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第7話 五感に触れる安らぎの場所

 生い立ちや出会った経緯などを語り合う二人。話に花が咲き、いつの間にか半刻一時間もの時が過ぎ去っていた。すると――、両腕をだらりとたらし、疲れ切った顔の楼夷亘羅るいこうらが元気なく現れる。


「はぁー、まさか教典を半刻一時間も読まされるなんて、思っても見なかったよ」

「お帰りなさい。いい勉強になったでしょ」


 放心状態の顔つきで、溜息混じりに呟く楼夷亘羅るいこうら。首筋に手を当て、凝りをほぐすかのように左右へ揺れ動かす。


「勉強というよりも、あれは拷問だね。それよりも、どうしたの二人して?」

楼夷るいを待ってる間、いろんな事を吒枳たき君と話していたのよ」


楼夷るい? 吒枳たき?」

「ええ、こっちは提和だいわ吒枳たき。ややこしいから吒枳たき君って呼んでるの」


「そ、そう…………」

「どうしたの楼夷るい? もしかして、楼夷亘羅るいこうらって呼ばれる方が良かったの?」


 せっかく伊舎那いざなから紹介を受けるも、急に黙り込み気まずそうに沈黙する楼夷亘羅るいこうら


「いや、別に楼夷るいでもいいんだけどね」

「じゃあ、なんで黙ったの?」


「それは……紹介されなくても同じ|僧院の組だから姓は知ってたよ」

「なるほどね。だから先生が呼んでいても、知らない振りをしていたのね」


 今までに楼夷亘羅るいこうらが何度も引き起こしていた不思議な行動。ようやく事の次第に気付き、納得して何度も頷く伊舎那いざなであった。


「ごめん、ばれちゃうと伊舎那いざなの笑顔が見れないと思ったから」

楼夷るい……」


 伊舎那いざなの喜ぶ顔が見たかった。この想いから、楼夷亘羅るいこうらはずっと黙っていたという。


「だったら、こうしましょう。せっかくだから、謝罪と一緒に自己紹介というのはどうかしら」

「そ、そうだね」


 伊舎那いざなの計らいで向き合う二人。事情が事情だけに、ばつが悪いのだろう。少しの間、沈黙の状態で佇んだ。とはいえ、謝意を示すため心を落ち着かせる楼夷亘羅るいこうら吒枳たきを見つめ話しかけようとした瞬間――、何故か同時に言葉を放つ。


「「――あっ、あのさぁ」」


 楼夷亘羅るいこうらが突如として声を発したかと思うと、吒枳たきも同じように言葉を放つ。


「ふふっ、どうしたの二人共?」

「酷いよ、伊舎那いざな。笑わなくてもいいじゃん」


 よほど、その光景が可笑しかったのだろう。伊舎那いざなは声を出すのを堪え、思わず吹きだした。


「ごめんね、楼夷るい。つい被ったことが面白くてね。だけど、そんなに考える事もないでしょ」


 お腹を抱える伊舎那いざなは、笑い目に溜めた涙をゆっくりと指先で拭き取る。


「だってさ、吒枳たきが酷い目に遭ったのは俺のせいな訳で。だから、なんて言ったらいいのか分かんなくて」

「僕の方こそ、はっきり言えばよかったです。そうすれば、楼夷亘羅るいこうらがきつく怒られることはなかった。そう思ってたんです」


 申し訳なさそうな表情を浮かべる二人。同じことを想い同様に反省していたらしい。


「ふふっ、おかしな二人。それにしても、楼夷るい吒枳たき君はお互いの気持ををよく理解しているじゃない。じゃあ、これでわだかまりは無くなったようね」


 二人は俯いた顔を上げ、改めて心の想いを伝え合う。


「ごめんな、吒枳たき

「こちらこそ、すみません」


 お互いを認め合い力強く握手をする二人は、今までの事がなかったかのように仲良く笑いあう。そんな些細なことがキッカケで友達となる三人。僧伽藍摩ではライバルでもあり、競い合いながら切磋琢磨して修練を行うことになる。


 こうして二人と過ごしていく内、固かった吒枳たきの表情は次第に明るく笑顔を見せ始めた……。



◆◆◆    



 ――そんな三人達が学びを受ける場所とは……。


 そこは七堂伽藍寺院堂の近隣へ建てられた僧院。武術や法術、これらの技術を学び習得する神聖な場所である。ここで無位の者達は共同生活を行い、徳の高い僧になるため過酷な鍛錬を積む。そして、人々を救うべく少しずつ高みを目指し、来世へ想いを繋げてゆく聖域ともいえた。


 しかし、一概に過酷な修練場所ともいえないだろう。何故なら、周辺には庭園などの心安らぐ憩いの場もあり、緑豊かな草花や樹々が【五感】を楽しませてくれる。それは、聖職者から聖樹と呼ばれる存在である。如何にもといった大層な名前と思われるが、周りに生えた樹木と大差はない。


 違いがあるとするならば、【視覚】を楽しませる彩り豊かな花であろう。この花は鮮やかに咲き乱れ、見るもの全てを癒して魅了する。また、ほんのり甘い蜜の香りが【嗅覚】を刺激し、緊張した身体を緩め心を落ち着かせた。そればかりか、美しき樹々の姿から趣ある薫りも窺える。 


 更に、聖樹には花の魅了からか、可愛らしい小鳥達が無数に集まり、疲れた羽をゆっくりと休める。その際に、【聴覚】に伝わる綺麗なさえずりの鳴き声によって、疲弊した気持ちを穏やかにさせてくれた。そして時おり吹き抜ける風が、一片ひとひらの花びらを空へ舞い上げる。こうした舞い散る花吹雪は、頬を撫でゆく風と共に【触覚】へ風情を伝えた。


 これだけでも心を解放され、安らぎを与えてくれそうなものだが。もう一つだけ、幸せな気分にさせくれる要素が残されていた。それは樹々に宿る甘くて柔らかな実。一口食せば、【味覚】から伝わる甘味が疲れた心を癒やし。二口食せば、身体の中から活力が満ち溢れる。


 どうやら、その樹木には不思議な力があるらしい。これが聖樹と呼ばれる本当の所以ゆえんなのかも知れない。それゆえ、無位の者達は諦めず頑張って行けるのだろう。こうした理由から安らぎを求め、庭園にはいつも人が賑わいでいたという…………。

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