「二人とも、お疲れ様」
手際よくコップを洗いながら美由紀さんが言った。
「あんなところに教会があったなんてね。何ていう教会だったの?」
「グリーンスピリチュアル教会と看板に書いてありました」
「聞いたことないわね。自然崇拝でもしているのかしら」
「話そうかどうか迷ってたけど……」
僕らの話を遮るように市香が口を開いた。
「あの日、公園で目撃した人たちは、白ふくろうのチャームをバッグや携帯電話に付けていたのですけど、気になるのは咲良さんなんです」
どうして、ここで咲良の名前が出て来るのか。香流甘の失踪と咲良には何の関係もないはずだ。
「咲良さんも同じものを身に付けていたってことね」
「はい、そうなんです」
「えっ、どういうことですか。咲良さん、そんなの身に付けていましたっけ」
「バッグに付けてたよ」
咲良が初めて、カフェ『ひとしずく』を訪れた時、美由紀さんに手渡されたタオルで、雨に濡れたバッグを拭いた。その時に振動で揺れた小物のことだろうか。
「そうだとしたら、咲良さんも、あの教会に出入りしてるってことになりますよね。あの教会に何しに行っているんだろ」
素朴な疑問を口にした。
「私、その教会の噂を聞いたことがあるけど、『願いは叶う』系のスピリチュアル団体だったと思う」
「みんなで瞑想したり、踊ったりとかしてるのかしら」
サークル活動みたいなものか。もっと不気味なものかと思っていた。
「んー、こうやって目を閉じて、『願いは叶うー』と思いながら瞑想しているみたいです」
「市香さんも行ったことがあるのですか?」
「ううん、ないない」
首を横に振った。
「私は、そのような場所には行かないようにしてるの。その前におかしな団体の思想なんて信じない。だって誰でも簡単にお金持ちになれますよ。有名になれますよ。幸せになれますよ。とか言ってるんだもん。ちょっと付いていけない」
教会に入って行く人たちを見て、胸に引っ掛かるものがあったのは確かだ。だけど、どこにでもいるような人たちだった。
「瞑想や自己啓発って、それ自体は悪いものじゃないのよ。それを悪用する人たちがいるから困るってだけで」
「グッズを買ってどうするのですかね」
僕には理解できない感覚だ。
「同じ物を所有することで仲間意識を高めているのではないかしら。あのような人たちって購入したくなるように仕向けるのが上手いからね。巧みな話術や仕掛けを施しては、人の欲望や弱みにつけ込んでくる。ところで香流甘ちゃんの様子はどうだったの?」
「僕は至って普通に見えましたけど……。どうだろ」
そう言って、市香を見た。
「色々、苦労していると思うけど、私もあまり追い詰められているようには見えなかったかな。取り敢えず親元を離れるために家を出たって感じだと思う」
香流甘も他の人たちも、これから楽しいことが起きることを期待しているかのような笑みを浮かべていた。悩み事なんて、ひと欠片も無さそうだった。
「自己啓発系に嵌る人たちって、みんな一様に明るいのよ。心の奥底に潜むものに蓋をして、無理に笑って見せてる」
無理矢理にポジティブに振る舞えとか勘弁してほしい。
「今後どうするのですか。ただの趣味のような気はしますけど」
やはり放っておくべきではないか。
美由紀さんは窓の外に広がる海に目を遣った。左手を頬に触れて思いに耽っている。
「しばらく香流甘ちゃんの母親には、教会のことを黙っておいた方が良さそうね」
美由紀さんは無理強いするのを好まない。あくまでも本人に気づいてもらって、主体的に行動を取ってもらうことを意識している。それは分かるが、どこにいるかくらいは伝えても良さそうだが。
「だって、あの人に教えたら、教会に乗り込むに決まっているからね」
香流甘の母のことを、どことなく僕の母と似ていると思っていた。だけど、この点は異なる。母は僕には無関心だ。助けに来ることはない。
「香流甘ちゃんを支配下に置いて、意のままにコントロールしようとしているのは確かね。本人には自覚も悪気もないみたいだけど。人間ってコントロール不能状態にさせられることが一番ストレスに感じるのよ。離れて暮らすのは正解だと思うわ。だけど逃げた先がね。本当にそこで良いのかという疑問がある」
支配的な母というのは共通している。香流甘のことは他人事だとは思えない。