあわんな」
ローベルトがウォルターを労う様に肩を叩くと、ウォルターは苦笑いを浮かべた。
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「ちょ、痛い!!離して!!聞いてる!?ルーファス様!?」
腕を掴まれ早足で歩かされている為、息が上がり辛いと訴えてもその言葉など聞こえていないのかルーファスは前を向いたままこちらを見向きもしない。
(なんなの!?
腕は痛いし疲れたし……段々腹ただしくなってきた。
「ルーファス様!!!」
パシッとリリーがルーファスの手を払うと、ようやく我に返ったのかルーファスが顔を見せた。
しかしルーファスの目に映るリリーの表情は明らかな怒りを含んでいた。
「いい加減にしてください!!一体私の何が気に入らないと言うんです!?」
「は?」
「だってそうでしょ!?私に対する態度は明らかに冷たいものでしたもの!!お互い嫌いな者と一緒になるのは本望ではないもの!!だから何度も婚約破棄を打診してきましたが答えはいつもノー!!私に対するいやがらせとしか考えられません!!」
今までのうっ憤を晴らすべく息を切らしながら捲し立てると、ルーファスは目を見開いて驚いていた。
今更何をそんな驚くことがあるのかとリリーが呆れているとグイッと腕を引かれ、態勢を崩したリリーはそのままルーファスの胸の中に納まった。
「──なッ!!!」
今までない行動に頬を染めながら慌てるリリーだが、離さないようにぎゅと力強く抱きしめられ逃げられない。
「……まったく、そんな勘違いをしているなんて……」
「へ?」
耳元で囁くように言われ、そっと頬に手を添えられた。
そのルーファスの表情はとても柔らかく優しく初めて見るもので、不覚にもドキッとしてしまった。
「いいですか。私が想う者はただ一人……………貴方だけです」
「え……?」
リリーは自分の耳を疑った。
そして最初に思ったものは「原作と違う!!」という事。
まあ、ヒロインのシルビアが断罪された時点で原作の効力はないものだと思ってはいたが、この結末は想定外。
「今も昔も貴方一人だけを想っているのに貴方という人は婚約を破棄したいと言ってくるんですから……私がどれだけ裏で貴方の為に動いていたか知らないでしょう」
「え?なにそれ?こわいんだけど……」
「ふふっ。貴方を繋ぎ留めておく為ならば悪魔に魂を売る事だってできますよ?」
クスッと笑うルーファスは冗談を言っているような感じはしない。──……というか、異常な執着を感じる。
「え、だ、だって、ルーファス様は私に冷たかったし愛情なんてなんにも……」
「それは貴方が幼い頃に寡黙な男が好みだと言ったじゃないですか」
「そんな事言った?」とリリーですら忘れていた言葉をルーファスは覚えていてリリーの好みの男になろうと努力していたのだと、この時初めて知った。
それと同時に思った事がある……
「あの、こんなこというのも何ですが、ルーファス様のは冷然で寡黙とは言わないのでは……?」
「は?」
あれ?この人寡黙の意味知ってる?と心配になった。
「寡黙というのは確かに口数は少ないですが婚約者を無碍にしたりしませんよ?」
「いや、しかし……!!」
無碍にしていたつもりはなかったが、婚約者本人に言われればそうだったのだろうか?とルーファスは血の気が引き狼狽えた。
こんな狼狽えているルーファスを見るのは初めてで思わずクスクスと笑みがこぼれた。
初めて見たリリーの笑顔にルーファスの胸は高鳴った。
「しっかりしていると思われている宰相様も人の子でしたのね。安心しました」
今だ笑いが止まらないリリーは目に溜まった涙を拭いながらルーファスを見ると、潤んだ目とほのかに染まった頬が可愛らしく妙に艶っぽくルーファスは息を飲んだ。
そして無意識にリリーの頬を撫でていた。
「……リリーお願いします。私を選んでください。貴方に好いている人がいても構いませんから……」
悲痛な表情で言うルーファスにリリーは困惑した。
「私に好きな人?そんな人いませんよ?」
「は?し、しかし、先日確かに──……!!」
「ん~、きっと言葉の意味を差し違えたんじゃないんですか?好きな人も気になる人もいませんよ?」
そんなこと言ったっけ?と頭の記憶を巡らせたがそんな記憶はなかった。
ルーファスは目を見開いて固まっていたが、しばらくするとフッといつもの表情に変わった。
「そうですね……リリーに限ってそんなことありませんね」
「むっ!!その言葉は失礼ですよ!!私にも一人や二人好きな人ができるかも──……わッ!!」
「二人もいりませんよ」
言い切る前に再びルーファスの腕の中に閉じ込められた。
「どうやらリリーには私の気持ちが伝わっていなかったようなので、これからは嫌という程分からせてあげますね。……覚悟していてください」
そう微笑むルーファスはまるでまるで魔王のような笑みを浮かべていた。