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ナンパはお断り

「最近エーヴェル伯爵の所のリリー嬢、雰囲気が変わったと思わないか?」

「ああ、なんと言うか前よりも凛としていると言うか精悍な顔をするようになったな」


そんな話がリリーの耳に聞こえてくる度、ニヤつく顔を引き締めるのに苦労する。

着々と悪役令嬢への道が成立しつつある。


そんな本日は仮面舞踏会へやって来た。

仮面を被っていれば顔も分からないし、一夜限りの男女の関係を持つ者も多いので普段なら絶対に足を踏み入れない場所だが、立派な悪役令嬢になる為に人の弱みや噂話を耳にするべくたまにこういう場へ足を踏み入れている。

しかし最近は自信の噂話評判を聞くのも楽しみで来ていたりもする。


「美しいレディーが壁の花ですか?」


一人の男が手にグラスを二つ持ってやって来た。一つをリリーへとさりげなく渡してきた。

そのグラスを微笑みながら受け取ると「ふふっ、随分口がうまいのね?」とこちらもさりげなく対応した。


「おや、それは心外だなぁ。私は嘘はつきませんよ?」

「そういう男が一番信用ならないんですよ?」

「これは手厳しい」


ふふっとお互いに笑みがこぼれた。


相手の男は見たところいい所のお坊ちゃんだろう。

大層質のいい夜会服に身を包んでいる。

それに、仮面をしていてもその上品な仕草や雰囲気は隠し切れない。


「ん?どうしました?」

「あ、すいません。あまりに素敵な装いでしたので……」


どうやらチラチラ見ていたのに気が付かれたらしい。

仮面から覗かれる琥珀色の瞳を見て「どこかで……」と思いその眼を釘いるように見ていると、リリーの口元に人差し指が押し当てられた。


「ふふっ、この場で相手の身辺を探るのは無粋ですよ?」


それはこれ以上詮索するなと言う忠告だった。


それもそうだ、そんなことをしたら仮面を被っている意味がなくなってしまう。

ここは身分も階級も関係ない。場所なのだ。


「……失礼いたしました。そういうつもりはなかったのですが」

「分かってますよ。……どうです?この後一緒にお茶など?」


リリーの耳元で囁くように呟いた。


──来た。


この手の場に出るようになって男に声を掛けられることも多くなった。

魂胆はもちろん分かっている。


「私はそんな安くないのですが?」

「ええ、分かってますよ。いくらでもお支払いいたしましょう?」


不敵な笑みを浮かべる男に心底嫌気がさす。

リリーはこういう金でものを言わす奴がなによりも嫌いなのだ。


「……申し訳ありませんがお断りします」

「ほぉ、それは何故?自分で言うのも何ですがこれでもそこそこモテるんですよ?ご満足いただけると思いますが?」


この男がモテるのぐらい言われなくても周りの令嬢の熱い視線を見てれば分る。


「……貴方の恋愛事情なんて知りません。それ以前に興味もありません。なんでもかんでも金で解決しようとするその魂胆が気にいらないんです」

「へ~……?」


男は腕を組み、微笑みながらリリーを見ていた。


「それに私は目的できたのではないので。一晩のお相手を探しているのなら他へどうぞ。それに貴方、私のタイプではありませんし。自分が声を掛ければ誰でも釣れるとお思い?自意識過剰も大概にした方がよろしいわよ?」


睨みつけながら言い切った。

リリーはこうして毅然と対応できるようにまで成長したことに内心感動して、余韻に浸っているとブハッと吹き出す声が聞こえた。


「ククククッ……いや、すみません。貴方の言う通り私は自分に自信を持ちすぎていたようだ」


涙目になるまで笑うことだろうか?と思っていると、手を差し出された。


「今更言い訳になってしまうと思いますが、こう見えて私も清い身体なんですよ?先ほど誘ったのは本当に下心なしのお茶の誘いでした」

「……………………嘘くさッ」

「あはははははは!!貴方は本当に自分に正直ですね。改めてお茶に誘っても?……今回は下心ありですが……?」

「……今までのくだりを塗りつぶそうとしてます?」

「冗談ですよ。諦めます」


ジロッと蔑むように睨みつけると、男は両手を挙げて降参のポーズで応えた。


「貴方とはきっとまた会える気がしますからね。次に取っておきますよ」


そう言いながらリリーの手を取り、さりげなく手の甲にキスされた。

リリーが慌てて手を引っ込めると、その仕草も男にはツボらしく肩を震わせ笑っていた。


「それじゃあ、またお会いしましょう美しいレディー」


軽くウインクしながら人込みへと消えていく男を見送っていると、ドッと疲れが出てリリーは早急に屋敷へと戻ることにした……






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