宇宙港の片隅で、三人の男が談笑していた。
正確に言うと、生物学上の『ヒト』が一体、かつて『ヒト』だったモノが一体、そして人工的に産み出された『ヒト成らざるモノ』が一体である。
彼らがここにいる理由は、合否判定を下すという任務を終えた試験官氏が帰還するのを見送るためである。
「……正式登録されたは良いけど、配備先が激動のマルスで、しばし単独で待機、か。相変わらず現場を理解してないね。上申しておこうか?」
いつものごとく少々茶化して言う王樹に、デイヴィットは思い切り首を左右に振る。そしてあわてて反論した。
「まさか! 自分は実戦配備が決っただけで運が良かったと……。上申なんて……」
「『作りモノ』の自分には運が無い、と言っていたのは、どこの誰だったかな?」
皮肉が混じった『大先輩』の言葉に、デイヴィットは決まり悪そうに口をつぐむ。
ひとしきり王樹と笑いあってから、スミス……No.5は言った。
「本部との通信回路に、異常は無いかな?」
「はい。正直、まだ慣れなくて戸惑ってはいますが、滞りなく」
デイヴィットの中に変化が起きたのは、事の次第を知らされた直後だった。
それまで
それこそ現在展開中の惑連軍とM.I.B.との戦況から、彼らに関わってしまった不幸な桐原氏の処遇についてまで。
いっそ王樹の人事評価にアクセスして弱味の一つでも掴んでやろうか、としていたデイヴィット脳裏に響いてきたのは、穏やかなジャックの声だった。
諸々のことに未だ納得がいかず
改めてよろしく。お前さんとまた会える日を、楽しみにしているよ、と。
はからずもデイヴィットの逆襲を逃れた王樹は、悪びれもせず言う。
「混乱があまり続くようなら、いつでも連絡して。ボランティア活動が一段落つくまでは、フォボスにいるんだ。テラに出向くよりは手っ取り早いよ」
明らかに冗談であることはを理解していたが、デイヴィットはその申し出を丁重に固辞した。
この人の手にかかっては、悪化することはあっても好転する可能性は皆無だろうと判断したからである。
その時、ロビー内にマルス行きへの船の搭乗開始を告げるアナウンスが響いた。
搭乗口まで荷物を持ちますか、と尋ねるデイヴィットにNo.5は軽く首を左右に振ると、トランクに手を置く。
そして、振り向きざまにこう告げた。
「この先、今回以上に過酷な状況に陥ることもあるだろう。けれど、君が死地を切り抜けてより長く『生命』をつなげるよう、祈っている」
思いもかけない励ましの言葉に、デイヴィットは反射的に敬礼する。緊張のあまり、ありがとうございます、という単純な言葉が出てこない。
そんな『後輩』の様子に、No.5は笑みを浮かべた。皮肉でも嫌味でもない、柔らかな笑みを。
そして軽く王樹に向けて会釈をすると、搭乗口に向かって歩き出す。
雑踏の中、次第に小さくなっていくその後ろ姿を見やりながら、王樹はデイヴィッドに低い声でささやく。
「……エドの記憶システムのことは、知ってるよね? もし次回、君が幸運にもエドに会えたとしても、それはあのエドとは違う、まったくの別人格になる」
「生体維持のため、システムを完全に停止するんですよね。その関係で、『記憶』はすべて消える……」
豆粒よりも小さくなってしまったNo.5の姿を視界の先に捉えながら、デイヴィットは答える。そんな彼の肩を、王樹は数度叩いた。
「ご名算。だから君は、君の目でエドの生きざまを見てあげて欲しい。君の為にも、エドの為にも、ᒍの為にもね」
謎かけのような王樹の言葉に、デイヴィットは思わず振り向いた。すでに王樹は、視線を窓の外へと転じている。
「見てよ。
外を見つめる王樹の視線は、いつもの茶化したようなそれではなく対象を射抜く鋭い物だった。
これが王樹の本質なのかもしれない。
常に軽口を飛ばし、道化を演じて見せるのは、本質をあらわにするのが照れ臭いからだ、とすれば納得がいく。
そんな分析をしていたデイヴィットに向かい、王樹は不意に笑みを浮かべた。
この笑顔の後の発言は、ろくな物はない。
身構えるデイヴィット。果たしてその予想は的中した。
「じゃ、事件もやっと解決したことだし、歓迎会でもしようか。君の持ってるマネーカードは底無しだから、もちろん君の払いで」
どうやら王樹は、天使の羽根と悪魔の尻尾、その双方を持ち合わせていたらしい。
ようやくそれを理解したデイヴィットは、すでに歩き始めていた王樹の後をあわてて追いかける。
「待って下さいよ、研究員殿! 自分は明日のマルス行きの準備を……」
「固いこと言うなよ。どうせ、来た時から荷物いじってないんだろ? ……それに、また会えるなんて保証、あるかどうか解らないし」
肩越しに照れ笑いを投げ掛けられて、デイヴィットは、あきらめたようにつぶやく。
「なら、万一次回会えたら倍返しにして下さい。それが条件です」
ようやく追い付いた彼の脇腹を、王樹は肘で小突いた。
「了解。じゃ、行こうか」
連れ立って歩き出す二人の姿は、あっという間に人波の中へと消える。まるで、最初から存在しなかったかのように。
……こうして、世界の片隅に新たな『生命』が誕生し、過酷な運命へと足を踏み出した。
最初の任務 了