「ごめんなさい。遅くなりました!」
遅刻してしまったあああああ。
やっぱり昨日はあのまま眠れず……。
「≪ミッカ≫? 5分程度の遅刻でそんなにゾンビみたいな顔しないんだぞ♡」
もえきゅん☆はすでに戦闘服に着替えて待っていた。
わたしはというと、完全に私服。なんなら髪もボサボサ……。
「≪ミッカ≫の素顔み~ちゃった♡」
もえきゅん☆の声が弾んでいた。
あ、そっか。昨日はアクア様のアバターつけていたから、すっぴんは初めてなんだったわ。
「初めまして。火野麻衣華と言います。今日からお世話になります」
わたしは深々と頭を下げた。
最初が肝心。印象よく印象よく。
「麻衣華のキャラクター名は何? 本名なの?」
「え、その、とくに登録名をつけていなかったので、本名のままですね」
もえきゅん☆が言っている「キャラクター名」とは、冒険の時の活動ネーム、つまりニックネームのようなもののことだ。
わたしのように本名のままで活動する人もいるけれど、キャラクター名をつけている人のほうが圧倒的に多い。さすがに「もえきゅん☆」はキャラクター名だと思う。
政府のデータベースには、本名とキャラクター名がセットで保管されているので、どちらも公式の場で使用することができる。
「まだ登録していないなら、キャラクター名を登録しに行きましょ♡」
キャラクター名は1度登録してしまうと基本的には変更できない。稀に認められるケースもあるらしいけれど、本名の改名以上に申請は通らないといううわさまである。
「登録するんですか……どんな……」
だからこそ、答えはわかっているけれど、聞かないわけにはいかなかった。それってホントにいいんですか? 大丈夫なんですか⁉
「もちろん、柊アクア♡」
もえきゅん☆が無邪気に笑う。
ですよね……。
でもわたしが「柊アクア」の名前でキャラクター名登録しちゃったら、もはやそれは影武者でもなんでもなく……。
「さあ、冒険者協会本部にいくんだぞ♡」
「はい……」
わたしが逆らえるはずもなく、問答無用で連行だ。
* * *
「ここにも転移で直通なんですね……」
「何を言っているの? こここそ転移先に設定したい場所No.1じゃない? 政府経由の依頼の場合だけ、オフラインで報酬受け取りしなきゃいけないのは、本当に時代遅れだと思うわ~」
政府経由の依頼なんて受けたことがないので知らなかったです……。素材買取は普通にオンラインですから、一般冒険者はそれしか知らない可能性も高いんじゃ。
「はい、キャラクター名登録ですね。しばらくお待ちください」
受付のお姉さんがわたしの提出した紙を持って、奥の部屋に行ってしまった。
ひさしぶりに紙に文字を書いたかも。このあたりも時代遅れ感がすごい。
「もう少しで麻衣華が『柊アクア』になるんだぞ♡」
もえきゅん☆はめちゃくちゃうれしそうなんですけど、わたしなんかがアクア様の名前を名乗って本当にいいのか、不安で不安で仕方ないです……。
わりとすぐに受付のお姉さんが戻ってきた。
「確認いたしました。『柊アクア』というネームは、本人確認ができないとなりすまし防止の観点から、キャラクター名登録処理が行えません。ご本人である証明用のエビデンスをお持ちになっていらっしゃいますか?」
エビデンス……。影武者だから思いっきりなりすましです……。
「はい、お持ちです♡」
「もももも、もえきゅん☆⁉」
「これでお願いします♡」
もえきゅん☆は、ドサドサっと分厚い紙の束を受付のお姉さんの前に置いた。
「確認いたします。……はい、たしかに、エビデンスとしてはこちらで十分です。それでは偽造されたものではないかなど、データチェックをさせていただきますので、またしばらくお待ちください」
紙の束を持って、お姉さんがまた奥の別室へと消えていった。
「エビデンス、持ってきていたんですか?」
「もちろんだぞ♡ チャンネルの活動記録、口座情報と入金情報、その他諸々、モエが柊アクアとして活動している証拠を提出しないと、『柊アクア』の名前はキャラクター名にできないんだぞ♡」
ちゃんとしている。さすが政府。
「あれ? でもそれだと、もえきゅん☆がアクア様だって証明をしているだけでは?」
わたしのキャラクター名に使うことはできないような……。
「この紙があればすべて解決だぞ♡」
もえきゅん☆がドヤ―っと出してきた書類に書かれているのは――。
「譲渡証明書・名義変更申請書?」
なるほど? つまり?
「柊アクアの名前を麻衣華に譲渡してキャラクター名に使ってもいいよ、って許可を出すってことだぞ♡」
「それって重大なことなのでは……。VTuberとしての活動はどうなってしまうんですか⁉」
アクア様の配信が見られなくなったら、もうわたし生きていけない……。
ダメ、絶対。
一生ずっと配信してほしいです!
「あくまで冒険者のキャラクター名に使ってもいいって許可を出すだけだから、他の活動には関係ないんだぞ♡」
「あーーーーーーーーーよかったああああああああああああ」
ついつい大声を出してしまった。
周りの人が何だという目でこっちを見てくる。
ひぃ、ごめんなさい、ごめんなさい。
わたしは何度も小さく頭を下げて謝る。恥ずかしいよぉ。
と、お姉さんが戻ってきた。
「エビデンス、確認が取れました。それで――。はい、『名義変更』ですね。こちらの『火野麻衣華』さんに。はい、火野麻衣華さん。名義変更の申請が出ていますが、受諾する場合はこちらの『受諾書』にサインをお願いします」
本当にいいんですか? サインしちゃいますよ?
目で訴えてみるも、もえきゅん☆はニコニコしたまま黙っていた。
ううっ……わたし柊アクア様になりますよっ!
「サインしまあああああああああす!」
はあはあはあ。こ、これで……。
「はい、ありがとうございます。キャラクター名登録の手続きを行います」
お姉さんは奥の別室へ……行かずに手元の端末を操作する。
すると、通知音とともに、わたしの端末にメッセージが届いた。
『キャラクター名登録手続きのお知らせ』
「メッセージを受信されましたら、メッセージ内の『登録ボタン』をタップしてください」
「はひっ!」
えっと……これ、かな。ポチッ。
「はい、確認できました。これで登録完了です。お疲れさまでした」
「あ、ありがとうございました!」
お姉さんにつられて、わたしも頭を下げる。
「ちゃんと登録できているかはステータス画面を確認してみるんだぞ♡」
ステータス画面……。ああ、ホントだ! 今まで空欄だった「キャラクター名」のところに「柊アクア」って書いてあるうぅぅぅぅぅぅ!
「わたし、柊アクア様になっちゃいました!」
「おめでとうだぞ♡ 祝え〜火野麻衣華が柊アクアの名前を受け継ぎ、モエの相方になった瞬間だぞ♡」
もえきゅん☆がうれしそう。
とてつもない重圧とともにアクア様の名前をいただいてしまったわけだけど、もえきゅん☆の笑顔見ていたら、わたしにもがんばれそうな気がしてくる。
「じゃあ、アクア様! さっそく特訓して強くなって、早くダンジョン配信しましょ♡」
「はい、がんばります!」
「ノンノン♡ アクア様♡」
あ。
「モエ、あなた、このアクア様の強さについてこられるかしら?」
「アクア様、最高だぞ♡」
この路線で良さそう! なりきりのほうもがんばろ!