永華に案内され教室へ向かう吒枳と楼夷亘羅。入口の土間に履物を脱ぎ置き、自らの席に足を崩して正座する。そんな室内はといえば、十二畳の部屋が二つ合わさり温かみのある木の机が均等に並べられていた。
小さく纏まった部屋ではあるも、二十人の僧院生が学ぶには十分。落ち着いた雰囲気でゆったりとした空間といえる。向かって正面奥には指導者の机上もあり、その横には教典であろうか、数冊の書物と詠唱に使う真正宝珠が置かれていた。
「はい、では授業を始めます。今日はですね、四大元素の水を教えていきたいと思います」
自らの席に着く永華は、教典を手に持ち授業を始める。すると――。
「おい、楼夷亘羅。さっきはよくも告げ口をしてくれたな。後でどうなるか、分かってんだろうな」
永華から見えない場所へ身を置く后土。そっと楼夷亘羅に囁き、講義後は部屋へ戻らず待っていろと伝える。
「はて? さっきとは、いつの事でしょうか。昨日、あるいは一週間前? それに待てと言われても、私は犬じゃありませんよ」
「はあっ? お前は馬鹿か――‼ さっきと言ったら、さっきだ!」
落ち着いた様子で淡々と話す楼夷亘羅。その状況が癇に障る后土は、突然立ち上がり罵声を浴びせる。
「――后土! 反省しているかと思えば、またあなたですか!」
「すっ、すみません……」
冷淡な目つきで睨みをきかせる永華。教典を強く握りしめ、苛立ちを抑える素振りを見せる。こう何度も怒られては、さすがに后土も気落ちして小さな声で呟く。
「はい、では改めて本日の授業を始めたいと思います。えっと、じゃあ、誰に教典を下ってもらおうかしらね」
「はっ、はい先生! 先ほど騒がせた件もあるので、それは僕にやらせて下さい」
院生達を見渡す永華は、書物を配って貰えそうな人物を探す。その素振りにいち早く反応する吒枳は、元気よく手を挙げ立候補した。
(――ちっ、吒枳の野郎。仲間や先生に守られてるからといって、いい気になるなよ)
吒枳の行動が何かと気に入らないのだろう。漏れ出た后土の声からは、嫉妬のような心情が窺えた。
「助かるわ、吒枳。じゃあ申し訳ないけどね、教典を一冊ずつ院生へ配ってくれるかしら」
「はい、分かりました」
書物を受け取り、一人ひとりの机上へ教典を置いていく吒枳。暫くして后土の前を通り過ぎようとした瞬間――。
「――わぁっ! いたた、たた……」
突如として倒れ込む吒枳は、后土の前に教典をまき散らす。
「どうしましたか、吒枳様。何もないところで躓くとは、修練が足りないのではありませんか?」
「あっ、はは……そっ、そうだよね」
(后土のやつ…………)
嫌味の言葉を吐き捨て嘲笑う后土。こうした状況にゆっくり立ち上がる吒枳は、苦笑いしながら相槌を打つ。その様子に顔を顰める楼夷亘羅は、近くから様子を見つめ囁いた…………。