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第6話

 瞼に光が当たるような眩しさに瞼をあける。

 身体を伸ばしてから寝返りを打ってソファーに身体を埋める。もう少し眠りたい。微睡む気持ち良さにこのままもう少しと思っていたがお腹の鈍い痛みにて目が覚めた。

 たぶんこの身体の持ち主は健康的な生活をおくっていたんだろう。

 私にはどうしようもない。

 顔を洗い口内をゆすぐ。

 どうせだったらと馴染みの店に顔を出すとガラス戸の向こうからあらわれたのは予想していたような人物ではなく青年がだるそうに顔を出したところで以前とはちがうことに驚きつつもガラスケースの品物をいくつか指差して彼が袋に詰めていく間に黙っていたがやっぱり気になって訊いてみる。

「あの、以前いたお爺さんは」

「あー……」

 青年の躊躇うようなそのニュアンスで彼がもうこの世にいないことがわかった。悪いことを聞いたと思った時「新婚旅行に行ってます」となんでもないように言ったので「あ、そう。それならよかったわ」と端的に答えてからちょっと笑ってしまった。

「……祖父に言伝があったら伝えておきましょうか?」

「大丈夫よ、ありがとう」

 伝えても今の私ではわからないだろうしあまり顔をおぼえられたくもない。

 でもこのお店のパン好きなのよね。

 バケットに角切りのチーズとベーコンにブラックペッパーが練り込まれていて噛みちぎって食べるのが好きだった。クリームチーズが包まれた白くて丸いパンもやわやかくて美味しい。

 あまり変わってはないらしくてほっとしつつ袋を受け取ってお礼を伝えて店を後にした。ここまで来たならと近くの酒屋でワインとジャーキーも調達して部屋に戻る。

 あまり体にはよくないのかもしれないが、好きなのだから仕方がない。夜にでも食べればそこまで悪影響はないはずだ。たぶん、あまり変わっていないだろう。

 空腹を満たしてソファーに寝転ぶと睡魔が襲う。

 昨日もそうだが、この身体あまり体力がない。

 文字の羅列を見るだけ眠くなっていたし普通の女の子というものがここまで体力がないとは思わなかった。

 腕も手足も華奢で筋力が少なすぎるのが原因だとわかる。これは体力を付けるしかない。

 もしこの先銃を握るとして肝心なところで使い物にならなかったら意味がない。

 あと、たぶんお酒にも弱い。

 ワイングラス一杯で身体があつい。

 随分安上がりだ。ある意味助かる。

 グラスにワインを注いで気分転換に屋上に出ると遠くに時計塔が見えた。鐘が鳴って辺り一帯に時間を知らされていた。

 あの根本がメインストリートだから。

 視線を右に動かしていく。

 あの辺りが私たちのアパートかしら。

 このくらいの距離だったら車があれば荷物を運ぶのも楽なんだけど。

 この子免許持ってるかしら。

 ポケットから財布を取り出して中を探っていく。いくつかのカードの中に名前と住所と生年月日と顔写真が貼り付けられている免許証が出てきた。

 ミラアナベル。

 私の名前はミラなのね。

 22歳。

 まだまだ今から人生を楽しむ頃だったはずだろうに。

 この子の身辺調査もしないといけないわね。

 ひとまず車を買って移動手段を確保して、いや、バッカスに借りるのもありかしら。そういえば私車をどっかにかくしていた覚えが。どこだったかしら。

 それにしてもふわふわして楽しい。

 前はザルすぎて酔えなかったもの。

 ふふ。この身体も悪くないかもしれない。

 そう思った昨日の私の馬鹿。

 頭は痛いし喉を駆け上がるような気持ち悪さがずっと中途半端に彷徨いている。

 二日酔いだ。

 嘘でしょう。たったのグラスワイン二杯よ。信じられない。

 あんなに気持ちよく眠りに落ちたはずなのに。耐性がないのね。もうしばらくお酒はいらないとため息を吐いたら喉を駆け上がってきた苦さにバスルームへ走り込む。喉の壁を抉るような痛みと酸っぱさに吐くだけ吐くと気持ち悪さが軽減したがまだ身体の怠さが抜けない。口を濯いでコップに水を注いで飲み干してからソファーに倒れ込む。

 二日酔いがこんなにきついものだとは知らなかった。薬を買いに行く気力もなく、水を飲んで休むしかなかった。

 半日もすれば吐き気と気持ち悪さは無くなりだいぶ楽になっていた。肌に張り付く気持ち悪さが気になってソファーから身体を起こして浴室へと向かう。タイル状の壁に囲まれた中には浴槽とシャワーが設置されていて温度を調節して蛇口を捻りお湯を頭からかぶる。備え付けのひとつの容器のポンプを無理矢理押し潰すと固形化した塊と共に滑らかな液体が出てきた。そんなに死んでいたつもりはないがこの固まり具合を見るに思っていたよりも長くこの世から離れていたのかもしれないと思った。

 汗を流せば幾分か頭がすっきりしたこともあって風呂上がりにタオルで濡れた髪を拭きつつ資料を机に広げる。

 キャロラインジョーンズ。

 写真には国旗をバックに赤毛に緑目の女性が制服をきて写っていた。胸につけた略綬からかなりの役職だということがわかる。両親は他界し結婚歴無し。住所はイーストサイド。イーストサイドといえば治安が悪い地区だったはずだが。そこからのし上がってきたのなら相当優秀なのだろう。目を通したが彼女に欠点など無いように見えたが、これを送ってきた意図はどこにあるんだとページを巡っていく。学歴や役職なども掲載されている。軍隊にいたのか。そこから局に入って着実に経験を重ねてきたのか。彼女は元内務調査室の室長の欄が目に留まった。時期を見るとミルズと同じ時期に働いていたことがわかったところで機械的な電子音が連絡を知らせる。

 確認すると携帯電話に数件の連絡が来ていた。喉の渇きから水を含んでから電話口に出る。

「はい」

「オリビア? 生きてる?」

 低く響く声が軽やかに耳に届いた。

「二日酔いで死んでた」

「……君が? 二日酔いだって?」信じられない。嘘だろう? と声を上げて笑っているバッカスに憎たらしさを感じ「⋯⋯用がないなら切るわよ」冷たく遇らうと「ああ。待ってくれ」と返ってきたので思いとどまって再び耳につける。

「……ジェニファーに会いに行こうと思うんだが君も来るか?」

 ジェニファーと呼んだその声は少しだけあまく緩んだ中に悲痛な思いが聞こえたような気がしてこちらまで泣きそうになって唇を噛んで思いとどまってから短く返して「……ええ、もちろん行くわ」「じゃあ明日の朝来てくれ」通話を切った。

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