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第6話 三人の出会い

 こうした沈黙の中、ようやく今までの状況を理解したのだろう。永華えいか吒枳たきの掌に触れると、申し訳なさそうな顔つきで話しかけた。


「本当にごめんなさい、先生の勘違いだったわ。何度も叱ってしまって、吒枳たき君には何てお詫びをしたらいいのか……」

「せっ、先生、僕の事なら大丈夫です。誤解が説けたのなら、それだけで十分ですから」


 目の前に跪き、身体を両手でそっと抱きしめる永華えいか。その表情は先程までと違い、鬼のような形相から仏の顔つきに変貌を遂げる。そんな状況に驚きを隠せない吒枳たきであったが、この奇妙な一件が解決した事に胸をなでおろす。


吒枳たき君は、なんて謙虚な子なんでしょう。それに比べて、いまの今まで黙っていた、こちらが本当の提和だいわ君という事でいいのかしら?」 


 吒枳たきの頬にそっと掌を当てる永華えいかは、慈しむような表情で呟く。そして、この騒動の元凶を思い出すと、ゆっくり顔を楼夷亘羅るいこうらに向けた。


「では、本当の提和だいわさん。これから説教部屋でゆるりと、お話しでもしましょうか」

「はっ、はい、先生。お手柔らかにお願いします……」


 永華えいかはニヤリと奇妙な笑みを浮かべ、最後にぽつりと言葉を呟いた。そんな態度を見つめる楼夷亘羅るいこうらは、引き攣った顔で固唾を呑んだ後、暫くして何処かへと連れていかれてしまう……。



「初めまして。伊舎那いざなさんでしたっけ? 先程は本当にありがとうございました」

「いいのよ、お礼なんて。もっと早く、こうしていればよかったわね」


 お辞儀を一回する吒枳たきは、誤解を解いて貰ったお礼を述べる。


「もっと早く?」

「ええ、実は前から知っていたのよ。楼夷亘羅るいこうらが私のためにって、無憂樹むゆうじゅ沙羅さら蓮華れんげ。色んな種類の花を毎日、私に持って来てくれていたの。そんな事情もあってね、中々言い出せなくて……。そうしたら、今日なんか菩提樹ぼだいじゅの実までもぎ取ってきたから、このままじゃいけないと思ってね」


「なるほど、そういう理由でしたか」

「でも、だからといって、あの子を憎まないでやって欲しいの。本当は純粋無垢で優しい人、私にも原因があったのだから」


 事情を聞き入れ内容を理解する吒枳たき。元はと言えば、そうした想いが今回の原因。自分にも少なからず責任があるのだと、切なげに話す伊舎那いざな


「そんな、憎むだなんて滅相もない。ハッキリ先生に伝えなかったのが原因なんですから。それに、そこまで尽くしてくれる人がいるなんて羨ましい限りですよ。僕なんて、誰かを好きになった事なんて生まれてこの方ないですからね」

「えっ、楼夷亘羅るいこうらが私のことを好き? それは、ないない。 あの子は、側付きをしているだけなのよ。そんな感情なんて、あるわけないじゃない」


 意味ありげな吒枳たきの言葉に、掌を何度も大きく振る伊舎那いざな。少し頬を赤く染め動揺した表情を見せる。


「そうですか? 楼夷亘羅るいこうら伊舎那いざなさんを見つめる目。どことなく、何か特別なものを感じたように思えましたが? 僕の勘違いだったのでしょうか……」

「そうよ、勘違いに決まってるわ。楼夷亘羅るいこうらは少し天然なとこがあるからね。そのせいじゃないかしら」


「うーん、おかしいな? 人の感情を読み解く能力は持ち得ていたはずなのに……」

「もっ、もういいから、その話はよしましょう。ところで吒枳たきくんがいいのであればね、この機会に友達にならない?」


  不可解な面持ちで、何度も首を傾げる吒枳たき。幾度となく繰り返す言葉に、伊舎那いざなは顔を赤らめ別の話題にすり替える。


「はい、別に構いませんよ。ですが根暗な僕といると、他の僧院生から除け者にされるかもしれません。それでも良ければ大丈夫です」

「もちろんよ。私や楼夷亘羅るいこうらは、そんな事なんて気にしないからね」


「なら良かったです。では改めて、僕の名前は、吒枳たきといいます。どうぞよろしくお願いします」

「私の名は、伊舎那いざなよ。こちらこそよろしくね。じゃあ、せっかく友達になれたんだし、親しみを込めた名前で呼び合わない?」


「そうですね」

「だったら、私が勝手に決めちゃってもいいかしら」


「はい、お好きなように」

「じゃあ、遠慮なく決めちゃうね。えっと、楼夷亘羅るいこうらはこの際だから楼夷るいでいいとして。吒枳たきくんも……そうねえ、いっそ二人共名前で呼んじゃいましょうか」


 深く考えることもなく、伊舎那いざなは独断と偏見で一方的に決める。 


「はい、僕はそれで大丈夫です。その方が、今回のように間違いがなくていいですからね」

「それもそうね」


「ですが、楼夷亘羅るいこうらさんに事情を説明しなくてもいいのですか?」

「大丈夫よ、私の言う事なら何でも聞くから。じゃあ、それで決まりね」


 満足げに語る伊舎那いざな楼夷亘羅るいこうらの許可を得ることなく、勝手に決断するのであった…………。

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