第10話 無情な光景
こうした提和家が作り上げた序列制度によって、五つの家柄である五帝の位は聖人よりも低くなる。
ところが、以前と変わらず【提和家】【薬王家】【張家】【李家】この四家を補佐しないといけないのは、【黄帝家】【顓頊家】【少皞家】【炎帝家】【太皞家】といった五帝である。
加えて、見返りもなく四大陸を管理していたのも、言うまでもなく五帝の者達。四家を支えながら民を安寧に導くことが課せられていた。これにより、今まで以上の責務を負わされ、睡眠をとる時間もろくになかったという。
そればかりか、制度によって大陸全土に及ぶ混乱も、全て五帝の者達が対処しなくてはいけない。そうでなくとも大変な職務であるというのに、民からは羨み嫉みといった心情まで向けられる。
では、制度を作った当の本人は、一体どこで何をしているのだろう。それは言うまでもなく、千年郷にて修練を積んでいた。確かに、人々を導いてやりたいという想いは分らんでもない。しかし、側近の者達にも少しは目を向けるべきであった。
この理由から、五帝の者達は職責を放棄した提和家に対し、少なからず憎しみを抱く。とはいうものの、序列には誰も抗えず従うしか方法はない。これにより積年の恨みは時間をかけ蓄積され、主従関係といった信頼は無くなりかけていた。
ところが、こうした事情で提和家に従うのも、数年前までの話。
従来通り【薬王家】【張家】【李家】には仕えるが、【提和家】には従う必要性がないということ。その意味は、宗家の当主により引き起こされた事件が物事の始まりである。事実は未だはっきりと分かっていないものの、お家断絶まで追い込まれたという。
ただ言えることは、名家と呼ばれた提和家は一切の権限を失い、序列さえも五帝の一番下位に属する事となる。されど、宗家だけには留まらず分家の家柄であった吒枳さえも、こうした扱いを受ける。これによって、今まで抑えていた鬱憤を晴らすべく迫害を行う五帝の者達。
その行為は、僧院で生活していた吒枳へも向けられる。そこには、【黄帝家の后土】【顓頊家の玄冥】【少皞家の蓐収】【炎帝家の祝融】【太皞家の句芒】。これらの次期当主である五帝の息子達からの虐待であった。
といいながらも、子供のすることは無邪気な悪戯のような行い。特に差し支えないであろうと考えていた大人達。不祥事を起こしたのも宗家、分家の者達からすれば全く関係がない無根の事実。しかし、子供達にそんな事など理解できるはずもなく、嫌がらせは毎日のように行われていたという。
最初の頃は、単なる言葉だけの苛めに過ぎなかった。これを行っていたのが、五帝の中でも最も力を有していた【黄帝家の后土】。それを取り巻く、玄冥・蓐収・祝融・句芒といった四人の次期当主。吒枳を苛める事で、その者達に対して自らを大きく見せていた。
憂さ晴らしのつもりが、やがて激化していく状況。無視や仲間はずれ、村八分のような制裁行為は吒枳の心を孤独に陥れる。周りの院生達も后土には逆らえず、誰も庇うことなく見ているばかり。こうした状態が数年続き、次第に崩壊してゆく精神。やがて自らの殻に閉じこもり、おかしなことを囁きだした。
その様子を余計に面白がる后土は、身体にまで危害を加えだす。これは流石に耐え難い振る舞い、されど誰一人として声を上げる者などいない。一瞥しては、何事もなかったかのような素振りを見せる僧院生達。我が身可愛さからか、降りかかる火の粉を払う姿は何とも無情な光景。
こうして抵抗すれば更に酷い仕打ちを受けるため、怯えながら生活を送る吒枳。些細な苛めも、やがて度を越す肉体的な虐めに変化を遂げる。そして何もかもが信じられず、されるがままの日々を送ることになる…………。