「彼女は裏切り者だった」
それが俺自身の今後を救う言葉であるように彼女が早々に口にしていたことなのだと気づいたのは聴聞会に収集された時だった。
「彼女は裏切り者だ。君は正しいことをしたのだからなにも思い悩む必要はない」
上官の言葉がいやに嘘くさく見えた。
昇進したはずなのにこれは喜ばしいことのはずでそれなのにそれを一番に伝えたい相手はもういない。
すべてがどうでもよく思えたような気がした。
だから仕事を辞めた。
意味なんてないような気がした。
意味なんて探してどうするの。意味なんてないでしょ。と彼女が瞼の奥で笑ったような気がした。
眠れなくなったと気づいたのはいつ頃だっただろう。
欲を吐き出してその日限りの関係を繰り返したがそれでも眠れない。
人間寝れなくなったらどうなるんだろうとふと思った。死ぬのだろうか。まあそれはそれでいいか。特段未練もないし。
ベットサイドの引き出しから煙草とライターを取り出して寝室から吸わなかった煙草を吸いにベランダを出る。
なにかが崩れるような音がしたのは隣のベランダからだった。もしなにかあったら寝覚が悪いと思い、まあどうせ眠れないんだからとも思ったが、覗いてみると女がベランダのコンクリートの上に倒れていた。
近くにはカップらしきものが割れたあとが散らかってる。
ひとまずタバコを灰皿に擦り潰してため息を吐く。
関わりたくはない。ましてや隣人。極力関わり合いたくなかったが、ため息を吐いて、隣に飛び降りる。
声をかけるが反応はない。
息は、してる。
見たところ怪我もない。
寝てる、のか?
迷った末に彼女を抱えてベットへとおろす。
華奢な身体は軽い。
あくびが出た。
彼女のにおいがする。
人工的なものじゃないそれがどこか落ち着く。
これなら眠れるような気がする。
顔を覗き込むとどこかであったおぼえがあった。どこだったか。
それから彼女に一方的に約束をとりつけともに寝てもらうことが増えた。
比例するようにほとんど自宅にいたはずだが家を開けることが増えた。
久しぶりに顔を合わせた彼女は拒否を示すあからさまな表情をしていた。
親友の命日だという。
彼女の出す紅茶と彼女のにおいがした。
だから気づけば彼女に詰め寄っていた。
俺がおかしいのか。
彼女がオリビアであればいいと願う。
そんなことあり得るはずがない。
突きつけた銃口がわずかにぶれる
「効いてきたようね」
「なにを、入れた」
視界が霞み始め銃身がぶれたところで銃を奪われ銃弾をばらして床に落ちる音がする。
「安心して。害はないから」
男の体は力が抜けたように床に崩れ落ちていく。
「くそ、離れろ」
気力を振り絞り振り払うと女が飛び退いて口角を引き上げた。
「一緒に寝た仲じゃない」
オリビアは死んだ。
俺はなにをやってるんだ。
自身の失態に舌打ちをついてみたが体の自由が効かず床につけた額をずらしてか女を睨み上げる。
徐々に瞼が閉じて視界は暗く消えた。