『あんた絶対なんかあったでしょ』
『はい?』
『笑顔が嘘くさいのよ』
『……笑顔?』
『その顔よ』顔を掴まれるジル。
『もともとこういった顔ですけど』
繁忙期を終えると酒を飲むのが局内の恒例の行事となっていてオリビアはもれなく参加しているらしかった。
そんな彼女に
『あんた、酒は飲める?』
『はい』
『じゃあ付き合ってくれるわね』
『え、嫌です』
『なによ。これは上司命令よ』
『介抱したくないんでお断りします』
その後の情景が見えて断ったはずだが引きずられる形で連れてこられたのは随分前になる。
日付を跨いでそれぞれが帰路に向かう中でひとりカウンターに突っ伏している女がいた。
「おーい、起きろ」
「オリビア」
「駄目だな、寝てるわ」
「めずらしいな、こいつが潰れるなんて」
「おい、お前相棒だろ。こいつを送っていけ」
体よく面倒事を押し付けられてため息を吐く。
「オリビア?」
少しのくぐもった声の後再び表情が緩んでいた。
「タクシー呼ぶかい?」
「いえ、近いんで歩いて帰れます」
帰るつもりではあったのか幸いなことにコートは着ていたので上体を起こし重心をこちらへと倒れさせて両脚裏に手を通して背中に背負った。
店主にお礼を述べて外に出て左に歩き出して頭の中に地図を広げていく。
数ブロック先なので歩けない距離ではないはずだと理由付けして歩く速度を緩めた。
これくらい許されるだろう。
彼女の吐息が襟足にかかってこそばゆい。
背中に触れる感触に意識が集中している。
仕方ないだろ。俺も男なんだからと誰に対してか言い訳をする。
なし崩し的にはじめたくはない。
オリビアのそばにいられなくなる方が俺はずっとこわい。
もう少しこうしていたかったが彼女の家へと着いてドアの上枠に手を伸ばして鍵を取り中へと入り突き当たりの部屋のベットへと下ろした。
「オリビア、起きてください」
「あれぇ、ジルぅ? ジルだぁ」
「あー離せ酔っ払い」
抱きついてきて全身が硬直する。
引き剥がしてベッドへと放り投げる。
「水分摂ってください」
「やだ」
「オリビア」
「だってジル帰っちゃうでしょ」
誰にでもこうなのかこの人は。襲われたらどうすんだ。
「ジル」
「なんですか、俺あんたに付き合ってる暇ないんで」もう帰ります。と続く言葉は彼女の唇へと消えた。
触れるだけのキスをした彼女は「おもしろーい、固まってるー」笑い声を上げてベットに倒れ込んでこちらへと指を差していた。
なんだ、今のは。
確か。
唇に手を当てる。
きゃははは。と似つかわしくない高い笑い声を上げて指を指してきた女の腕を引き寄せて唇を合わせる。
驚いたようにくぐもった声を上げたが構わず続ける。
「あんたがしたのが悪い」
唇を噛んだ隙間に声があがり舌を入れる。
離れた唇の間でもれた吐息が扇状的でもっととしていたいと駆り立てる。もっと彼女とくっついていたい。ひとつになっていたい。
目を閉じて溶けていく表情に、彼女も俺を好きなのだろうかと錯覚を覚える。
「オリビア、俺の名前を」「きゃーいやー変態!」
横から抉られるような痛みが頬に走ってその勢いのままベットから転がり落ちて床に放り出される。
なにが起こったかわからず体勢を立て直してベットを見るとそこには寝息をたてて気持ち良さそうに眠るオリビアがいて状況を整理する。
………………嘘だろ。あれだけ煽っておあずけって。
ため息を吐いて、彼女にシーツをかけると、どうか、忘れていますように。と願いながら部屋を後にした。