アクア様に≪Order change≫して、わたしともえきゅん☆はさっそく救出要請の現場へと向かう。
わたしたちは≪エンタープライズ≫の手配した車に乗ってどこかへ移動中だ。
いったいどこへ向かっているのでしょうか。
「そろそろこのアクアにも救出要請の内容を詳しく教えてくれるかしら?」
「ああん、アクア様♡ もちろんオッケ~! えっと~、今回はDランク相当の4人組パーティーからの救出要請ね。162ダンジョン……通称新潟北3ダンジョンの15階からみたい」
「新潟……結構遠いわね」
「近くのポイントまでは転送サービスで行けるから、そこまで時間はかからないんだぞ♡」
緊急を要する救出要請だから、普段なら高くて手が出ない長距離転送サービスでもあとで請求できるのかな?
「新潟北3ダンジョンは氷系のダンジョンみたいね。15階のボスはグレートイエティ。どうやらなんとかボス自体は倒したみたいだけど、リーダーが負傷して回復薬も使い切ってしまったらしくて、地上に戻れなくなっているみたい」
「なるほどー。その人たちを無事に連れて帰るのが今回のお仕事なのね?」
「そうよ~ん♡ ボス討伐時の詳しい時刻ももらっているし、ん~まだあと120分はリポップまでに猶予があるはずだから、仮にボス部屋でまったく動けなくても今のところ危険はないかな。せっかくだから、ダンジョンの入り口から救出までの道中を初配信しちゃお♡」
「初配信……。もえきゅん☆、いつの間にチャンネル開設したの?」
「もちろん昨日の夜♡ 出来立てほやほやだぞ♡」
とりあえず検索してみる……。
「『もえきゅん☆と柊アクア様のLOVE♡LOVE♡ペア♡チャンネル』あった」
うわー。すでに配信予約がされてるー。わたしOKしてないのにー。
チャンネル登録者が10万人超⁉ 配信待機している人が1万人を超えてるってエグー。
「もえきゅん☆……いったいどんな宣伝したんですか?」
聞きたくないけれど聞いておかないと……。まさかお金使って人を集めたり……?
「もちろんモエのSNSで『配信するぞ♡』って、つぶやいただけだぞ♡」
「もえきゅん☆のSNS……え、フォロワー50万人⁉ エグッ!」
「いやん♡ 見つかっちゃった♡」
もえきゅん☆がほっぺたを押さえながらクネクネしている。うーん、かわいい。
「アクア様のフォロワーはこの間20万人を超えたところですよね。そんなアカウントを2つも運用してたんですか……」
「もっとほめてほめて~♡」
「もえきゅん☆すごい! かわいい! 天才!」
「いやん♡」
めっちゃうれしそう。うーん、こんなかわいい生き物ならフォロワー50万人くらいいても不思議はないね!
「ところで配信ってカメラを持ってやるんですか? わたしたちのどっちかが?」
「いつの時代の配信の話をしてるの~? 今はいい感じに自動追尾してくれるドローンがあるんだぞ♡」
「ほえーそんな便利なものが」
「複数台飛ばしておけば、1人称視点、3人称視点、寄りも引きも自由自在♡ 基本モエがスイッチングしておくし、VRモニターの右下に視聴者のコメントが流れるから、アクア様は余裕があったらそれを見て、反応して何かしゃべってあげてね♡」
余裕があったら?
うーん。努力はしてみます!
「基本アクア様は戦闘に集中で大丈夫だぞ♡ モエは暇だから~、コメント欄の人とたくさんお話しちゃうんだぞ♡」
「わたし、支援系の魔法一切なくなっちゃったんで、そこは切らさずお願いしますね?」
一応、まあ一応ね? 釈迦に説法かな。
「モエはこれでもSランクの冒険者なんだぞ♡ 配信しながら戦闘の経験もあるから安心してね♡」
「それはそれは心強いお言葉……」
でも、まだ実践で一度も組んでないんだよねぇ。というか、もえきゅん☆がどんな戦い方をするかもほとんど知らない……。
まあわたしも一応Dランクだし、Sランクのもえきゅん☆と組めば、BランクかCランク相当のパーティーってことだよね。今回のダンジョンぐらいなら平気かな?
おっと。 どうやら目的の場所についた様子。
車が停車して運転手の人がもえきゅん☆に声をかけてきた。
「ここからは転送サービスで一気に行くんだぞ♡」
「はーい」
羽田空港の隣に小さなヘリポートのような設備があった。
ヘリポートなら「H」と書かれている場所には、代わりに魔法陣が書かれているくらいの違いだ。
ここが転送サービスの場所かあ。初めて使うよー。
「はりきって新潟へGO♡」
もえきゅん☆の掛け声とともに、魔法陣に青い光が灯る。
もえきゅん☆の≪Return to≫や≪蝶の羽≫よりも、ずっとずっと濃い青色の光だ。これが長距離転送の魔法陣かあ。
と、視界が暗くなり、転送開始。
1秒もしない間に視界が開ける。新潟に到着だ。
「成功♡ さ~て、ここからは風の加護で走ろ♡」
車で悠長に移動するのは人が多い地域だけ。冒険者なら走ったほうが車より速いのが一般常識だ。風の加護を受ければ確実に数倍の速度は出る。
* * *
「ここが新潟北3ダンジョン……」
ものの3分ほどで、わたしともえきゅん☆はダンジョン入り口に着いていた。
「アクア様、準備はいい? 配信スタートしたら~、まずはもえきゅん☆が自己紹介してからアクア様に振るから、きちんと自己紹介よろしくね♡ いつもVの配信見てるからどんなアイサツかわかるよね♡」
「も、もちろんよ!」
たぶんね。うん、きっと。緊張しすぎなければ……。
「もうっ、緊張しすぎ~♡ 今日からリアルではあなたがアクア様なのよ♡ しかたないな~。ブレッシング♡」
もえきゅん☆がブレッシングの魔法を唱えた瞬間、わたしの体が金色の光に包まれる。
ああ、心のざわめきが収まっていく……。
「ありがとう。わたし、がんばる!」
「アクア様ファイト♡」
「ファンのみんなと、救助を待つみんなのために、さっそく初配信スタートだぞ♡」
周りを飛んでいる複数台のドローンに、配信開始の赤ランプが一斉に点灯する。
始まる。ゴクリッ。
「やっほー♡ みんな見えてる~? 配信始まったぞ♡」
はじま……うっわ! 目で追えないほどの速度でコメントが流れていくー。ホントに配信始まったんだ。
「は~い、みんなのアイドル♡もえきゅん☆だぞ♡」
もえきゅん☆がバレリーナのようにゆっくりと1回転すると、ドレスのミニスカートが遅れてふわりと回った。さらに遅れて羽が舞い散っていく。
うーん、天使?
「今日から新しいチャンネルで配信開始しま~す! ううん、≪エンタプライズ≫とは関係ない個人チャンネルだぞ♡ モエね~運命のパートナーを見つけちゃったの♡ だから、ラブラブ♡ペア配信チャンネルを作ったんだぞ♡」
もえきゅん☆が目で合図してくる。
あ、今がわたしの自己紹介タイミングね?
「≪ドル箱ちゃん≫たちー元気ー? みんなのアイドル、柊アクア様の登場だー! これからはバーチャルだけじゃなくて、リアルでもガンガン活動しちゃうから、そのつもりでよろしくね!」
“アクア様だ!”
“アクア様ースパチャできないよー”
“アクア様バンザイ”
“リアルにもアクア様が降臨なされたぞー”
ギリギリ目で終えたコメントの数々。
アクア様が歓迎されているみたいで良かったわあ。
「≪ドル箱ちゃん≫のみんなはアクア様にスパチャしたいよね……。でもまだチャンネル立ち上げたばかりだから、収益化申請できてないの~。みんながたくさん見てくれて、コメントくれたらすぐ収益化申請できるようになるから一緒にがんばろうね♡」
もえきゅん☆フォローありがとう。
なるほど、配信ってそういう仕組みなのね。
「は~い、じゃあ気を取り直して説明しま~す。今日は配信タイトルにもある通り、『新潟北3ダンジョンの救出要請にこたえて初配信♡』だぞ♡ 困っている人がいるから、さっそく救出に向かいながら、これからのことをいろいろお話しちゃうね♡」
もえきゅん☆が先頭に立って、ダンジョン内部へと足を踏み入れていく。
さあ、わたしの担当は前衛での戦闘だ! 気合入れていくぞー!
救出要請をしている人たち、待っててね!