「君があの男とどうなろうがこの際どうでもいいし君の感情に口を出すつもりはないが、今の君はオリビアではないだろう?」
ジルのことをよく思っていないのか苦々しく顔を顰めたバッカスの瞳が煌めいて見えて目を逸らすと彼が仰々しくため息を吐いた。
「君はこの問題を解決する気があるのか? それともオリビアじゃない人間として生きていくのか?」
目の前にぶら下がった問題から目を逸らして数日。
彼女の家に帰ることも自宅に帰ることもできず、身を寄せたのは昔に相棒を組んでいたバッカスの家だった。
私はこの体のまま生きていくんだろうか。
私の体は地中深く埋まっているわけでそれ以外に選択肢はない。
じゃあ、この体の女の子は?
思考を掻き消すように扉を蹴破るけたたましい音が廊下の突き当たりから聞こえ靴音が近づいてきていた。
腰に伸ばしたところで相棒はあるはずがなく、バッカスが壁に張り付き息を殺す。
腕を掴み、体を壁に拘束したところで「ちょっと、父さんやめて、私よ私」非難の声が上がり後ろ手に銃を隠した。
「ローレンスどうしてここに。仕事はどうした」
「酒屋のおじさんが知らせてくれたのよ」
あいつ余計なことを。ぼそりとバッカスが悪態をついた。
「私は母さんが死んでから父さんが独り身なのは心配していたけれど、だからってあんまりじゃない? 彼女いくつよ」
ジェニファーによく似た顔立ちから嫌悪を含んだ視線を向けられる。
「私はオリビアとの仲を望んでいたのに、父さんこれは一体どういうことなのか説明してくれない?」
「ローレンス、これは」
「ローレンスなんて気安く名前を呼ばないで頂戴。あなたとは知り合いでもなんでもないんだから」
父親譲り灰色の瞳に眼光鋭く睨まれて言葉が引っ込んでいく。
「嫁入り前の娘が同棲するのは許さないくせに父さんは同棲してるってどういうこと? ねえ。納得できる説明をしてくれる?」
じりじりと首元をしめるように詰め寄る姿はジェニファーそのものだった。
「それはだな」
「なに、反論できるだけの言葉を持っているの?」
生憎、彼には娘を打ち負かせられるだけの言葉を持ちはあわせてはいない。
バッカスは助けてくれと言わんばかりに視線を向けてくる始末だ。
「あなた、帰りなさい。ここは母さんと父さんの家よ。あなたが入り込む余地はないわ」
背中を押され行き着く先は建物の外。
「わ、ちょっと、待って、ローレンス、私よ私。私はオリビアよ」
「残念ね、オリビアは死んだの」
外へと押し出され閉まる扉に縋り付く。
「ま、待てローレンスこいつは」
「父さんは黙ってて」
ローレンスの頑固さは父親譲りね、と場違いに感心する。
「あなたが父さんにどうとりいったのかは知らないけれどこれ以上母さんや父さん、オリビアを侮辱するなら」
「三番街のバー。ロースクールのミーシャ。花屋の彼。屋上の花火」
捲し立てていたローレンスの唇がきゅっと結ばれて眉間に皺が寄り瞳は不振げに細められる。
「少し、話をしましょう。ローレンス」