第8話 五つの家柄
このような安らぎの気持ちを与えてくれる憩いの場。樹々や咲き乱れる草花の中を、心地よい香りを乗せた薫風が吹き抜けてゆく。その温かな風と共に、笑みを浮かべた二人が楽しそうに庭園へ訪れる。
「懐かしいですね、楼夷亘羅……」
「それ、口癖か? ここに来るたびに言ってるぞ」
庭園内を彩る情緒豊かな趣き、こうした光景を眺め感慨に浸る吒枳。
「だって……あの時のことがなければ、僕はずっと一人だったかも知れないからね。奇妙な出会いだったけど、いまは信頼できる仲間だっている。そうでしょ、楼夷亘羅」
「吒枳……そんな風に、俺のことを思ってくれていたのか」
過去を懐かしむ吒枳の言葉を受け、楼夷亘羅は琴線に触れる想いを感じる。
「どうしたんですか? そんな変な顔で僕を見て。――って、それはいつもの事でしたよね」
「あはは、そうだな。けど、吒枳の口からそんな冗談が聞けて俺は嬉しいよ」
一体、何が嬉しかったのか分からないが、珍妙なやり取りを笑いながら話す楼夷亘羅。嫌味のように言われて、なぜ怒らないのだろう。それは取るに足らない事だからか、はたまた天真爛漫な性格によるものか。その答えはどちらでもなく、受け入れた言葉であるということ。本当の気持ちを理解しているから分かり合える。
本人がいうように、今まで吒枳には誰一人として友達と呼べる存在はいなかった。その原因は大半が性格からくるもの、思っていることを口走ってしまうからだろう。だがそれは、人とどう接していいか分からず仕方なくといったこと。ゆえに、決して悪気があって言っているのではない。
そもそも、こうした人格形成に至ったのは、ある理由が考えられる。それは家柄が少なからず関係していると言えるかも知れない。順を追って説明するならば、この大陸を治める名家は四つ存在していた。
家格の序列は上からこのように分類される。
【提和家】【薬王家】【張家】【李家】
こうした四家である名門が存在し、瑠璃郷・華蔵郷・妙喜郷・無荘郷といった四つの大陸を各々が所有する。この中でも由緒正しき家柄であった提和家。天帝からの信頼も厚く有能であったことから、残りの名家を纏めた役割も担っていたという。
このようにして千年前の時代、極楽の荘厳を創造したとされる人物。神のように崇められた天帝に代々仕えてきたのが提和家であり、宗家と分家が存在し長きにわたり全土を治める。これらの大陸は命を受けた天子と呼ばれた者達が管理していた。
更に下位の存在には、名家を補佐するべく五つの家柄があった。
【黄帝家】【顓頊家】【少皞家】【炎帝家】【太皞家】
この者達は、五帝と呼ばれた存在であり、虚空山の大地を含む五つの大陸へ屋敷が設けられた。そこで名家の手足となり職務をこなす。
つまり不測の事態ともなれば、身命を賭してでもお守りするのが役目。そんな理由から、それぞれの家系から次期当主を厳選し僧院で学ばせていたという…………。