「ダンジョンに入ったよ〜♡ みんな見えてるかにゃ?」
もえきゅん☆が自分にカメラを向けてドアップにして手を振っている。
“見えない見えない”
“俺の目にはもえきゅん☆しか映らないぜ”
“もえきゅん☆今日もマジ聖女”
などなど。もえきゅん☆ってば大人気だねぇ。こんなにかわいかったら嫌う人なんているわけないかあ。わたしももえきゅん☆みたいにかわいく産まれてみたい人生でした。
「ふふ♡ ダンジョン内はこんな感じ〜。1階から氷山で〜す♡ アクア様〜寒いよ〜♡」
おそろしくかわいい生き物(もえきゅん☆)がトテトテと走ってきて、わたしの腕にしがみつく。
「もえきゅん☆!?」
こ、これは……腕にもえきゅん☆の隠された最終兵器の感触ががが!
「アクア様、顔真っ赤だ~。かわいいんだ〜♡」
もえきゅん☆は、いじわるそうにニシシと笑う。わかっててやってんなあ。くぅ。
“キマシタワー!!!”
“ラブラブだあ!”
“アクア様〜!”
“アクア様がもえきゅん☆に押されてる……だと……”
“なぜだスパチャが送れぬ(血の涙)”
「もえきゅん☆たらそんなにくっついたりして、寒いのかしら?そんなに寒いなら、このアクア様の愛の魔法で温めてあげようかしら? 寒いのはここ? それともここかしら? ひょっとしてここね?」
わたしだってアクア様なのよ! Sっぷりでは負けないわよー!
「いやん♡ おそわれる〜誰か助けて〜♡」
逃げ回るもえきゅん☆の脇や腰をくすぐっては追いかける。
「つーかーまーえーたー!」
背後から抱きつくような姿勢でもえきゅん☆をがっちり捕獲に成功! もえきゅん☆の肩にあごを乗せてさらにロック。
「もうアクア様ったら〜♡ みんなが見てるんだから~配信終わるまでガマンしてね♡」
もえきゅん☆がほほを赤らめ、恥じらうような表情を見せる。
やり過ぎた!?
OHー右下に流れるコメントがもはや目で終える速度ではない……。
と、コメントの動きがピタリと止まる。
「あれ? 配信止まった?」
あごのロックを外して、ドローン1台を手に取ってみる。
もしかして機材トラブルかな。
「ううん。ちゃんと配信中だぞ♡ 配信サービスのAIがいい感じにコメントを仕分けしてくれるようになっただけだぞ♡」
「そんなサービスがあるのねー」
「みんなのコメントはちゃんとあとで全部読むからね♡ 配信中はAIが抽出したコメントだけを拾うようになっちゃうけど許してね♡」
もえきゅん☆が視聴者に向けておじぎをする。
配信のコメントってそういう仕組みになってるんだあ。はっ! もしかして、いつものアクア様の配信もいい感じにわたしのコメントって消されているんじゃ……。好き好き言いすぎてAIに排除されてそう……。
“大丈夫〜常識常識”
“戦闘に集中してほしい”
“俺のコメントだけ拾ってくれればおk”
「みんないい子いい子♡ みんなのこと大好きだぞ〜♡」
もえきゅん☆サービスの投げキッス。
もえきゅん☆配信慣れしてるなあ。わたしも早く慣れてアクア様としてのファンサができるようにならなくっちゃ。
「アクア様、前方に敵影! アイスゴーレム2体だぞ♡」
「了解!」
よーし、がんばるぞーと思ったけど、まだ遠いね。うん、大丈夫。
わたしは落ち着いてゆっくりと双剣を装備する。
“アクア様の武器なんだ⁉”
“もしかして、フェニックスのやつか?”
“マジかすげーレアじゃん”
「ね〜アクア様カッコイイでしょ〜♡ 鳳凰の双剣似合うよね〜♡ 絶対似合うって思って、モエがプレゼントしたんだぞ♡」
“さっすがもえきゅん☆”
“前にエンタープライズの配信でドロップしてた話題の!”
“アクア様かっけ〜っす!”
“アクア様!アクア様!”
コメントめっちゃ盛り上がってる……。でもわたしは初戦闘に集中しなきゃ。失敗はできない。
「シルフウィンド♡」
もえきゅん☆がわたしの足に速度アップの加護を付与してくれた。これで勝つる!
GO!
右足で地面を蹴る。風の加護を乗せて一気に加速。アイスゴーレムに急接近。まずは左のアイスゴーレムをターゲット。スラッシュ! からのー体を回転させて右にもスラッシュ!
ふぅ。1階の敵は余裕ですわよ。オホホホホ。
「お見事♡ 弱すぎて準備運動にもならなかったね♡」
「これくらいこのアクア様の敵ではないわ! 救出を待ってる人もいるし、先を急ぎましょう!」
「頼もし♡ みんな~アクア様の動きはどうだった~?」
もえきゅん☆が急ぐ素振りも見せず、カメラを1人称視点に切りかえてコメント欄の人たちと会話を始める。
“速すぎて見えなかったっす!”
“アクア様ぱねー”
“俺Cランクだけど目で追うのがやっと……”
“つーことはアクア様Cランク以上確定!?”
“なめてましたサーセン!”
“な?っぱリアルでもアクア様っしょ!”
“もえきゅん☆のシルフがチート級だ”
「アクア様のすごさはまだまだこんなものじゃないからね♡ みんな覚悟しておくんだぞ♡」
めっちゃハードル上げてくるなあ。このマップならわりと広めだから投擲もうまくいくかな?
1階のモンスターは地上をノソノソする系ばかりなので、走りながらスラッシュで倒しつつ、2階へとつながる階段を駆け下りる。
地下へ進むのに階数表示が増えていくのはダンジョン独特の数え方かもしれない。
2階に降りても景色は変わらず、氷山の間を抜けていくマップのようだった。
事前に救出要請をしてきたパーティーからマップの連携を受けているので、迷わずサクサク進める。
「同じ景色で飽きてきちゃった〜。アクア様何かおもしろい話して〜♡」
もえきゅん☆が裾を引っ張ってムチャぶりしてくる。
「おもしろい話かあ。アクアは最近ずっとソロ狩りばっかりだったのよね」
オークロードを作業的に狩ってたから、あんまりおもしろいエピソードがないなあ。
“もえきゅん☆とはどうやって知り合ったんですか?”
コメント欄に質問が流れてくる。
話しても平気かな……もえきゅん☆のほうを見ると、ニコニコしながらOKサインを出していた。
「もえきゅん☆との出会いね。そうね。あれは……ナンパ、かな」
あれはナンパだったよね。うん。
「このアクアがソロでボス討伐をしていたら、恐れ多くも急に声をかけてきた初心者冒険者風の子がいたのよ」
“まさかのもえきゅん☆がナンパするほうだったか”
“もえきゅん☆ナンパ師”
「『キミかわいいね〜。ボクとペア狩りしない?』みたいな感じだったかしら?」
「モエそんなチャラい感じじゃないよ〜。アクア様ってば話盛りすぎだぞ♡」
「うそうそ。アクアのうわさを聞いて、わざわざ会いに来てくれたんだったわね」
「そうなんだぞ♡ アクア様とお近づきになりたくて何度も通っちゃった♡」
“もえきゅん☆のほうがラブコール送ってたんだ。なんか意外だ”
“有名冒険者なのはもえきゅん☆のほうなのにな”
“もえきゅん☆に見初められるってことはアクア様も相当な実力者とみた”
「わた……アクアは趣味でソロ狩りしてるだけだから、Dランクよ」
“その速さでDランクってうそだろ”
“Cランクのワイ涙目”
“ランクは協会に自分で申請しないと上がらないしな”
もともとわたしの実力はDランクで妥当なんだけどね。
もえきゅん☆にスキルをいじってもらったおかげで、今はたぶん効率よく力が出せるようになったんだと思う。
「アクア様は強いよ〜♡ モエはいろんな冒険者を見てきてるからわかるんだ♡」
“もえきゅん☆のお墨付きが出ました!”
“アクア様の隠された力に期待が高まる”
「趣味の冒険者だからあまり期待しすぎるんじゃないわよ! もう3階の階段に着いたわ、急ぎましょう」
みんなに持ち上げられまくって、ちょっと照れくささもあり、1人先行して足早に階段を降りていく。