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第5話 奇妙な巡り合わせ

 少し離れた場所から、指導者の永華えいかが呼びかける光景を眺める二人。やがて、その傍を心地よい風が吹き抜け同時に見習いの僧院生も通りかかる。


「おや、先生? そんなにも血相を変えて、どうされたんですか?」

「はあ? どの口がそう言っているの。どうしたかの前に、まずはごめんなさいが先でしょ!」

「えっ、なんで僕が謝らないといけないのですか?」


「なんで? それはあなたが蓮華の花をむしり取ったからよ」


 少年の名は【提和だいわ吒枳たき】といい、怒られた意味が理解できず首を傾げながら問いかける。ところが、永華えいかは事情を確認する事はなく、感情を露わにさせ突然にも怒り出す。始末。


「――せっ、先生! ちょっと待って下さい。それは僕じゃないです」

「僕じゃないですって? そんな事を言っても無駄よ。その状況を見た子がいるんだから」


「だけど先生。僕は今さっきまで、書庫の中で本を読んでいたんですよ」

「本? だから何度も言ってるでしょ、生徒に聞いたんだから間違いないわ。『提和だいわ君が悪戯してました』って、言ってたもの」


 威圧的な態度で迫られ、後ろへ仰け反り小さな声で呟く吒枳たき。弁明にて理解を求めようにも、反論の機会さえ与えられない。さらに永華えいかは、仁王立ちで構え大きな声で睨みつける。


「えぇーー、そんなぁ……」

「――で、どうなのよ!」


 情けない声で言葉を発する吒枳たき。理不尽ではないのかと、掌を小さく広げ主張してみせる。しかし、そんな事情など知る由もない永華えいかは、憤怒の面構えで真相に迫る。


「すみません、先生。僕がやりました……」

「ほら見なさい。噓などつかずに、最初からそういえばいいものを。じゃぁ、こっちにいらっしゃい。今日という今日は許しませんからね」


 自分ではないと切実に訴えかけるも、信じてもらうこと叶わず沈黙の時は過ぎる。けれど、結局のところ気が弱かったせいもあり、吒枳たきは遂に犯行を認めてしまう。


 こうした結果に、満足げな表情を浮かべる永華えいかは、意気揚々と吒枳たきをどこかに連れていこうとする……。


楼夷亘羅るいこうら……もしかして、この蓮華の花って?」

「えっ、何のこと? 俺は池に落ちていたのを拾っただけだよ……」


 俯く吒枳たきを連れて、二人の横を通り過ぎていく永華えいか。嫌な予感がした伊舎那いざなは、咄嗟に手に持つ蓮華の花を後ろへ隠す。そして、少し間を置き事実を楼夷亘羅るいこうらへ尋ねてみるも、目は泳ぎ落ち着きない様子。


「はぁ……反省の余地なしって顔をしてるわね。まあいいわ、だけどあの子には後でちゃんと謝っておくのよ」

「はぁぃ……」


 伊舎那いざなは呆れた顔つきで、今回だけは黙っておいてあげる。そう伝えると、楼夷亘羅るいこうらは小さな声でうなずいた…………。



◆◆◆



 ――ところが、次の日も再び甲高い声が晴天の空に響き渡る。


提和だいわ――‼ ったくもうー、提和だいわは何処にいるの?」

「はい、先生。今日はどのようなご用件でしょうか」


 前日同様に、既視感のような光景。そこに再び、何も知らない吒枳たきが訪れ、指導者に何事かと問いかける。


「どのようなご用件? なるほど、自分じゃありません。そう言って、あくまで白を切るつもりね」

「白を切る? とは、どのような意味なのでしょうか?」


 両腕を組み、まじまじと見つめる永華えいか。一体、指導者は何を言っているのだろう。状況がいまいち理解できないでいた吒枳たき。しばらく掌を胸へ当て身の潔白を訴えかける。


「なるほど、またそうやって噓をつこうとするのね。じゃあ、『提和だいわ君が菩提樹ぼだいじゅの実をもぎ採ってました』このように、生徒から聞いた私の耳が勘違いだった。あなたは、そう言いたいのかしら?」


 吒枳たきの言葉を受けた永華えいかは、自らの耳に指先を三度ほど触れ覗き込むような素振りをみせる。


「はぁ……またですか」

「まっ、またとは何ですか! 少しは反省というものをしたらどうなの!」


 溜息混じりに浮かない表情でそっと呟く吒枳たき。今回も同じように何を言っても駄目に違いない。半ば諦めかけ永華えいかと共に、その場を去ろうとした。


 その瞬間――、突如として行く手を遮る伊舎那いざな


「指導員の先生! 突然目の前に現れて、大変申し訳ありません。私の名は伊舎那いざな。これでも一応、大法師位だいほっしいの地位を持っており、今は大律師だいりっし様の元で修行に励んでおります」

「――いてて! ちょ、ちょっと待ってよ、伊舎那いざな


 過ぎ去ろうとした永華えいかを呼び止める伊舎那いざな。嫌がる楼夷亘羅るいこうらの手を引き、指導者へ語りかける。


「その歳で大法師位だいほっしいの地位とは優秀ですね。ところで、伊舎那いざなさんでしたかな? 私に何かご用でしょうか」

「はい。先生が手にしている沙弥しゃみの名前は、『提和だいわ 吒枳たき』こっちにいるのは、『提和だいわ 楼夷亘羅るいこうら』お探しの腕白小僧は、こちらの提和だいわだと思います」


 突然の自己紹介に驚く永華えいかは、不思議そうな面持ちで上から下まで容姿を確認する。それに伴い、どうして不意にこの場へ現れたのかと、事の次第を詳しく説明する伊舎那いざな


 そして沙弥しゃみとは、見習いの僧である少年や少女のことを呼び。男性であれば、先ほどのように沙弥しゃみといい、女性ならば沙弥尼しゃみにというらしい。


「そっ、そんなぁー、酷いよ伊舎那いざな

「何を言ってるの、自業自得というものでしょ。悪いことをしたら罪を償う、僧院でそう教わらなかったの」


 その場に連れて来られ、引き攣る表情を浮かべる楼夷亘羅るいこうら永華えいかの顔を一瞥すると、気まずそうに俯き黙る。こうして今までの事情を話し、伊舎那いざなは身柄を指導者へ引き渡す。


「そういえば……あの子達も、提和だいわ 楼夷亘羅るいこうらと言っていたような気もするわね。という事は、もしかして……?」

「はい、僕じゃありません」


 過去の情景を思い返す永華えいかは、そっと吒枳たきの体に触れると申し訳なさそうな顔を浮かべるのであった…………。

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