お参りの後、本堂の右に植えてあるナンジャモンジャの木のほうに行った。私と康子が初めて出会ったところだ。
「何も変わっていないな。変わったのは俺だけか・・・」
6年前、私がその木の前に立ち、説明が記された文章を読んでいる時、思わずつぶやいた言葉がある。
「ナンジャモンジャってなんじゃ?」
私にはダジャレなんか言うつもりはなかった。だが、その名前が面白くして、つい呟いた言葉だったのだ。
その時、大きな声ではなかったが、後ろから笑い声が聞こえた。振り向くと康子が口を押えて笑っていた。
私は恥ずかしくなり、顔が真っ赤になったことを覚えている。
「ごめんなさい。馬鹿にしたわけじゃないの。おやじギャグのような感じだったけど、まじめに言うあなたの様子がおかしくて・・・。本当にごめんなさい」
そういう康子に私は何も言えず、そのまま黙ってしまった。康子も一礼してその場を後にした。
私はしばらくその場に立っていたが、時間にしてはわずかだ。不思議と私の心の中では爽やかな風が吹いていた。康子の白いワンピースのイメージが余計にそのように感じさせていたのかもしれない。私はそのわずかな時間に先ほどのシーンを何度も反芻していた。
同じ場所に立ち、その頃のことを思い出していたが、すぐに現実に引き戻された。どこを見ても康子はいなかったのだ。
ふと腕時計を見た。時計の針は昼時を指していた。昼食をと思い、2度目に康子と出会った蕎麦屋に行こうと思った。もしかすると、また康子との思い出と会えるかもしれない、という気持ちからだ。
山門を降りてすぐ右にある蕎麦屋があるが、私は久しぶりにその店に入った。
店の窓からは池が見える。その様子から水面に立っているのではと錯覚するくらいだ。店内にも小さな池があり、鯉が泳いでいる。この様子も昔と変わらない光景だ。
この店には1階と2階があるが、迷わず1階のほうに行った。そして、窓際のテーブルに座った。そこが思い出の席だったからだ。
4人席だが、私1人で座った。でも、頭の中には目の前に座っている康子がいだ。2人で食事した時を思い出した。