僧侶が立ち去る姿を見つめながら、一人その場に立ちすくむ伊舎那。部隊と聞こえた言葉が妙に引っかかり、過去の記憶を辿り暫く考えを巡らせていた。すると、何かを思い出したのか、双方の掌を打ち鳴らし突然にも大きな声をあげる。
「――そうだわ、思い出した! たしか堅牢様と一緒にいた位の高い人。あの方は大律師の沙玖羅様じゃないかしら?」
伊舎那は一度、沙玖羅と会っていた。それは守護者全員が集まった会合の場。だがその時は、堅牢の側付きを始めて間もない頃。下位の身分が馴れ馴れしく話すことも出来ず、交わした言葉は挨拶のみ。自分自身の事で精一杯だったに違いない。ゆえに、覚えていないくとも仕方のないことであった。
「沙玖羅さまー、ありがとうございました! また何処かでお会いした時は、よろしくお願いします」
大きな声の呼びかけに、沙玖羅は前を向いて歩きながら手を振った。こうして見送りを済ませ、下位の僧達が住む寺院堂に戻ろうとすると……。
「そういえば……?」
伊舎那はもう一人いた人物の事を思い出す。そんな中――、ほどなくして現れる吒枳。息を切らせながら、急にいなくなった状況を問いかけた。
「はぁ……やっと見つけましたよ。僕がお茶汲みから帰ってきたら、二人がいないんですもん。何処に行ったのかと、心配したじゃないですか。――で、楼夷亘羅は何処に?」
「楼夷なら僧院に戻ったんじゃないかしら?」
「僧院にですか?」
「ええ、ちょっと色々あってね。だから楼夷には、ごめんって言っておいてくれない?」
これまでの内容と経緯を吒枳に詳しく説明する伊舎那は、自分の代わりに謝っておいて欲しいと申し出る。
「分かりました。では、それとなく話をしておきますね」
「ありがとう、吒枳。じゃあ、私も寺院堂に戻るから、後のことはお願いね」
淡々としたやり取りを済ませる二人。伊舎那は寺院堂に、吒枳は楼夷亘羅の後を直ぐに追いかけた……。
◆◆◆
小走りで歩くこと半々刻。少し目の前に楼夷亘羅らしき人物を捉える吒枳。
「――あっ、いたいた。ちょっと待ってよ、楼夷亘羅!」
「吒枳……?」
ようやく追いつき声をかけ呼びかけるも、その様子は元気なく歩く姿。伊舎那の言っていた事を思い出す吒枳は、心配そうに楼夷亘羅を見つめる。
「どうしたの元気ないけど? 僕で良ければ相談にのるよ」
「大丈夫だ、俺のことなら気にしないでくれ……」
吒枳は何気なく励ましの言葉をかけるが、楼夷亘羅は冷めた様子で頷くのみ。
「そっ、そうは言うけど……そんな顔されたら、僕だってほっとけないじゃん。まあ、いろいろと事情があるみたいだけど、そんなに悩まなくてもいいと思うよ」
「はあ? 悩むに決まってるだろ!」
「だっ、だよねー。そうじゃないかと、僕も思ってたんだよ。でもね、伊舎那さんも反省してたよ。だから元気だしなって」
声量に驚きを見せる吒枳は、思わず相槌を打ち同意してしまう。とはいうものの、伊舎那の言葉はしっかりと伝え慰める素振りをみせる。
「反省? 何のこと言ってんの?」
「いや、だから……そんなにも怒ってなかったよって、言いたいの」
どうやら、お互いの意見は食い違いを見せ、噛み合っていない様子である。
「んっ? 俺は弁当が食べれなくて悲しんでるだけだぜ」
「弁当……? なるほど、そういうことね」
事の次第を理解する吒枳は、呆れた表情を浮かべため息を漏らす。こうして二人は、午後の授業を受けるべく足早に教室へ向かうのであった…………。