救急車が到着した。隊員の人たちが室内に入った。症状を私に確認し、康子の体温や血中酸素の濃度などを確認していた。
その上で康子をストレッチャーに乗せ、建物の外に待機させてある救急車に搬送した。
「僕も同乗できますか?」
「ご主人でもご遠慮願っています」
「でも、今まで一緒にいたんですよ」」
「規則ですから。・・・病院に搬送後、ご連絡します」
車に乗り込むまで隊員と交渉したが、結果は変わらなかった。
近所の人は慌ただしい救急車の様子を見守っている。ただ、時期が時期だけに人は少ない。もしものことを考え、警戒しているのだろう。
その中に顔見知りの人がいた。
「奥さん、コロナ?」
ストレートに聞いてきた。だが、まだ検査もしていないし大変な思いをしている時にぶしつけな質問には答えたくない、という気持ちが正直なところだ。軽く会釈を返し、私は部屋に引き返した。
一人部屋に取り残された感じで、連絡を待つことになった。誰もいない部屋で、しかも心配しながら時を過ごすのは辛い。一分一秒がとても長い時間に感じる。頻繁に時計を確認するが、ほとんど進んでいない。
気を紛らわせるためにテレビをつけた。何か番組を見たいわけではない。耳から音を聞いていなければ落ち着かないのだ。いつもの光景が無くなることがこんなに辛いとは思わなかった。もし、康子が感染していたらという心配が頭の中を支配していた。
私の周りに感染した話は聞いていないし、テレビで言うのは重症なケースばかりだ。もちろん軽症のケースもあるのだろうが、話題になるのは亡くなった人の話や重篤な症状、慌ただしい医者の動きなど不安を煽るような話や映像ばかりで、これまではどこか他人事だったことが自分の家族の身に降りかかり、言いようのない気持ちに苛まれていた。
スマホが鳴った。電話番号を見ると知らない数字だった。病院からではと思い、すぐに出た。
「雨宮さんですか。新宿総合病院です。奥様は検査のためと容態があまり良くないので入院していただきます。すぐにコロナの検査をしますが、結果によってこのまま治療を始めます」
「見舞いに行けますか?」
「申し訳ありません。ご家族の方であっても今は感染拡大を防ぐため、できないことになっています」
「そんな・・・。僕の妻ですよ。さっきまで一緒にいたのに・・・。感染するんだったらもうしていますよ。僕のことは構わないので面会させてください」
「すみません。規則なので・・・」
「また規則ですか。救急車の方からも言われましたが、家族の心配が分からないんですか」
私が気が立って強い言葉になってしまった。気持ちの中ではみんなが言っていることも分かるつもりだし、テレビでコロナの話を耳にする時には納得していた。
でも、それが自分の身に降りかかった時はそれまでと異なった言動になる。感情が出てしまうからだろうが、思ったことを言ったら少しは気持ちが落ち着いたので、検査結果が出たらすぐに連絡をもらえるようお願いした。その上で会社に電話し、結果の連絡がある明日まで休みをもらうことにした。