これまでずっと虐待を受け、馬鹿にされ続けてきた
「だったら、そうねえ……どうしてもお返しがしたいっていうのなら、私の代わりにお茶を汲んできてくれると助かるわ」
「お茶をですか?」
「ええ、今日は急いでいたからね、水筒を持ってくるのを忘れちゃったのよ」
「なるほど、そういう事だったのですね」
「けど
「はい。
この二人のやり取りを不思議に思いながら眺めていた
「ありがとう
「はい、では行ってきます」
こうして、
「
「さっきのって、水筒のことよね」
「そうだよ、なんで水筒があるのに行かせたの!」
「あのね、よく聞いて
「あんまりだよ、
「お願い聞いて、
「あれじゃあ、
「いいから聞きなさい! あるところにね、長い間ずっと使われていない扉がありました。扉は古く傷ついているためか、強く引っ張っても固く閉ざされ動こうとしません。じゃあ、どうすれば開けることができると思う」
「何で扉の話すんの?」
「いいから答えてちょうだい!」
水筒のことについて問いかけるも、
「多分、それは扉が軋んでるせいだと思う。俺ならゆっくり引いて開けるけど」
「そうね、
「じゃあ、さっきのって?」
「そうよ、私のために何かがしたい。こう思うのは
「
「いいのよ、
「うん、ほんとごめん」
「それよりも、冷めるといけないから早く食べましょ」
こうして誤解が解け、落ち着きを取り戻す二人。自然の景色を楽しみながら、仲良く食事を始めようとする。そんな広々とした空間は、修練には持ってこいの場所。といってもここは、戒律で訓練が認められていない神聖な領域。
ところが、禁忌とされた庭園で弓の修練をしていた聖人がいた。その者は念を込めた式符を空へ舞い上げ、顕現させた矢で狙い射る。これにより、無数の的を同時に射るため、表情は真剣そのもの。
最悪の事態も考えられるが、解き放たれた矢はどれも正確に的の中心を射ていた。よって、弓の名手とも思える腕前に、周りにいた者達も大事に至らないだろう。このように安心していたのかも知れない。
しかし、その式符の一つが風に吹かれ、食事を楽しむ二人の一直線上に並ぶ。
こうして翼を得た矢尻は、羽根を靡かせ草原を駆け抜ける。そして風を切り草をなぎ倒し、式符を捉えると真っ二つに引き裂いた。この
けれども、喜びは束の間のひと時。勢い留まらぬ鋭い矢尻は、式符を貫き尚も突き進む。これにより、安堵した表情からは血の気が引き、次第に青ざめた表情を浮かべた。何故なら、その先に見えるのは
声を上げるも時すでに遅し、矢は
そんな刻々と近づく未来の惨劇に、愕然と地に膝をつく聖人。この場所で稽古をするには、なにか深い事情があるに違いない。それは他でもなく、僧位の序列に準じた利用制限。これにより、正規の修練場では鍛練をするための時間が限られていた。
しかし、如何なる理由があるにせよ戒律は守るためにある。
従って、規則は意味もなく作られる事は無い。不測の事態に備え、所定の場所は存在しているからだ。それを無視したということは当然の報いかも知れない。後悔先に立たず、成り行きをただ見守る事しか出来ないだろう。
このような状況の中、やがて矢は
そんな誰もが諦めかけた瞬刻の時――。音もなく顕現された矢尻を素手で掴む
「るっ、
目の前に起きた光景が、理解出来ないでいた
「――
虚ろな表情で何かの術を唱える
さすがに人間離れした状況に一驚する
驚愕した事実に変わりはないが、更に大変なことが今まさに起きようとしいた。その事態というのは…………。