──……リリーに好きな奴がいる……?
婚約者から衝撃的な言葉を聞いたのは今しがた。
「一体誰を……っ!!」
バンッと激しく机を叩き苛立ちをぶつけるが、答えが返ってくるはずがない。
ルーファスとリリーとの婚約はルーファス15歳、リリー12歳の時に決まった。
初対面のリリーは何故かよそよそしく、初めて交わした言葉が「婚約破棄して下さい」だった。
自慢では無いが容姿は悪くない。寧ろいい方だと自負している。
そんな自分を一目見ただけで振る女がいたことに驚いたのと同時に何故か自分のモノにしたいと言う衝動に駆られた。
そんな事は初めてで、それがなんと言う感情なのか
その場は両親達のおかげで何とか婚約したままの状態での解散となったが、その後も顔を合わせる度に挨拶は交わすが二言目には婚約破棄をしてくれと言う。
何故そんなに自分を拒むのか聞いた事があったが、話を濁され分からずじまいで、次第に気にもしなくなった。
いくら拒もうと婚約を解消しない限り、リリーは自分のモノになる。そう頭では思ってはいても、心の奥底には隠しきれない不安があったのも事実。
まだ婚約したての頃、リリーは一時ある者に興味を惹かれていた。その者は……ルーファスの実の父だ。
寡黙で大人の雰囲気がかっこいいと呟いたのを聞き逃さなかった。
確かに、父は素晴らしい人だ。
息子のルーファスですらかっこいいと思うし尊敬もしている。
だが、それを婚約者の口から聞いたら酷く面白くない。
それ以降、ルーファスはリリーの前だけは自身の父の様に寡黙な人間になろうと努力した。
騎士にならなかったのも、リリーが「乱暴な人は嫌い」と言っていたから。
それでもリリーを守る為に、ある程度の剣術は習った。
宰相になって名実共に名を上げればリリーは自分のことも見てくれる。そう思っていたのに……ッ!!
ドンッ!!と再び机を殴りつけた。
「お~お~、何だ?やけに荒れてるなぁ~?」
相変わらずノックをせずに入ってきたのは団長であるウォルターだ。
「今度はなんの用です!?貴方の相手をしている場合ではないんですよ!!」
「おいおい。本当に何があった?」
いつもの冷静さを失っているルーファスにこれは只事ではないとウォルターが問い掛けると物凄い形相で睨まれた。
「……もしかして、貴方ですか……?」
「は?」
ルーファスはおもむろに剣を取りだし鞘を抜いた。
「あれ程手を出したら容赦しないと忠告しましたよね!?」
「ちょ、ちょっと待て!!意味がわからん!!俺は何もしてないぞ!!!」
「言い訳はあの世で聞きます」
「おま──ッ!!!」
ウォルターの言葉など聞く耳持たぬとルーファスは全力で斬りかかった。
流石のウォルターもこれでは話にならん。と素早く剣を抜き、ルーファスの相手をする。
いくらルーファスが剣の腕があるといえ現役の騎士団長に敵うはずもなく呆気なく決着はつき、ウォルターはルーファスの上に腰掛けた。
それでもルーファスは諦め悪く食ってかかろうとする。
ウォルターは深い溜息を吐き、小さな子供を宥めるように何があったのか優しく問いかけると渋々と言った感じに話した。
「……リリーに好きな人がいると言われたんですよ……」
「はあ!?マジでか!?」
「こんなくだらない嘘をつくと思いますか!?」
ルーファスの焦りようから嘘では無いことは分かっていた。
そして、ウォルターはいつかこんな日が来るのではと危惧していたのだ。
「はぁぁぁ~……だから態度を改めろと言っただろ?」
「………………」
「何をそんなに意固地になっているのかは知らんが、このままでは本当に横からかっさらわれるぞ?」
「………………」
「因みにリリーの想い人は俺ではないと思う……多分」
「………多分?」
その言葉にピクッとルーファスの眉が上がった。
「いやいやいやいや!!!だって、なぁ?」
ウォルターが言いたいことは薄々分かっている。
自分が婚約者だったらと本人から言われているかだろう。
ルーファスはギュッと拳を握りしめた。
「まあ、お前らはまだ若い。焦って本末転倒なんて事になったら尚更だろ?一度落ち着いて自分を見直せ。な?」
ウォルターは諭すように優しくルーファスの頭を撫でた。
ルーファスは俯いて黙っていたが、ウォルターは苦笑いを浮かべて静かに執務室を後にした。