名刺にはウエディングプランナーと記述してある。気になったのは、その下に書いてある文字だ。
「大丈夫ですかね。女優って書いてあるけど。さっきのは演技だったのかも……」
咲良も名刺に目を通した。
「歌手とも書いてありますね」
由香里は『妹の絵蓮に気を付けて欲しい』それだけを伝えに来た。由香里が話した内容は、僕らが知っている情報と照らし合わせても辻褄が合うものだった。本当に絵蓮の暴走を止めようとしているだけなのかもしれない。
「咲良さん、場所を移しませんか」
由香里がこの場所で僕を探していたということは、僕が桟橋で絵を描いていることを信者たちにも知られているということだ。僕を背後から見ていた中年の女性の件もある。ここは場所を変えた方が賢明だ。
歩いている途中、咲良が携帯を確認した。
「母からメールが届いています。ですが、真田さんの連絡先は知らないようです。友達に聞いてみるそうですが」
卒業して二十年は経っている。幾ら友人とは言え、連絡先が分からなくなってもおかしくはない。
「あと絵のことも書いてあります。母は『絵には大きな岩と鷹が描かれていた』と誰かに聞いたことがあるそうです」
大きな岩と鷹か……。探す手掛かりになりそうだ。
「僕も祖母に連絡してみます」
年賀状や手紙の内容から、祖母が元気に暮らしていることは知っている。だけど年齢が年齢だ。突然、体調を崩すことだって考えられる。今も元気に過ごしていたら良いが。
耳元でコール音が鳴り響く。外出中なのか、祖母は中々電話に出てこない。
小さな公園を見つけて咲良と中へ入った。木陰にあるベンチに腰掛けた時、ようやく祖母が電話に出た。
「婆ちゃん。楓月です」
直接話をするのは何年振りだろうか。どのような反応が返ってくるのか、不安な気持ちが込み上げてくる。
「カヅくんか?」
久しぶりに聞く祖母の声だ。声を聞く限り元気そうだ。
「うん。婆ちゃん、元気?」
「久しぶりだねぇ。身体はあちこち痛いけど、まだ歩けるよ。カヅくんは元気か?」
「こっちはまあまあかな。あのさ、今日、聞きたいことがあって電話を掛けたんだけど」
咲良が立ち上がって離れて行った。会話を聞いてはいけないと思ったのだろう。
「お父さんの絵のことなんだけど、お父さんって絵を描いてたの?」
「どうした? 急に」
「お父さんのことが知りたくなってさ。お母さん、何にも教えてくれなくて。お父さんがどこかの景色を見た後、絵を描いたらしいんだけど、その絵のことも知りたいんだ」
「景色も絵も知らんよ。だけど、よくどこかの島には行っちょった。遠くには行っとらんのやないかね。近場やと思うよ。まだ子どもが小さいのに、そんな遠くには行かんやろ」
「近場って?」
「大分方面にはあまり出掛けてはおらんかったから、福岡やと思うよ。どうね。一度、家にこんね。慎一郎のことが知りたいんやったら、家に来たらええ」
行けば色んなことが分かるはずだ。良い機会だ。行ってみよう。真田の連絡先が分かるまで待っていられない。
「うん、そうする。近々、婆ちゃんち、行くね」
「来てくれるんか。ありがとう」
祖母は嬉しそうに応えた。このようなことなら、今までも祖母に会いに行っておけば良かったと後悔する。母と祖母の関係を考えると、とても会いに行く気にはなれなかった。僕のことを疎ましく思っているのではないかと、つい余計なことを考えてしまったからだ。
電話を切って、咲良を見た。少し離れたところで咲良が木陰で涼んでいる。僕の視線に気づいた咲良がこちらにやってきた。
「婆ちゃんは景色のことも絵のことも知らないそうです。だけど一歩、前進したかもしれません。咲良さん、この後、予定ありますか」
咲良は「ううん」と首を小さく横に振った。
「じゃあ、今から図書館に行きませんか。婆ちゃんが『よくどこかの島に行っていた』『近場じゃないか』と言っていたので、どこの島なのか調べたくなって。他にも調べたいことがあるし」
図書館は歩いて行ける距離にある。僕らは樹々が青々と覆い茂る中を歩いて行った。