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出社 2

 まるで抜け殻の様な毎日だった。コロナ禍ということもあり、出社の日とリモートワークの日があった。

 当然、リモートで仕事する時は家にいるわけだが、仕事よりも康子がいない現実が実感され、予定の作業ができない。会社に行けば同僚と話したり、気を紛らわせることもできるが、自宅に籠るような状態ではそれもできない。

 時々トイレに行くふりをしてパソコンの前を離れるが、仕事の連絡も入る。そのタイミングにいないことも続き、仕事に支障も出るようになった。

 最初の頃は私の事情を鑑み、取り立てて叱責されることもよほどのことでない限りはなかったが、問題になるようなことが続けば、さすがに見過ごすわけにはいかないような状況になっていった。会社もコロナの影響が出ており、業績が悪化している。それが続けば最悪のことを意識しなければならないかもしれない。幸い、今の時点ではそこまではないようだが、だからと言って戦力にならない社員を雇っておく余裕はない。

 私の勤務実態から考えるとそう考えられても仕方ないし、これまでの仕事ぶりから考え、違う立場であれば自分でも考えることだ。

 だが、私のこれまでの貢献度も考慮され、事情もあることだからという温情もあったかもしれない。

 そういうことを思いながら出社したある日、人事部長から呼び出しがあった。

「いよいよ退職の話になるのかな」

 私の心の中に湧いてきた考えだ。

「覚悟していたことなので、もしそういう話が出たらそのまま受けよう」

 そう思いながら部屋のドアをノックした。

「雨宮です」

「どうぞ」

 一礼して入室した。私の表情には強張りがある。そのことで部長は私の心を察知してまずは当たり障りのない話から始まった。

「最近はなかなか飲みにも行けないね。店自体がやっていないから・・・」

「そうですね」

 何の話かと思えば、という感じでいるので生返事だった。それからしばらく同じような話が続き、私のほうから切り出した。

「それで私をお呼びになったのは、何かお話があったのではと思いますが・・・」

 そう言われて一瞬部長の顔が曇ったが、一呼吸おいて本題へと進んだ。

「実は君も理解していると思うが、コロナのおかげでわが社も厳しい状態になっている。君はこれまでよくやってくれた。奥様のこともお気の毒に思う・・・」

 そこまで言うと、部長はまた黙り込んだ。

「つまり、私に退職して欲しい、ということですか。確かに私は妻を亡くした後、ミスが多くなっていますし、仕事に対して以前の様な情熱も失っています。このままでは皆さんにさらにご迷惑をかけると思っていました。部長には公私に渡ってお世話になっていますし、私にこういうお話をされることも辛かったと思います。実は私、しばらく仕事をせずに、妻のことを考えながらの生活を考えていました。亡くなった時、死に目にも会えなかったことがショックで、なかなか立ち直れない自分がいるんです。引きこもりの様な生活になるかもしれませんが、一旦、生活や気持ちをリセットし、吹っ切ることができたら仕事を探そうと思っていました。この会社で磨いたスキルを活かすこともあるでしょうし、全く違う仕事をするかもしれません。私の両親も生活のほうは補助すると言ってくれています。今は中途半端なことではなく、しっかり妻のこと思い出してやれる時間を作ってやりたいと思っています」

「・・・そうか。私としても君を手放すことは惜しいと思っているが、今の会社の現状では経費を削減することが必要になってるので、君以外にも退職の話をする予定だ。決して君だけではない。退職にあたってはできる限りのことはさせてもらう。何か私に相談したいことがあれば、退職後でも連絡してくれ。大した力にはなれないかもしれないが、愚痴ぐらいは聞けるから」

 今の私にとってはこのような言葉はあまり意味がなかった。会社にしがみついているわけではなく、康子との思い出を大切にしたいという心のほうが強いので、会社のほうから退社を促されたのであれば、ちょうど良かった、くらいの気持ちだった。結果的に、今月一杯ということになったが、私物の片付けや必要な引継ぎ事項を伝えるなどの去る準備、という日が数日続いた。その間、仲の良かった同僚と飲みに行ったりもしたが、どこか心が空虚だった。


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