そこから先は順調そのものだった。
15階の隅でうずくまっているパーティーを発見。もえきゅん☆のヒールで完全回復させて大きな仕事の1つはおしまい。
あとはもえきゅん☆の『≪Return to≫ the surface.』で地上に戻るだけでめでたしめでたし……あれ? わたしの役目ってもうなにもないんじゃ。
「な~に? アクア様ってば、物足りなそうな顔して~♡ あと30分くらいでグレートイエティ湧くから倒してく?」
もえきゅん☆がニヤニヤしながら、わたしの周りを回る。捕まえようとしてもするりとすり抜けていく。
白雪姫モードなのに小癪な!
うーん、でも、この人たちが苦戦したボスに1人で挑むのはちょっとなあ。
「早くみんなを地上に送り届けましょ」
「は~い。みなさん準備は良いですか?」
とくに気にした様子もなく、もえきゅん☆が救出要請してきたパーティーのみなさんのほうに問いかける。
「ありがとうございます。私たちはいつでも動けます」
回復したばかりのリーダーが元気よく返事してくる。金属製の重鎧がガチャガチャ鳴っていた。
他の人も大丈夫そう。みんな動けそうなら良かった。
「OK♡ じゃあみんなまとめて転移するから、モエの周りに集まってくださ~い」
その指示に従い、全員が若干密集した隊形を取った。
それを確認し、もえきゅん☆が呪文を唱える。
「≪Return to≫ the surface.」
全員を覆うようにして、青い魔法陣が浮かび上がってくる。
ふっ、と視界が暗くなったと思いきや、全員無事、地上に到着していた。
「は~い。お疲れさまでした♡ 念のためそこの仮説の医務室でみんな検査を受けてね♡」
“無事生還”
“お疲れ様”
“おつかれさま”
“おつー”
「もえきゅん☆お疲れ様。これでミッションコンプリートかしら?」
「アクア様~♡ 今日は楽しかったね♡」
もえきゅん☆が弾丸のような速度で体当たりし抱きついてくる。
「見てくれてたみんなも楽しめたかにゃ?」
わたしの首に抱きついて顔を近づけたまま、もえきゅん☆が視聴者に問いかける。複数のドローンに向かってカメラ目線を送って、ピースマークなどのポーズを取っている。
ああ、スクショチャンス的なあれね?
わたしもカメラのほうを向き、うまくツーショットになるように位置を調整する。
“救出おつでした”
“2人の強さがよくわかった”
“次回も絶対見る”
“ビッグスター現る”
“最高でした!”
「みんな楽しんでくれたみたいでよかった~♡ アクア様も何か言って♡」
「はじめましての方はじめまして! いつも配信見てくれている≪ドル箱ちゃん≫たち、応援ありがとう! これからももえきゅん☆とペアでがんばっていくので、応援よろしく!」
“応援するするー”
“Vのほうの配信もお願いします!”
“リアルのほうの配信も楽しい”
“14階の謎の検証もできたらお願いします”
「14階ね。それは協会にも情報提供しておくので、何かわかったら発表されるかも? じゃあ、これで今日の配信はおしまい♡ みんなまたね~! スパチャもしないでアクアに話かけるなんて、子分のオークに襲わせるわよ♡」
「あ、それアクアの決めゼリフ!」
「バイバイ♡」
もえきゅん☆が最後に手を振って、配信を終了させた。
「お疲れさま♡ 初配信どうだった~?」
首に絡みついたままのもえきゅん☆が、さらに強く抱きついてくる。
「緊張した……」
たくさんの人に見られるって大変なことなのね……。
「最終的には3万人も見てくれたみたい♡ チャンネル登録も増えてるし、初配信大成功にゃ♡」
「3万人……全然ピンと来ないですけど」
「Vのほうのアクアの生配信だと、ゲームの時がいつもそれくらいかな? カラオケだともっと増えたりするし、アーカイブでもっと伸びるかな」
「ああ、たしかに! ということはアクア様のファンが全員見てくれていたってことなんですね!」
「Vのほうでは宣伝してなかったから、今日の配信で宣伝したらまだ増えそうね♡」
そっか、今日もこの後アクア様の生配信見られるんだ! 楽しみー!
「かわいいかわいい≪ドル箱ちゃん≫は、今日も配信見てくれるかにゃ?」
「もももももちろんでございまするるるるるる!」
「よろしい♡ 今日の配信内容は変えないとね。≪ドル箱ちゃん≫たちも、リアルのアクア様の話を聞きたがるだろうし♡」
それはそれは聞きたいでしょう!
いきなりアクア様が現実に登場するなんて夢のような出来事……ってわたしか。
「ううー、みんなをだましているようで罪悪感が急に……」
いいのかなこれ。ホントに大丈夫なのかな?
「Vのアクアはモエが中の人。Rのアクアは麻衣華が中の人。何もだましていないわ♡」
「そういうものですかね……」
「ダブルキャストよ♡ 普通普通♡」
うーん。そうなのかなあ。まあ、もえきゅん☆がそう言うならそういうものなのかなあ。
「さ、モエたちも撤収しましょ♡ 今日は近くに宿を手配したから、明日東京に帰るってことで♡」
「え、泊まりですか? 両親に連絡……急に言って怒られないかなあ」
「ご両親にはモエがちゃんとご挨拶するから安心して♡」
今日一番の笑顔……大丈夫かなあ。
「さ、早く通話つないで♡」
「……わかりました」
母に通話してみる。2コールで出た。
「もしもし、お母さん? ちょっと、えっと、今新潟にいて――」
どう切り出そうか言いよどんでいると、もえきゅん☆が画面に割り込んできて端末を奪われてしまった。
「お母さま! はじめまして。私、もえきゅん☆という名前で冒険者をやっている者です。今日はですね、麻衣華さんにご協力いただいて冒険者協会からの救出要請を……ええ、ええ、麻衣華さんのお力がすばらしくて、はい、はい、ぜひにと無理やりスカウトさせていただんですよ」
うわー、もえきゅん☆って、めっちゃ普通にしゃべれるんだ。
ちゃんと大人……って何歳なんだろ? 同い年くらいに思ってたけど……。
「はい、申し遅れました。私は≪エンタープライズ≫というギルドに所属しているSランク冒険者で、あ、ご存じでしたか! いつも応援ありがとうございます。はい、麻衣華さんの将来性を見込んでこれからも活動をご一緒に、はい、はい、もちろん学業に支障が出ないように最大限の、はい、麻衣華さんなら将来的にプロの冒険者としてどこのギルドでも活躍できる逸材だと思っています」
プロって……話が大きくなってる。ペア配信の話では……。
「はい、はい、ありがとうございます。活動内容は機密に触れない限り逐一ご報告させていただきますのでご安心ください。後ほど麻衣華さんを通じて私の連絡先をお伝えします。はい、今後ともよろしくお願いいたします」
もえきゅん☆が深々と頭を下げた後、わたしに端末を返してきた。
「えっと、お母さん? そういうわけで、うん、今日はちょっともえきゅん☆と新潟に来ていてね、このまま泊まりになるみたいなんだけど――」
あっさりとOKが出た。
それどころか、お母さんはえらくもえきゅん☆のことが気に入ったみたい。以前からもえきゅん☆のことを配信で知っていたみたいだし、何度も何度も「粗相がないようにちゃんとするのよ」と念押しされた……。
「じゃあそういうことだから! 明日早めに帰ります!」
通話を切る。
うーん。疲れた。
「大丈夫だったね♡ 麻衣華をプロにするって約束しちゃった♡」
「勝手にそういうのやめてよー。話が大きすぎる……」
「あら、モエは適当に言ったわけじゃないよ♡ ちゃんと腕を磨いて経験を積めば、十分プロとして活躍できると思ってるぞ♡」
はいはい、がんばりますよ。
「あれ~? あんまりピンと来てない感じ? しばらく一緒に活動してたら自分の実力を思い知ることになるかもね♡」
もえきゅん☆は、うんうんと深くうなずきながら歩き出した。
わたしがプロね……全然ピンとこないわ。