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第16話 露天風呂付き温泉旅館


 もえきゅん☆に手を引かれるまま、ダンジョン近くの旅館にやってきた。


 え、ここに泊まるの⁉ 超高そうな旅館なんですけど……。


 築何10年か、もしかしたら100年以上か……無学なわたしでも歴史を感じさせられる。文化財か何かに登録されていそうな由緒ある旅館がそこに在った。


 立派すぎる門から中に入ると、まずは庭園を通ってから受付へと向かうルートになっているようだ。

 この庭は枯山水なのかな? まったく詳しくないので庭の様式はわからないけれど、庭の模様や石の置き方、苔の生え方があまりにも美しすぎて、ただ心を奪われてしまう。わたしのような小娘が気軽に素泊まりするようなランクの旅館ではないのはさすがにわかる……。


「もえきゅん☆……ここって……」


「良いところでしょ♡ モエここ好きなんだ~♡」


 好きになるほど通っているんですか……。もえきゅん☆は普段どんな暮らしをしているのだろう。謎が深まるとともに、もえきゅん☆のことをもっと知りたくなってくる。わたし、もえきゅん☆のこと全然知らないなあ。


 ほとんど顔パスのような扱いで、わたしたちは離れの和室に通された。


「なにここすごい……」


 部屋に入るとまず目につくのは、ど真ん中にある囲炉裏だ。

 わたし、本物の囲炉裏を初めてみたよ。


「外には露天風呂もついてるよ♡」


 部屋に露天風呂! 和の最高峰じゃないの! 

 見渡せば高そうな壺やら掛け軸やら、もうなんていうか贅の限りを尽くしている部屋だ。失礼だけど、ここのお支払いって……わたし、とてもじゃないけど払える自信ないよ。


「温泉入って、今日の疲れを癒すんだぞ♡」


 いつの間にかもえきゅん☆は装備を解除していて、素体のボディスーツのみになっていた。


「えっと、一応聞きますけど、2人で1部屋……ですよね」


「麻衣華とモエはペア♡ いつでもどこでも一緒なんだぞ♡」


「はい……」


「あ、でも、Vの配信の時は静かに見てね♡」


「はい♡」


 待って! 同じ部屋ということは、このあと生でアクア様の生配信が見られるってこと⁉ どんな感じで配信してるんだろう。気になりすぎる! 

 ああ、もう死んでも後悔はないです!


「麻衣華も早くスーツを脱いで、露天風呂に入ろ♡」


 ももももえきゅん☆がいつの間にかフルヌードにぃ!

 今はもう白雪姫のかっこうをしていないのに、白雪のような肌。小柄な体なのにその曲線に女神が宿っているわ。無駄な肉など一切ないのに、女性としての魅力がしっかりと主張をして……ああ、なんでこんなに美しいの……。わたしがミケランジェロなら今すぐ彫刻を掘るのに!


「そんなに熱っぽく見つめられると、モエだってさすがにはずかしいんだぞ♡」


 もえきゅん☆は、いたずらっぽく笑うと、自分の体を手で隠した。


 はい、ヴィーナスの誕生を今超えましたっ!


「もう、麻衣華も早く脱ぎなさい! 脱げないならモエが脱がしてあげようかな♡」


 もえきゅん☆がわたしのボディスーツを撫でまわす。

 やめてやめて! くすぐったい! スーツは他人には脱がせられないのわかっててくすぐらないでください!


「今脱ぎますから!」


 自分が見つめすぎてしまった手前、「見ないでください」とも言えず、もえきゅん☆の見つめる中、わたしはスーツを解除する。

 それはもう堂々と! 隠すと余計に変な雰囲気になるから!


「麻衣華ってば♡」


 もえきゅん☆が一瞬ほほ笑んだ後、わたしの手を取って露天風呂へと誘導する。


 今の笑いはいったい何⁉ わたしって……そんなに貧相ですか⁉

 ううー、まだこれから成長するんだもん! いつかもえきゅん☆みたいになるんだもん!



「絶景かな絶景かな♡」


 部屋の外に出ると、露天風呂! 

 その先は崖になっていて、眼下に広がる景色を一望できた。のどかな田園風景、そして地平線に沈みゆく夕日が目に眩しく、どこか少しもの悲しい。

 もえきゅん☆は露天風呂に入らず、そのまま崖の近くの柵のところまで走っていった。


「あ~黄昏時~。モエはこの時間が一番好き♡」


 夕日に向かって大の字になって立ち、もえきゅん☆は大声で叫んだ。


「なんでですか?」


「モエがモエでいられる時間なのかな~って♡」


「どういう意味です?」


「う~ん、いろんなものが交じり合うから♡」


 もえきゅん☆がこちらを振り返るも、夕日が逆光になっていて、その表情は覗えない。


「モエが一番風呂~♡」


 もえきゅん☆が急に走り出し、そのまま露天風呂に飛び込んだ。

 派手に水しぶきが飛び、わたしは頭からびしょびしょに……。


「ちょっと! めっちゃ頭からかかりましたよ!」


「どうせ入ったら濡れるんだから一緒一緒♡」


 そういう問題じゃ……まあいっか。

 わたしは一応かけ湯をしてからゆっくりと足先から湯舟に入る。


 けっこう熱い。

 もえきゅん☆よくこの熱さの温泉に勢いよく入ったなあ。


 もえきゅん☆を見ると、肌がほんのりどころかすでに真っ赤だった。


「もえきゅん☆お湯熱くないの?」


「あつ~い♡ でもこれが温泉って感じで好き~♡」


 お湯をバシャバシャかき混ぜている。

 そういうものなんだ。温泉とは奥が深いものなり……。


「麻衣華も足だけじゃなくて全身入りなよ~。痛気持ちいいよ♡」


「う、うん……。わたし熱いのは苦手なんだけど……」


 やっぱり足だけでも熱い。この熱さ、全身入るのはどうしても躊躇してしまう。


「もう! いくじなし~えいっ♡」


「あっ」


 もえきゅん☆がふいに腕を引っ張ってくる。わたしはバランスを崩して温泉に頭から突っ込んでしまった。


「熱い! 熱い! 溺れる! 助けて!」


「あはははは♡ 麻衣華何やってるの♡」


 慌てふためくわたしを見て、もえきゅん☆がお腹を抱えて大笑いしている。


「急にひっぱるなんてひどいっ!」


「麻衣華がいくじなしだからだよ~♡」


「わたしは熱いのが苦手なのー!」


「フェニックスのアクア様が熱いの苦手って♡」


 よほど、もえきゅん☆のツボに入ったのか、お湯をバシバシ叩きながら笑い転げている。

 ちょっと、お湯を揺らさないで! 熱くなるから!


「アバター着てない時のわたしはアクア様じゃないからいいのー! もう体洗って出るー」


 そう宣言して、わたしは急いでお湯から上がった。

 肌が焼けるように熱い……。


「あ~早風呂なんだ~♡ じゃあモエが体を洗ってあげよう♡」


 いやらしい手つきでもえきゅん☆が迫ってくる。


「え、遠慮します……」


 もえきゅん☆のことは洗ってみたいけど、洗われるのはちょっと……。


「え~、モエの持ってきた特別製のボディーソープで体を洗ったら、トゥルントゥルンのお肌になれるのにな~♡」


「トゥルントゥルン……」


 ごくり。

 もえきゅん☆のお肌はトゥルントゥルン……。それを使えば、もえきゅん☆みたいなお肌になれる……。


「さ、洗ってあげるからこっちにいらっしゃい♡」


 慈愛に満ちた目でもえきゅん☆が手招きしてくる。


 ……悔しいけど応じちゃう! あのお肌は欲しいの!


「はい良い子ね~♡ スポンジにたっぷりつけてきれいに磨きましょうね~♡」


 きめ細かい泡が全身を包み込む。

 もえきゅん☆がやさーしく、やさーしくスポンジで洗ってくれる。気持ちよくて寝ちゃいそう……。


 このボディーソープは何の香りだろう。嗅いだことのない匂い。でも落ち着く。好きだなあ……。



「はい、終わり~♡」


「あ、もう? ありがとうございました」


 至福の時間は一瞬で終わってしまった。なんて気持ちの良い泡なんだろう。


「もっとやってほしかった? そんなお客様におすすめなのがこちら! 特製オイルを使ったマッサージでございます♡」


「オイルマッサージ?」


「この特製アロマとセットで使えば効果抜群。たちまちエッチな気分になって~胸が大きくなる効果も期待できますよん♡」


「胸が大きく……」


 もえきゅん☆みたいに……。


「麻衣華ー? 麻衣華、聞いてるー? もう、麻衣華みたいな子は1人で絶対エステやマッサージ屋さんにいかないでよね! あっという間にだまされそう……」


「え、わたしだまされてたの?」


「モエのはホント~♡ でも、だまされそうなのもホント~」


「わたしだまされやすいのかなあ。しっかりしているつもりだったのに……」


 もえきゅん☆がふいに背後から抱きしめてくる。


「モエがついててあげるから大丈夫よ。ゆっくり大人になりなさいね♡」


 もえきゅん☆やさしい……。そして背中から感じるのはやっぱり大人の色気……。


「さ、そろそろ夕食の時間だから出ましょ♡ そのあとはお楽しみのお時間なんだぞ♡」


 お楽しみの時間! アクア様の生配信の時間だあああああああああー!


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