「ふあぁぁぁー、久しぶりに良く寝たよ。っていうか、ここは俺の部屋だよね？　でも何だったんだろう、あのおかしな夢は……。とても夢とは思えない、はっきりとした光景だったよなぁ……」

　掌を高く掲げ、大きなあくびをする少年。ぼんやりとした意識の中、周囲を見渡し様子を窺うも、空想のような状況に啞然としていた。先ほどの光景は鮮明ではあるが、夢であるのは間違いない。

　しかし、喉につかえた小骨のように、胸を締め付けるのは何故だろう。それはもしや、三世過去・現世・未来に何かを伝えるためのものか。ならば激闘は遥か過去の出来事、あるいは未来を予測した予知夢。何度、思いを巡らすも、不確かな記憶は天に舞う華のように吹き抜けてゆく……。

「まぁ、いっかぁ――。とりあえず、今日もお努め頑張ろう。――って、やば！　早く行かないと、また遅刻しちゃう」

　心に留める事はなく急いで身支度を済ませると、突然にも部屋を飛び出し何処かへ向かう。そんな意味ありげな夢想も、せわしない生活により忘れ去られようとしていた。　　

　このように、慌ただしく少年がいた場所。そこは僧伽藍摩と呼ばた僧院であり、修行僧が昼夜を問わず修練に明け暮れる清浄なる聖域。教えを乞う無位の僧は、指導者から剣術や法術を学び高みを目指す。

　また空きの時間には、僧位が上の者をお世話をしないといけない。こうした戒律による生活規律が決められており、付き人のような僧職も行う。ゆえに、僧院では下積の生活を数年していく事になる。

　そして、この近くには様々な共同施設もあって、周辺には緑豊かな庭園や様々な蓮華の花が咲き乱れる。もちろん青々とした樹々も生い茂り、それ以外でも彩り豊かな花が目を和ませていた。

　加えて、最もゆかしさな風情を醸し出しているのが、無憂樹むゆうじゅ・菩提樹ぼだいじゅ・沙羅双樹さらそうじゅ。これらの神秘的な三聖樹といった存在だ。

　そんな三聖樹には不思議な特徴があり、宿る実には身体を癒す効果があった。主に薬として利用されるが、それだけではなく食せば何とも言えない甘く香りの良い実であるという。

　だからなのか、過酷な修練に耐える者達にとっては必要不可欠な場所。蓮華の花は、視覚を楽しませ心穏やかにしてくれる。一方、三聖樹の実は味覚を堪能させ気分を爽快に保たせてくれた。このような厳しい場所ではあるが、安らぎの空間ともいえるだろう。

　すると――、この場所を先ほどの少年と、同世代と思われる女性が仲良さげに話しながら歩く。

「どうしたの、楼夷亘羅るいこうら。今日は珍しく遅刻しなかったじゃない？」

「俺も偶には遅刻しない時だってあるよ！」

「偶には、ね。ふふっ」

「――ったく、そんな事よりも伊舎那いざなっていいよなぁー」

「んっ、なにが？」

「だから、その衣装。俺も伊舎那いざなが着てる装束しょうぞくを早く纏いたいよ」

「え、これ？　そんなにも、この着物っていいかしら？」

　溜息混じりに呟き、怠そうな素振りで庭園内を歩く楼夷亘羅るいこうら。この言葉を受け、掌で袖を軽く掴み自らの容姿を確認する伊舎那いざな。少し誇らしげに衣装を魅せる。

「だって俺の着てる服なんて、ただの布きれじゃん！」

「ふふっ、ほんとだね。そういえば……私も大法師位だいほっしいになるまでは、その恥ずかしい服だったわね」

　楼夷亘羅るいこうらの着ていた袈裟けさと呼ばれる僧衣を見つめる伊舎那いざな。その光景を思い出し、笑いを堪えながら目を逸らす。

「あぁーいま笑っただろう」

「あら、気のせいじゃないかしら、ふふっ」

　微かな笑みを浮かべる伊舎那いざなに、無表情な顔で問い掛ける楼夷亘羅るいこうら。

「いや、笑った！」

「ごめんなさい、ついね。うふふっ、ふふっ」

　心安らぐ時の中、楼夷亘羅るいこうらと伊舎那いざなは和やかな雰囲気で言葉を交わす。そんな二人が語り合っていた衣装とは…………。