姿が見えなくなるまで眺めた後、咲良は座席深く腰掛けた。公園のベンチで寄り添っている人たちが見える。ここは恋人たちの憩いの場だ。
公園の中央で何やら熱心に練習に励んでいる人たちがいる。スケートボードの練習でもしているのだろうか。ぼんやりと練習風景を眺めていると、突然、鉄扉が閉まるような甲高い音が聞こえた。
楓月さんが戻ってくるのかもしれない。そう思って咲良は待ち続けたが、一向に姿を現わさなかった。丘の上からの距離を考えると、もう辿り着いてもおかしくはないのに……。楓月さんの身に何か起きたのかもしれない。
確認しに行くかどうか迷っていると、誰かが駆け寄って来るのが見えた。あれは香流甘ではないか。深刻そうな顔をしている。
「どうかしたのですか」
窓を開けて香流甘に尋ねた。
「大変です。楓月さんが倒れました」
倒れた? どうして……
「とにかく早く来てください」
やはり楓月さんの身に何か起きたのだ。急いで香流甘の後を追った。
「楓月さんなら、奥の部屋で寝てもらっています」
玄関口の前に立って、香流甘が中へ入るように促している。入っても良いのだろうかと一瞬、躊躇したが、今はそのようなことを考えている場合ではない。そう自分に言い聞かせて建物の中に足を踏み入れた。
廊下の角を曲がろうとした時、鉄扉のところで何やら言い争う声が聞こえた。私を呼ぶ女性の声が聞こえたような気がしたが、このような場所に知り合いがいるはずがない。きっと気のせいだ。
香流甘がドアの前で、しきりに私を誘導している。あの部屋に楓月さんがいるようだ。香流甘の元に駆け寄って中へ入った。しかし、そこには女性が一人、背中を向けて座っているだけで他には誰の姿もなかった。
「楓月さんは、どこにいるのですか」
香流甘に尋ねるが、香流甘は首を横に振って応えた。
「私は言われた通りにここに連れて来ただけなので知りません」
悪びれずに言い放つ香流甘を信じられないといった気持ちで茫然と見つめた。『言われた通りにしただけ』それを言われたら、何も言い返せなくなる。何て無責任な言葉なのか。
去って行く香流甘を見続けていると、背を向けてソファに座っていた女性が振り向いた。この人は……。
「由香里さん。どうしてここに」
「咲良さんこそ……」
お互いに状況が掴めず、驚いた顔で見つめ合った。ソファに座って、お互いにここに来るまでの経緯を話した。
「そんな子、ほっといたら良いのに。と言っても、私も妹の絵蓮を説得しに来たのだけど」
「楓月さん、酷い目に遭ってなければ良いのですが……」
「大丈夫だと思うよ。咲良さんが来るまで信者たちを観察してたけど、昔のカルト団体のように暴力的な感じはしなかったから」
「ここって教会の本部ですか」
「うん、そうだけど、知らずに来たの?」
今の状況を美由紀さんに伝えなければ……。そう思って携帯に触れようとした時、誰かがドアをノックした。見知らぬ人たちが入ってくる。
「咲良さま。ここは携帯電話の使用は禁止となっています。携帯電話は本部では不要ですので、使わないようにお願い致します。ルールを破った者に対しては、例えお客様と言えど、厳重に対処しますので、ご注意ください」
顔立ちが似ている二人の信者のうち、赤い髪をした女性が言った。もう一人は黄色の髪をしている。
「咲良さん、初めまして。絵蓮です」
二人の背後にいた女性が名乗った。この人は他の信者たちと違って目に意思が宿っている。
「お姉ちゃん、ちょっといい?」
絵蓮と名乗る人が手招きをして、由香里さんを部屋の外へ連れ出した。この人が由香里さんの姉か。
「申し訳ありませんが、咲良さんは、この部屋で待っていて下さい」
今度は黄色の髪をした女性が言って、ドアを閉めた。静まり返った部屋でただ一人、不安な気持ちが増していく。
携帯に触れることもできないなんて……。信者たちがどこかで監視している。