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第19話 能ある鷹は爪を隠す

 僧侶が立ち去る姿を見つめながら、一人その場に立ちすくむ伊舎那いざな。部隊と聞こえた言葉が妙に引っかかり、過去の記憶を辿り暫く考えを巡らせていた。すると、何かを思い出したのか、双方の掌を打ち鳴らし突然にも大きな声をあげる。


「――そうだわ、思い出した! たしか堅牢けんろう様と一緒にいた位の高い人。あの方は大律師だいりっし沙玖羅しゃくら様じゃないかしら?」


 伊舎那いざなは一度、沙玖羅しゃくらと会っていた。それは守護者全員が集まった会合の場。だがその時は、堅牢けんろうの側付きを始めて間もない頃。下位の身分が馴れ馴れしく話すことも出来ず、交わした言葉は挨拶のみ。自分自身の事で精一杯だったに違いない。ゆえに、覚えていないくとも仕方のないことであった。


沙玖羅しゃくらさまー、ありがとうございました! また何処どこかでお会いした時は、よろしくお願いします」


 大きな声の呼びかけに、沙玖羅しゃくらは前を向いて歩きながら手を振った。こうして見送りを済ませ、下位の僧達が住む寺院堂に戻ろうとすると……。


「そういえば……?」


 伊舎那いざなはもう一人いた人物の事を思い出す。そんな中――、ほどなくして現れる吒枳たき。息を切らせながら、急にいなくなった状況を問いかけた。


「はぁ……やっと見つけましたよ。僕がお茶汲みから帰ってきたら、二人がいないんですもん。何処に行ったのかと、心配したじゃないですか。――で、楼夷亘羅るいこうらは何処に?」

楼夷るいなら僧院に戻ったんじゃないかしら?」


「僧院にですか?」

「ええ、ちょっと色々あってね。だから楼夷るいには、ごめんって言っておいてくれない?」


 これまでの内容と経緯を吒枳たきに詳しく説明する伊舎那いざなは、自分の代わりに謝っておいて欲しいと申し出る。


「分かりました。では、それとなく話をしておきますね」

「ありがとう、吒枳たき。じゃあ、私も寺院堂に戻るから、後のことはお願いね」


 淡々としたやり取りを済ませる二人。伊舎那いざなは寺院堂に、吒枳たき楼夷亘羅るいこうらの後を直ぐに追いかけた……。



◆◆◆



 小走りで歩くこと半々刻30分。少し目の前に楼夷亘羅るいこうららしき人物を捉える吒枳たき


「――あっ、いたいた。ちょっと待ってよ、楼夷亘羅るいこうら!」

吒枳たき……?」


 ようやく追いつき声をかけ呼びかけるも、その様子は元気なく歩く姿。伊舎那いざなの言っていた事を思い出す吒枳たきは、心配そうに楼夷亘羅るいこうらを見つめる。


「どうしたの元気ないけど? 僕で良ければ相談にのるよ」

「大丈夫だ、俺のことなら気にしないでくれ……」


 吒枳たきは何気なく励ましの言葉をかけるが、楼夷亘羅るいこうらは冷めた様子で頷くのみ。


「そっ、そうは言うけど……そんな顔されたら、僕だってほっとけないじゃん。まあ、いろいろと事情があるみたいだけど、そんなに悩まなくてもいいと思うよ」

「はあ? 悩むに決まってるだろ!」


「だっ、だよねー。そうじゃないかと、僕も思ってたんだよ。でもね、伊舎那いざなさんも反省してたよ。だから元気だしなって」


 声量に驚きを見せる吒枳たきは、思わず相槌を打ち同意してしまう。とはいうものの、伊舎那いざなの言葉はしっかりと伝え慰める素振りをみせる。


「反省? 何のこと言ってんの?」

「いや、だから……そんなにも怒ってなかったよって、言いたいの」


 どうやら、お互いの意見は食い違いを見せ、噛み合っていない様子である。


「んっ? 俺は弁当が食べれなくて悲しんでるだけだぜ」

「弁当……? なるほど、そういうことね」


 事の次第を理解する吒枳たきは、呆れた表情を浮かべため息を漏らす。こうして二人は、午後の授業を受けるべく足早に教室へ向かうのであった…………。


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