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と、ここまで言えばもうお分かりだろうか。
拙者、じぶんでいうのもなんだが、この日の本での知名度は、
だから自己紹介なんてしなくてもみんな知っているだろうが、一応自己紹介するとしよう。
拙者はもともと
お供の犬、
自己紹介としては、おおよそこんなかんじだろうか。
そんな拙者は今、
どうやら、令和で流行りの
拙者が転生したのは、ごくごくふつうの小学校に通う、十歳の男の子だった。
名前は、
さて、ひょんなことから現代の小学生に転生した拙者だが、もちろんこの令和でもあらゆる鬼を退治している。
たとえば、自動販売機とやらのコイン投入口に葉っぱを詰めて遊んでいるクソガキとか、電車の優先席とやらに座って大声で話している迷惑極まりないキチク男子高校生とか。
まったく、令和は室町時代以上にくだらない鬼が多くて困ったものだ。
それから、風邪やウイルスのことも退治しているのだが、
現代ではコロナだとかインフルエンザだとかいう名前らしいが、とにかくしぶとい。室町時代の
不満はさておき、この時代には、もうひとつの鬼がいる。それは、〝
この時代には、とにかく人を堕落させる〝誘惑〟が多い。
たとえばお菓子とか、ゲームとか。
令和の時代は、あの頃にはなかった美味しいものや楽しいものがあり過ぎて困ったものだ。
まぁでも、拙者ほどになればそんな誘惑に負けるなんて有り得ないんだけども。
だって、なんて言ったって、拙者は桃太郎。
この街に潜むあらゆる鬼たちを毎日
もちろん、鬼との戦いの結果は、全勝だ。
拙者はどんな凡人に転生しようと、そんじょそこいらの鬼なんかに負けやしない。
しかし、そんな無敵を誇る拙者の前に、ある日最強の敵が立ちはだかったのである。
それは、
「こら、ケンタ! あんたちゃんと宿題はやってるんだろうね!?」
「お、お母さん……!?」
泣く子も黙る最強の敵――〝お母さん〟である。
拙者はそもそも桃から生まれているため、〝お母さん〟というものを知らない。
そんな拙者にとって、〝お母さん〟はなかなか手強い。
拙者が転生した桃太郎であると言っても『なにバカなこと言ってんの』と余計怒られるだけだし、だからと言ってその小言を無視すると、鬼のゲンコツが飛んでくる。
正直に言ってしまえば、室町時代に倒した鬼ヶ島の鬼なんかより、ぜんぜん手強い。
「――そのため拙者、夏休みのあいだはしばらく室町時代に帰っていたんだ」
拙者――僕は、そう目の前のひとに向かって神妙な面持ちで告げた。
すると、それまで黙って話を聞いていた男性――担任の先生が、淡々とした口調で言った。
「……なるほど。で、ケンタに転生した桃太郎は、夏休みのあいだ室町時代に帰っていたから宿題ができなかったと? ……というか、転生したらふつう、そうやすやすと前の時代には戻れないんじゃないか」
と、先生が呆れた顔を向けてくるが、僕はそれを無視した。
「違うよ、先生」
僕はやれやれと肩をすくめる。
「まったく、あんまり僕のことをみくびらないでほしいね」
「なに? じゃあなんだ、宿題はやってきたのか?」
やってきたのなら見せてみろ、とでも言うように、先生が不機嫌そうに僕を見た。けれど僕は怯まない。
「宿題はちゃんとやったんだ。だけど、気付いたら夏休み最終日になっていて、慌てて室町時代から戻ってきたら、終わってたはずの宿題をぜんぶ室町時代に置いてきちゃったんだよ」
僕は言い切った。我ながら、完璧に言えたと思う。
僕、物語を作る天才かも。
ドヤ顔を抑えつつ、僕は先生を見る。
「…………ちなみに、その言いわけはどれくらい考えたんだ?」
「うーんと、夏休みいっぱい考えた」
「その時間があったら宿題も終わっただろうに」
はぁ〜、と先生は、魂まで出切ってしまいそうな深いふかいため息をついた。
「……よし、分かった。とりあえずおまえは放課後、ちょっと職員室に来なさい」
当たり前のように言われ、驚く。
「なんで!? 宿題忘れた理由はちゃんと言ったじゃん!」
「そういう問題じゃない。宿題をひとつもやってこないなんて、クラスでおまえひとりだけだぞ」
僕は慌てる。
「だからやったんだって! だけど室町時代に……」
「はいはい。言いわけはもういいから、放課後職員室な」
「くっ……まさか、ここにも鬼がいたなんて……なんてことだ。拙者としたことが」
「だれが鬼だ! このクソガキめ!」
クソ〝
あぁ、なるほど。鬼と僕をかけてるのか。
「先生さすが、上手い!」
素直に褒めると、先生が『
「俺はお前のために心を鬼にしてるんだ! 人聞きの悪いことを言うんじゃない! ……とにかく、おまえは居残り確定だからな! 放課後は残って夏休みにやるはずだった宿題をやること! それから、罰として反省文も追加するからな」
「え!? 宿題が増えた!?」
「転生アニメはたいていチート設定がお決まりだからな。鬼退治もお手のものな桃太郎なら、反省文くらい楽勝だろう?」
先生がにやりと笑いながら僕を見る。こんなときだけ僕の物語に乗ってきやがった。
「ぐぬぬ……この鬼め!」
悔しくなって叫ぶと、先生が振り向いて、にやりと笑った。
「反省文頑張れよ〜、桃太郎」
先生は僕の肩をぽんぽんと軽く叩いてから、作文用紙を差し出してきた。
「渡る世間には鬼はないなんてぜったいうそだ……」
「おっ、難しいことわざ知ってるじゃないか。えらいぞ」
「ふんだっ!」
どうやら、先生の正体は悪鬼だったらしい。
令和という時代は、なんて鬼の多いことか。
拙者は、転生する時代を間違えてしまったようだ。次の転生に期待しよう。
《転生桃太郎の末路•完》