彼女の遺体は遺族の元へと帰っていった。
殉職。という理由からだった。
相棒という理由で同行することになった。
「オリビア。よく頑張ったわね」
「国のために尽くしたんだ。泣くな」
「……そうね」
年老いた夫婦が目を真っ赤にしてオリビアに労いの言葉をかけていく。
自分がここにいる理由が見当たらなかった。
「あなたがレネット? 娘から手紙を預かっているの。もし自分になにかがあったら渡して欲しいって」
娘に優しくしてくれてありがとう。と彼女によく似たように笑う女性の目がみれなかった。
「よかったら休んでいかない? お茶でも入れるわね」
「い、や、俺、は。外で、待ってます」
こみあげたものがこぼれ落ちないように言葉を紡いでいくのが精一杯でたまらずその場に背を向けていた。逃げることしかできなかった。
車に戻る時こちらに向かってくる男とすれ違って肩が当たった。
すまない。いやこちらこそ。と言葉を交わしてこちらの顔を確認した男が掴みかかってきた。
「お前っ、ここでなにをしてる」
よく見るとその男はバッカスだった。
向けられたのはあの温厚そうな瞳ではなかった。
「オリビアは俺が殺した。裏切り者だったから」
連日の詰問にお馴染みの言葉が口を突いて出たところに間髪入れず頭に痛みが走る。数メートル飛ばされて背中が樹の幹にあたった。
「貴様っ」胸ぐらを掴まれ「言葉を取り消せっ。あいつがどんな気持ちでいたか。裏切り者だと! ふざけるなっ。裏切り者はお前だ。殺してやる」
あたりには怒号が響き渡る。
「バッカス、やめろ。オリビアの前だ。やめろ」
連れの高齢の男が立ち塞がって腰のホルスターに伸びた男の手を制した。
「お前が死ねば良かったんだ。二度とその面を見せるな」
苦々しく吐き捨てたバッカスに俺もそうだと思った。俺が死ねばよかった。どうして彼女が死ななければならなかったんだ。
「おい、大丈夫か?」
騒ぎを聞きつけた老夫婦が心配そうに顔を出していた。
「ああ、いやなんでもないです。転んじゃって」
手を投げて大丈夫だと示して立ち上がった。顔なんて上げられなかった。足元が覚束ず倒れるように車に乗り込んだ。
『あんた、ちゃんと寝てる? 仕方ないから私のブランケットをあげるわ』
彼女の瞳と同じ緑色のブランケットが無造作に革製の後部座席に置かれていた。彼女を求めて引き寄せあたたかそうなブランケットに顔をうずめた。オリビアの花のようなにおいがわずかにして涙がこぼれ落ちていった。
『ばかねぇ、新人。あんたにはあたしがいるでしょ。あんたがあたしの背中を撃たなければそれで満点よ』
オリビアでいっぱいでここは苦しい。
寝返りを打った時紙が擦れる音がした。手を伸ばして取り出す。
紙には、
どうかあなたは生きて幸せになってほしい。
と綴られていた。
あなたのいない世界でどう幸せになれっていうんだ。なあ。
彼女の残した文面はぐにゃりと滲んで見えなくなった。
俺が死ねばよかった。
どうして俺が生きて、あなたがいないんだ。
オリビアがいない世界で生きていくのがつらい。
俺には彼女がすべてだった。
それを痛感したのは彼女がいなくなってからだった。