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第3話 崩れ落ちたモノ

「ミサイルでの祝砲か。どうやら我々は、初歩的なミスを犯していたようだな」

 自嘲を含んだスミスの声が、薄暗がりの中に響く。

「Mカンパニーによる経済的支配からの独立を主張しておきながら、そこの商品を使って攻撃ですか? 主義主張に一貫性がないですね」

──しかし、自分も試験官氏もよくもまあ冷静でいられるものだ。

 目の前にいる試験官氏と自分自身に半ば感心し、かつ呆れながらデイヴィットは内心で毒ついた。

 どうやら一緒にいた僅かな時間の間に、かなり試験官氏の影響を受けてしまったらしい。

 そんなデイヴィットの自己分析結果を理解したのか、スミスの顔に件の笑みが浮かんだが、それはすぐに苦痛の表情に変わる。

 あわてて近寄ろうとするデイヴィットを、スミスは視線で制止する。

 やれやれ、とばかりに吐息を漏らしてから、デイヴィットはささやくように告げた。

「……あと二、三分で先ほどの痛み止めが効いてくると思います。ですが、最悪、粉砕骨折の可能性もあるので……」

 自分の持つ医療データは初歩的な物なので、それ以上のことは判断できない。

 そうデイヴィットは付け加えた。

 それから改めて、彼は埃にまみれた自分自身とスミス、そして今現在彼らが身を隠している場所を眺めた。

 結論から言ってしまうと、彼らの滞在していたホテルは遠距離からの砲撃を受けて崩壊した。

 砲弾が発射された方角は、紛れもなく現在テロリストの占拠下にある地区である。

 ちなみにデイヴィットの分析によると、使用されたミサイルは、惑連の常設軍や各惑星国家に標準装備されている類の物であり、その主な生産者は他でもない、『何でも屋』のMカンパニーである。

「それにしても、どこから仕入れてきたんでしょうね」

 緊迫した状況下ではあまりに間抜けな感想を、デイヴィットは口にする。

 その率直な疑問に、スミスはかすかな含み笑いで答える。

 そう来なければ。

 そんな試験官氏の反応に、デイヴィットはようやく安堵の胸をなでおろした。

 その人となりにふさわしい反応を見ることができたためである。

 ようやく痛み止めが効いてきたのだろうか。

 スミスの口から、ささやくような皮肉という名の銃弾が吐き出された。

「軍が安全保証期間切れで廃棄した物を横流しする輩は、必ずいる。組織腐敗の末期症状も良い所だ。……まあ、金さえ積めば、直接『形落ち』商品を買えるルートくらいはあるだろうな」

「まるで家電品並ですね……」

 やれやれ、とでも言うようにデイヴィットはコンクリートの天井を仰ぐ。

 灰色に薄汚れたそこからは、時折水がしたたり落ちており、さながら鍾乳石のように石の氷柱ツララを作っていた。

 地上から水がしみ出てきているのだろうか。

 道路の舗装状態及びライフラインの埋設状況、そして必要とされる耐震強度。

 それらすべての数値を重ね合わせ、デイヴィットはある結論を弾き出した。

 これは欠陥建築だな、と。

 が、それを口に出すこともせず、彼は注意深く周辺の状況を確認した。

 所々埃がたまっている地下駐車場には、彼ら以外動く物はない。

 建物全体に振動が走ったあの時、彼はとっさに部屋から飛び出していた。

 砲弾は、彼らが滞在しているすぐ上の階に着弾したらしい。

 頭上から聞こえてくる不気味な音は、次第に大きくなっていく。

 そんな中、彼は試験氏の部屋の扉を叩いた。

 ご無事ですか、と叫ぶ彼の聴覚に入ってきたのは、かすれた部屋の主の声だった。

 あわててデイヴィットはノブに手をかける。

 だが、既に歪みが生じたためか、扉は開くことを拒んだ。

 二度、三度と、デイヴィットは扉に体当たりをする。

 そしてようやく開けた視界の先には、粉塵が舞い上がる野戦場跡のような光景が広がっていた。

「すまないが、手を貸してくれないか?」

 声が聞こえた方に、デイヴィットは視線を移す。

 そこには紛れもない、スミスの姿があった。

 左手が天井から砕け落ちた瓦礫がれきに押し潰された状態で。

「少佐殿……」

 言いながらデイヴィットは、注意深く歩み寄る。

 そして、ヒトの力では到底動かせるはずのないコンクリートの塊を、発泡スチロールのように放り投げていく。

 ようやく現れたスミスの左腕は、素人目に見ても無事とは言い難い状態だった。

 デイヴィットは、たまたま視界に入ったデスクの残骸を添え木にし、破いたシーツで骨折の応急措置をする。

「度々申し訳ないが、私の鞄だけでも持ち出すことはできないかな? 少々人目に触れてはならない物が入っている」

 それは、おそらく自分の採点に関わる物なのだろう。

 そう理解したデイヴィットは、指差された先に無造作に置かれた鞄を肩にかけると、有無を言わさず少佐を背負った。

 この建物が完全に崩壊する前に脱出するには、この方法しかない、そう判断したためである。

 部屋から駆け出すと、デイヴィットは軋み始めた廊下を非常階段へ向かい走った。

 そして、彼が階段を降りきり地上へ降り立った直後、ホテルは自らの重みに耐えかねて崩壊したのである。

「あの階が我々の貸し切り状態だったのが、不幸中の幸いだったな」

 突然、デイヴィットの思考をスミスの声が遮った。

 何事か、と振り返るデイヴィットの視界の先で、スミスが苦笑いを浮かべていた。

 さすがにあの『市街戦』を潜り抜けたあと、と言うこともあり、表情を覆い隠すサングラスはしていない。

 淡い茶色の瞳は、だが予想に反して穏やかな面差しをデイヴィットに向けていた。

 もしかしてこれが、常にサングラスをかけていた理由なのかもしれない。

 ふと、デイヴィットはそんなことを考えた。

 この穏やかな素顔では、交渉相手を威圧的に飲み込み、無謀とも言える用件を飲み込ませることは不可能だろうから。

 ぽたり。

 再び天井から水が滴り落ちた。

 上物の貧弱さを計算に入れると、ここが軋みだすのも時間の問題だろう。

 果たして崩壊するまでの残り時間はどのくらいだろうか。

 そんな計算をしながら、気付かれないようにデイヴィットはスミスをサーモグラフィでサーチする。

 予想通り、骨折からくる発熱が認められる。

 あれだけの怪我だ、無理もない。

「……お加減、いかがですか?」

 いや、大丈夫な訳ないだろう。

 口に出してしまってから、デイヴィットは後悔した。

「……君は、妙だとは思わないか?」

 しかし、それに対するスミスの言葉は、意外にも問題提起だった。

 こんな時でも相変わらずだな、と呆れると同時に、まあ、これなら安心か、と吐息をつきデイヴィットはスミスの前に腰を降ろす。

「照準角の誤差を差し引いても、あのミサイルは君の部屋を狙った物だろうな」

「……申し訳ありません。自分が不用意に明かりをつけたから……」

「そうではないさ」 

 言いながらスミスはわずかに砂で汚れた顔に皮肉混じりの笑みを浮かべる。

 が、素顔のそれは、悪戯がばれたのをごまかすような少年のように見えた。

『目』が与える印象は恐ろしいな、と、デイヴィットが脳裏にデータを叩き込むと同時に、スミスは口を開く。

「明かりがついただけでは、誰の部屋かは想定できるはずがない。にも関わらず『そこ』を狙った、と言うことは、君という惑連職員がその部屋に滞在しているということを知っていた、という訳だ」

 あの時間明かりがついていた部屋は、他にもあったはずだろう、と抑揚の無いスミスは続けた。

 確かに、タイミングが良すぎる。

 向こうの射撃精度が高ければ、今頃どうなっていただろうか……。

「あの時、君と私双方の部屋に、隠しカメラや盗聴器はあったかな?」

 さらに問いかけるスミスに、デイヴィットは首を左右に振る。

 事実、それらが発する微弱な電波を、デイヴィットは感じることができなかったからである。

 だからこそデイヴィットは、あれだけべらべらと手の内を話していたのである。

 目に見えて落ち込んでいるデイヴィットの様子を見、スミスは声を立てずに笑い、無事な右手で頬杖をついた。

「……つまり、先方は我々の居場所を知っていたということになる。そして、あのタイミングで祝砲を撃ってきた……」

 淡々と続くスミスの言葉にデイヴィットは口をつぐみ、薄暗がりの中をしばし見つめていた。

 その中をスミスの感情の無い声が響く。

「最初から彼らは、我々を消す腹積もりでいたんだろうな。まあ、ホテルが崩壊する所までは計算外だったのかもしれないが」

「最初から交渉のテーブルにつくつもりはなかった、と言うことですか? ですが、それじゃあ……」

「捨て駒を動かしたか、或いは反主流派が動いた。まあ、そんな所だろうな」

「……めちゃくちゃですね」

「一枚岩の組織など、まず存在しない。それは、我々にも言えることだ」

 斜に構えた口調で、真実を悪びれずに口にするスミスに、デイヴィットは返す言葉がなかった。

 しかしまあ、これだけの減らず口を聞けるのなら、当分の所は大丈夫だろう。

 ひと安心してからふと、デイヴィットはある事を思い出した。

「……現在、貴方の生存は、情報局のデータベースで不明になっていますが……報告した方が良いですか?」

 自分の生存については惑連の情報網に載っているでしょうが、と言うデイヴィットに、スミスはわずかに首を左右に振る。

 そしてわざわざ報告してやる必要はないさ、と毒吐いた。

「これを持ち出してくれたお陰で、その必要は無い。もっともあの御仁に知られると厄介だが」

 言いながらスミスは鞄を引き寄せる。

 そこから顔を出したのは、ノート型の端末機だった。

 おそらくそれは、特殊な電波帯でテラ惑連情報局につながっているのだろう。

 あの非常時でこの判断を下すとは。

 呆れながらも感嘆の吐息を漏らしてから、デイヴィットは思考を話の本筋へと戻す。

「あの御仁、とは、桐原捜査官ですか?」

「それ以外に、この異星の地で、誰が我々を知っているかな?」

「では、まさか……」

 どうやらスミスは、初めから桐原とM.I.B.との関連を疑っていたようだ。

 爆発のごたごたでなくなったサングラスには、他人の心を見透かすような特殊兵器でも装備されているのではないか。

 荒唐無稽なそんな考えを振り落とすかのように、デイヴィットはぶんぶんと首を左右に振る。

 その間にスミスは背後の壁に頭を預けていた。

「すまないが、少し休ませてくれないか? ……今後どうするかは、日が昇ってから考えよう」

 承知しました、とうなずくデイヴィットに、スミスは苦笑いを浮かべながら付け加えた。

「ついでに言うと、君の髪も、そのままでは目立ちすぎる。縛るなり切るなりした方がいいだろう」

「……解りました」

 外見は自分が望んでデザインする物ではない。

 だが、確かに背中にまで届く淡い茶色のストレートは、惑連職員……時には隠密行動をとるデイヴィットにとって相応しいか、となると、限りなく『否』である。

──無事戻れたら、上申してみよう。

 ともあれ、デイヴィットは、夜明けまで五時間弱、無言でいられるかが、不安だった。


     ※


「……おはようございます。有り合わせですが、何か召し上がっておいた方が良いですよ」

 午前七時ジャスト。

 わずかにスミスが身動みじろぎするのを確認して、デイヴィットは遠慮がちに声をかけた。

 目を覚ましたスミスの目前には、スナックやチョコレート、缶コーヒーなどがむき出しのコンクリートの床に、無秩序に置かれている。

 これは? とでも言うような視線を投げかけるスミスに、デイヴィットはわずかに肩をすくめ、舌を出した。

「エレベーターホールの自販機からです。どうやら電気は来ていたので。代金はちゃんと払ってますよ」

 領収証が出ないので、自腹清算になりますが、と言うデイヴィットに、スミスは今まで見たことのない普通の微笑を浮かべた。

 驚いて立ち尽くすデイヴィットの前で、スミスは缶コーヒーを手にとり、右手だけで器用に開けて見せた。

「……こうなると、なかなか不便だな。……万一の時、光線銃のエネルギーパック交換ができるかどうか」

 その一言に、デイヴィットの顔に不安げな表情が一瞬、浮かんで消えた。

 そして、それをかき消すかのように、スナック菓子の袋を開封しはじめた。

「ま、その時は自分が何とかします。とにかく召し上がって下さい。一応痛み止と解熱剤は飲んで下さいね」

 自分に必要ない物でも、装備をマニュアル通りに持ってきて良かった。もっとも、使う羽目になったのは、あまり良いことではないのだが。

 そして、着ていたジャケットの内ポケットから色々と薬が詰まったピルケースを取り出す。

 が、その表情は中身を確認した時、落胆に変わった。

 少佐が持っているであろう分を足して、残りは約一週間。どうやら、予想以上の短期決戦を強いられることになりそうだ。いや、それ以前にスミスの様態が急変しないとも限らない。この人の事だ。死にかけるぎりぎりまで、そのような素振りを見せることはないだろうことは予想に堅くない。

 そこまで予測して、デイヴィットははた、と思い直した。

 元々自分達は、M.I.B.により拘束されている人質の解放交渉をするために、フォボスの地に来たはずだ。

 事実上交渉前に決裂してしまった今、果たして何をすればいいのだろうか。

「説得に失敗して話し合いが決裂したのであれば、責任問題になってくると思うが、今回は先方が勝手に拒否したのだからな。どうしようもない」

 内通者がいなければ、すぐにでも当局に指示を仰ぐところなのだがな。

 抗生物質と痛み止めを放り込むように飲んでから、スミスはデイヴィットの素朴な疑問にそう答えた。

 そしてふと、思い出したようにデイヴィットに向き直った。

「君は、どうしたい?」

 突然話を振られ、デイヴィットは散乱したゴミを片付ける手を止めた。

──自分は今、試されている。

 実務試験中であるという現実を目の前に突きつけられて、デイヴィットは言葉を失った。

 しかも、『穏便に騒動を解決する』という第一の命令は、遂行前に消滅してしまっているのである。

 果たして、残されている方法は……。

「これは、命令などまったく度外視した話なのですが……」

 ためらいがちに口を開くデイヴィット。

 スミスの視線を痛いほど感じていたのは、言うまでもない。

 口ごもるデイヴィットに対し、スミスはわずかに表情を崩した。

「何もそんなに固くなることもないだろう? これは記録に残らない、まったく非公式な会話に過ぎない」

 はあ、と一応返答してから、デイヴィットはやはり気が進まない、とでも言うように目をそらしながら続けた。

「正直、うぬぼれかもしれませんが、自分には人質を解放するだけの能力が有ると思います。その力を持っていながら、それを必要としている方々を見捨てるのは、許されないと……」

 言い終えてから、デイヴィットは気まずそうに口を閉じ、恐る恐る試験官を見つめる。

 そんな彼に、スミスはとどめの一言を投げかけた。

「今までの言葉を要約すると、人質を助けたい、ということかな?」

 すっぱりと言い切られて、デイヴィットは不承不承うなずく。

 その様子をまったく無視し、スミスはふと天井を見上げた。

「重機が入ったようだな。どうやら上は、完全に崩れた、というところか」

 その言葉の通りだった。コンクリートの天井を通して、わずかな振動が伝わってくると同時に耳障りな重低音が響き始めた。

 瓦礫の山を取り除いての行方不明者捜索が、本格的に始まったのだろう。

「とりあえず、片付けを優先してくれ。捜索隊がここに入った時、我々がいた形跡があっては得策ではないな」

「……じゃあ、移動するんですか? それじゃ、本当に自分達は行方不明になってしまいますよ?」

「君の希望を叶えるとなるとするならば、そうするほうが都合が良いだろう?」

 その言葉の意味を計りかねて、デイヴィットは一瞬唖然とした表情でスミスを見つめる。

 果たしてその顔には、いつもの毒を含んだ笑みではなくて、冒険を楽しむような少年のようなそれが浮かんでいた。

──やはりこの人は分析不能だ。

 軽く頭をゆらしてから、デイヴィットは中断していた片付けを再開する。

 一方のスミスは、鞄から取り出した端末機を開き何やら操作を開始していた。

 その様子に、デイヴィットは絶句した。

 小さな液晶パネルに写し出されているのは、周辺の地図。それを見つめながら、スミスはキーボードを叩いている。

 問題は、そのスピードだった。少なくとも、それは自分よりも早い。言われずともデイヴィットはそれを理解した。

 驚きを隠せずにいるデイヴィットに、スミスは画面を注視したまま告げた。

「この近郊に、当局が確保した身を隠せる場所がある。一旦上の客人をやり過ごし、そちらに移動するとしよう」

「り、了解しました」

 もう元には戻れない。

 神妙な面もちでうなずくことしか、デイヴィットにはできなかった。

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