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第27話

「そんなSF映画じゃあるまいし、あなたがオリビアだという確証を提示してちょうだい」

 件の説明をしたところローレンスから返って来たのが呆れたような声だった。

 連れ立ってやってきた紅茶が楽しめる店内には音楽が流れ沈黙を埋めていく。

「おぼえてるかしら。朝方やってきたあなたは酔っ払って彼ものが短くて満足できないって泣いてたじゃない」

「あ、あれは彼のものがあんなに小さいなんて思わなかったんだものっ」

「だからって泣く? あんなの爆笑するしかないわよ」

「だって、君が満たされるまで離さないって言ってくれたから期待してたのよ?本当にそれ以外は完璧な人だったから本当に、本当に本当に楽しみにしてたのに」

 近くの席からは咳払いが聞こえローレンスはバツが悪そうに口を閉じた。

 とてもじゃないけれどこの会話、バッカスには聞かせられないわね。

 今のは聞かなかったことにしておくとして。

「それでローレンス。私がオリビアだってわかってくれたかしら」

「私はあなたの葬儀にも参列したのよ。この目であなたが棺に入った姿を見て埋葬までしたの。どう信じろというの?」

 やっぱり無理な話よね。

 私自身、鏡でこの顔を見るたびにこわいもの。

 まあ、通報されないだけマシかしら。

 自身から諦めを伴った鼻に抜ける笑いが微かにもれた。

「ローレンス」わかったわ、出ていくから。

 続くはずだった言葉はローレンスに抱きしめられたことで掻き消えた。

「な、なに、ローレンス、どうしたの」

 咽び泣く声と瞳いっぱいに涙を浮かべたローレンスに戸惑い。

「あ、なっ、た、オリビアっ、でしょ」

 唐突に反応を変えた彼女が泣いたことで店内の注目を消すように椅子に腰掛けさせ宥めていく。

「あなたまで失ったかと」

 心臓が掴まれ首元に力を入れて込み上がってきたものを抑える。

「泣かなくてもいいでしょう? 私はここにいるわ」






「ねえ、一体どうしてそんな姿に?」

「私にもわからないわ。私だって目が覚めたら知らない人になっていたんだから」

「⋯⋯あなたがオリビアだと仮定して、どうしてここに? まさか、あの年下の捜査官となにかあったの?」

 懐疑的だった瞳が爛々と移り変わり詰め寄ってきたローレンスに諦めたようにため息を吐く。

「どうしてオリビアだって告げないのよ!」

 これまでの経緯を一通り話すとローレンスは机を叩いて詰め寄ってきた。

「私、後悔しているのよ。死に際で彼を縛るような言葉を放ったことを」

「でも」

「それに彼にとっては私の気持ちなんて戸惑うだけよ。だからこのままでいいの」

「じゃああなたどうして彼と寝たの」

「……それは彼が困っていたから」

「あなたあわよくばと思ったんじゃない?」

 図星だった。

「いつものあなただったらつっぱねるでしょう?」

 それは、私に対してじゃない。

 彼は私をミラアナベルだとわかっていた。わかっていた上で探りを入れていたのだから今更正体を明かすことは厳しい。

 第一彼の中で私は死んだのだから今のままがいいはずだ。

「それで? 父さんを頼ったのはどうして」

 口元を緩め似たような意味合いを含んだ質問が投げられる。

「この体になったことで色々と問題が出てくるでしょう? だからバッカスには助けてもらっていただけよ」

「ほんとうにぃ?」

「ええ」

 悟られないように自然に言葉を連ねていく。

「……せっかく面白い話が聞けると思ったのに」

「残念だったわね、あなたが望む答えが聞けることはないわ」

 とは言っても、悪評が立つのは不都合だわ。バッカスの家に出入りするのは極力控えた方が良さそうね。

「……えー、あたしは父さんを任せるのはオリビアしかいないと思うけれど」

「私が?馬鹿ねぇ。バッカスにはジェニファー以外にはいないでしょ」

「もう。いつもそうやって話をかわすんだから」

 バッカスにそういった気持ちはない。

 無いからこそ頼れる。

 私が好きなのは──。

 湖面を映したような深い青色の気怠げな瞳だ。

 少し乾燥した唇は熱く熱を含みアルコールの味がしたおぼえがある。

 あの瞳に見つめられると、体温が上がるのがよくわかる。

 この歳になってそんなことになるとは思わなかった。

 彼にしてみれば酒を飲んで気分が昂った故の過ちでしかない。

 だから距離を置いた。

 第一彼と幾つはなれていると思っているのよ。

「その捜査官、ジルだっけ? 案外あなたに気があったんじゃない? 結果的にはあなただってわかっていたんでしょ?」

「さあ、まあ、良くは思われていなかったんじゃないかしら」

「どうしてよ」

「銃口を向けられたくらいだもの。間違ったら殺されていたわね」

「それはあなたがあのオリビアだと知らなかったからでしょう?」

「はいはい、無責任なことを言わない。それより、あなたこそどうなのよ。素敵な彼とは」

 確かローレンスには、恋人がいたはずだ。

 バーンズが頑なに会いたがらず話が頓挫していると聞く。

 実は。と掲げた左手薬指には指輪が輝いていた。

「……あなた婚約したの?」

「ええ」

「……おめでとう!」

 意味を理解し祝福にワインをあけた。

「まさかあんなに小さかったあなたが結婚するだなんて。バッカスもとうとう許したのね」

 軽快な言葉は止まりその意味を理解した。

「まだなのね」

 バッカスのここ最近の苛立ちの理由はこれだったのかと納得がいく。

 普段は冷静なバッカスも、こと娘に関しては頭に血が上るらしい。

 ジェニファーがいればまたちがったのだろうけれど、彼女はもういない。

「大事なことよ、フローレンス。あなただってわかっているでしょう?」

「わかってはいるのよ。わかってはいるんだけれど……話してはみるつもり」

 バッカスだっておそらく祝福したくないわけではないのだろう。ただ寂しさを口にできないだけで。

「あなたも参列してくれるでしょ」

「え」

「オリビアには絶対に来てほしいのよ」

 思わぬ質問が投げかけられ、曖昧に答えるしかなかった。

 参列はできなくても一目見るくらいなら許されるかしら。






 ほろ酔いで風が気持ちいい。

 とうとうあの子もそんな歳になったのかと感慨深気に浸っていると体が強く引き寄せられ背中に痛みが走る。

「あなた、連絡も寄越さないでいったいどういうつもり?」

 薄暗闇の中で対峙した女の姿は以前見た覚えがあった。

「あなたの役目はあの男を籠絡させることでしょう」

「……だったら、他の女を遠ざけたらどうですか」

「ミス・ラヴィリー。どうやら状況を理解していないようなのでこちらとしても手を打つ他なくなってしまうけれど、それがどういう意味か、あなたはわかっているはずよね?」

 面倒な女に目をつけられたものだとオリビアは内心舌打ちを吐いた。

 これはどういうことだろう。

 ラヴィリーといえば誰だったかと頭をフル回転させる。

 ラヴィリーラヴィリーラヴィリー……そうだ確か。バーンズとの合同捜査で見かけた名前だ。

 レイチェルラヴィリー。

 軍隊上がりで入局を認められたはずだ。

 ミラアナベルとしてジルに近づいたのはどうして?

 今は話を合わせておくのが得策ね。

 彼女は私の状況を理解していないもの。

「あなた、その時々で化けるのが得意なようだけれど深みにはまらないことね」

 キャロラインから香ったウッド系の香料に記憶が脳内に蘇り口を開く。

「あなたの話を引き受けなくてもこちらは困らない。そちらの問題を持ち込まないでくれないか?」

「あなたがあの男に近いのは気づいているわ」

「……忠告をどうも。まさか、そこまで部下思いだとは思わなかった」

「あなたも泥舟に乗ったのよ。そのことを忘れないことね」

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