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第11話 説教部屋

 こうして虐待に怯えながら生きる生活。手を差し伸べる存在もいなければ、友と呼べる仲間もいない。あるのは壊れかけた心と傷だらけの体だけ。どうして自分だけがこんな目に遭うのか、宗家を憎み、運命を憎み、やがて吒枳たきの心には闇が覆い黒く染まりかけようとしていた。


 ――そんな時に現れたのが、運命を左右する仲間達。楼夷亘羅るいこうら伊舎那いざなの二人に出会っていなければ、今頃、吒枳たきの精神は崩壊していただろう……。



「その前に――と、伊舎那いざなに花でも摘んでいこうかな」

「もうー楼夷亘羅るいこうらたら、また永華えいか先生に怒られるじゃないですか」


「その時は、またよろしく頼むよ」

「えぇー楼夷亘羅るいこうらの代わりなんて、もう懲り懲りですよ」


 冗談交じりに話す楼夷亘羅るいこうらは、また自分の代役に教典を呼んでくれとお願いする。その理不尽とも思える言葉を受けた吒枳たきだが、読書が好きなせいもあり満更でもない様子だった。


「あはは、だよな!」 

「そうだよ。教典は自分で読まないと意味がないんだよ」


 和やかに話しながら庭園を過ぎ去る二人。次の講義に備え、足早に僧院へ戻る。



◆◆◆



 暫く歩き、学びの場にたどり着く楼夷亘羅るいこうら吒枳たき。すると、部屋の前には怠そうに二人を待つ后土こうどがいるではないか。そこから窺えたのは、何か言いたそうに笑みを浮かべた姿。


「おい! そこにいるのは、落ちぶれ名家の吒枳たき様じゃねえか。俺よりも遅く来るとは、いい身分だよなぁー」

后土こうどさま……」


 わざとらしく二人の前に現れ、嫌味な言葉を吐き捨てる后土こうど。これに対して、吒枳たきは小さな声で呟き俯いてしまう。この様子に苛立ちを覚える楼夷亘羅るいこうらは、同じように嫌味で威勢よく言葉を放つ――。


「おや? これはこれは、成り上がりの后土こうど様ではありませんか。私奴わたしめよりも早くご到着とは、何ともご立派。よほど、お暇な方なのでしょうね」

「――なっ、なんだと‼」


 嫌味に対して、皮肉の言葉で返す楼夷亘羅るいこうら。おどけた顔で話しかけていると、その場に指導者が現れた。


「――楼夷亘羅るいこうら后土こうど! 何を外で騒いでいるのですか、詠唱の授業を始めるから早く中へ入りなさい!」


 そこにやって来たのは、楼夷亘羅るいこうら達の担当指導である永華えいか。眉間にしわを寄せ、外にいた理由を尋ねる訳でもなく、一方的に二人を怒鳴りつける。


「はい、只今。――と、言いたいところですが、少々困った事が起きました」

「困ったこと? それは何かしら」


「はい。それほど大した事ではありませんが、永華えいか先生の授業を楽しみに来てみれば、部屋に入ることを拒まれこの有り様。ゆえに、仕方なく自らの部屋へ戻ろうとしていたところです」

「あら、私の授業が楽しみとは嬉しいことを言うわね。それよりも、さっきはごめんなさいね。何も知らないのに、怒鳴りつけてしまって」


 前回の件で要領を得たのだろう。楼夷亘羅るいこうら永華えいかを上手くあしらい、矛先を后土こうどへと向ける。


「いえいえ、とんでもございません。永華えいか先生の授業が受けれるのであれば、お𠮟りなど喜んでお受け致します」

「いやだわ楼夷亘羅るいこうらたら、喜んでだなんて」


「おい、楼夷亘羅るいこうら! さっきから、いい加減な事ばかり言うんじゃねーぞ!」

「はて? 后土こうど様。いい加減な事とは、永華えいか先生の授業が面白くないということですか?」


「はぁ? なに言ってんだ、お前!」

「本当なのですか、后土こうど。私の授業がつまらないというのは?」


「先生、それは楼夷亘羅るいこうらが勝手に言っている訳で、俺じゃないって」

「何ですか、その口の利き方は! それに、后土こうどはいつもそうやって人のせいにばかり。素直に謝ろうという気持ちはないのですか」

「いや、だから先生、俺じゃないんですって」


「まだいうのですか! 分かりました、そういう態度なら仕方ありません。あとで説教部屋にきなさい」

「説教部屋⁉ ――あっ、いや、先生。すべて俺が悪かったような気がします。だから今回だけは許してもらえないでしょうか」


 説教部屋という言葉に敏感な反応を示す后土こうど。一瞬、凍りつくような素振りを見せ、次第に顔が青ざめていく。それほど、教典を読まされるという行為は、苦痛で耐え難いものなのだろう。


「突然、どうしたのですか?」

「あの、やっぱりよくよく考えたら、俺が悪かったです。本当に申し訳ありません」


「まあ……素直に謝るのでしたら、今回ばかりは許してあげましょうか。ですが、次はありませんよ」

「はい、分かりました。くっ……」


 后土こうどはよほど悔しかったのだろう。永華えいかに対しては頭を下げていたが、瞳は楼夷亘羅るいこうら見つめ睨みつけていた。


「じゃあ、楼夷亘羅るいこうら行きましょうか」

「はい、永華えいか先生」


 先ほどの表情とは打って変わって、永華えいかは、にこやかに楼夷亘羅るいこうら吒枳たきの二人だけを教室へ招き入れる。


(――ちっ、楼夷亘羅るいこうらのやつめ!)


 こうして嫌がらせは失敗に終わり、全ての行いは自分へと返ってくる。いわゆる自業自得というやつだった…………。

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