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最初の任務─the dolls─
内藤晴人
SF空想科学
2024年11月09日
公開日
65,557文字
完結
ヒトの代用品として、主に危険な状況下に投入する目的で造られた人工生命体通称『dolls』。
新たにこの世に『生』を受けたシリアルID012‐0‐021ことNo.21は、『稼働試験』のため惑星フォボスの動乱調査に投入される。
その試験官として行動を共にすることとなったのは、得体のしれない印象を与える『情報局員』だった。
果たしてNo.21の運命や、いかに?

第1話 稼働初日

 薄暗く窓の無いほぼ完全な密室に、かれこれきっかり十分、『彼』は待機する事を命ぜられていた。

 中央にぽつりと置かれた椅子に座り、何をするでもなく周囲を見回してみても、『目』から得られる情報は、愛想の欠片すら感じられない白い壁と、冷たく閉ざされた扉だけ。

 しかしその向こう側では、いわゆるお偉いさん達が仕掛けられているであろう隠しカメラによってこちらの反応を伺っているのだ。

──まるで、営倉だ。

 見たことも、入ったことも無いそんな場所の単語が、ふと『彼』の脳裏に浮かんだ。

 いや、『浮かんだ』と言うのは正しくはない。

 視覚、聴覚など、あらゆる感覚から得られる情報を〇《ゼロ》と一とで分析し、結果導き出された答が『営倉』という単語なのである。

──それにしても……。

 再び『彼』は周囲を見回した。すでに十五分が経過している。

 気の弱い『ヒト』であれば、見えない恐怖にかられ、叫び出す者もいるかもしれない。

 だが、外見こそ完璧な『ヒト』ではあるが、彼はそういった心配とはおおよそ無縁の存在だった。

 最新の遺伝子工学を応用し、中立機関である惑星連合が開発し作り上げた人工生命体『Dolls』。彼はその二十一番目の完成品だった。

 そして現在、彼は正式に任務に就けるか否かの試験にかけられている。

 ここをパスできれば、彼は有事において絶対の権限を手にして宇宙を駆け回れるようになり、パスできなければ即廃棄の道が待っている。

 二十分が過ぎた。

 さすがの彼も腰を浮かしかけたその時、目の前の扉が、前触れもなく開いた。

 そこに立っていたのは、一人の男だった。

 おおよそ三十代半ば。

 立ちふさがった男の外見から、彼はそう判断した。

 判断が曖昧になったのは、その重要な情報源となる目が色の濃いサングラスによって完全に隠されていたからだ。

 困ったことに、目が隠されているとなると、感情や心中を分析するのは、難しい。

「君が〇一二・〇・〇二一か」

 おもむろに『製造番号』で呼ばれ、彼は一瞬、プログラムされている『不愉快な』表情を浮かべた。

 さほど大きな声では無かったが、男の言葉はそれほどの影響を与えるに充分な物だった。

 それを確認するかのように薄い笑みを浮かべ、現れた男は再び口を開く。

「……第一次試験合格だ。まずはおめでとうと言っておこう。来たまえ。実務試験に入る」

 そう言い放つとくるりと背を向け歩み出す男の背に向かい、彼はあわてて声をかけた。

「あの……失礼ですが、貴方は?」

 彼の言葉に、男は足を止め、肩越しに振り向いた。

「惑星連合宇宙軍情報局のエドワード・スミス。階級は少佐だ。君の試験官を拝命した。他に質問は?」

「実務試験とおっしゃいましたが、一体……」 

「フォボスで一波乱あった。詳しくは道すがら説明する」 

 何とも取っ付きにくい御仁だ。

 この先どう付き合うか、彼は少々考えあぐねていた。


     ※


「……発端はMカンパニーの強引な進出とも言われています。行政面だけでなく経済的圧迫が甚だしくなったことにより、不満分子の暴走に拍車がかかったとも考えられます」 

 惑星連合本部のあるテラから『一騒動起きた』フォボスへ向かうには、まず母星たるマルスに赴き、船を乗り継がなければならない。

 そのマルス行きの船内で、スミス少佐は『彼』に対しマルスとフォボスの政情を説明するように求めた。

 彼の返答を肯定するように一つうなずいてから、スミス少佐はおもむろに口を開いた。

「で、その不満分子を背後から煽っているのは? デイヴィット・ロー中尉」

 一方的に説明を求めておきながら、素っ気なくスミス少佐は尋ねる。

 その質問の末尾に申し訳程度に付け足されたのが、彼に与えられた『名前』である。 

 それにしても。 

 薄暗い宇宙船内であるにもかかわらず、この『試験官』氏は相変わらずサングラスを外す気配はない。

 愛想のない口調も手伝って、有能な情報局員と言うよりは、むしろ裏の世界を知りつくした工作員といった様相である。

──一体何者なのだろうか。

 が、それ以上の分析を試みるのには、未だデータが足りない。

 とりあえず思考回路を停止させてから、デイヴィットは言葉をついだ。 

「当人達は衛星ルナで反惑連活動を行っているI.《イレギュラー》B.《ブレイン》との共同戦線であるとの主張から、M.《マルス》I.《イレギュラー》B.《ブレイン》を名乗っていますが、その信憑性は定かではありません」

 教科書通りの彼の返答に、試験官氏は再びうなずいた。

 だが、それが期待に添えた物だったかは定かではない。

 またしてもサングラスにより、表情が遮られてしまったからだ。

「信憑性が薄い、と判断した理由は?」

 そのサングラスを突き抜けて、鋭い視線と予想だにしない質問をスミスは投げ掛けてきた。

 一方、受ける側は突然のことに二、三度瞬きをした。

 無理もない。彼に与えられた情報は、あくまでも今までの調査の積み重ねによって導き出された『結果』であり、判断の材料ではない。

 沈黙を続ける彼に、スミスは唇の端をわずかに上げた。

 初めて見る表情の変化に、彼は姿勢を正す。

 それを確認してから、スミスは切り出した。

「そこで必要となるのが『経験』の積み重ねだ。場数を踏めば物事を判断する材料も、推測する事例も増える。君らには幸いなことに、それが可能だ」

 その言葉に、おや、と彼は首をかしげた。

 経験の蓄積は、本来『ヒト』のお家芸ではないか。

 それなのに何故、この人は他人事のように言うのだろう。

 そんな彼の混乱を見透かすように、スミスはさらに続けた。 

「何より、見た目に惑わされぬことだ。外見から得られる情報のみに頼れば、必ず足をすくわれる」

 神妙な面持ちで、彼はうなずき同意を示した。

 そして、早速実践すべく、彼は当人に気付かれないよう、試験官氏の再分析を開始し、そしてあることに気が付いた。

 まず、自分はその強烈な初対面時の印象に囚われていた、ということ。

 声の調子から判断するに、『冷酷』と言うよりは『冷静』の部類に入る。

 いや、正確に言えば声に『感情』と言うものが感じられないのだ。

 意図的にそれをコントロールしているのだとしたら、これが経験値の違いということか。

 妙に納得した時、不意に船内の照明が落とされた。

 反射的に天井を見上げる彼に、試験官氏は言った。

「夜間シフトに入ったようだな。しばらく休憩するとしようか」

 言い終わるなり、試験官氏はシートを倒した。

 どうやらしばらくの仮眠を決め込んだらしい。

 取り残された側は手持ちぶさたにしていたが、隣の試験官氏の呼吸が穏やかな物になっているのに気付き、改めてその顔を観察することにした。

 相変わらずのサングラスである。

 眠る時くらい外せば良いのに、などといらない心配をしながら、彼はふと、それを外してみたいという衝動にかられた。

 サングラスを見つめること、しばし。

 デイヴィットの中で、分析の材料のために、些細なことでも情報を集めたい、そんな欲求が生まれた。

 ヒトで言うところの『好奇心』が、理性を司る思考回路を上回った。

 細心の注意を払い、デイヴィットは隣の席ですっかり眠っている試験官氏の顔を初めて至近距離で見つめる。

 そして遂にそのサングラスに手をかけようとした時、予想外の物がデイヴィットの視界に飛び込んできた。

 丁度眉間の辺りだろうか。

 遠巻き、もしくは横顔しかまともに見ていなかったためずっとホクロだと思っていた『それ』は、至近距離の真正面で見て初めて極めて小さな傷痕であるとわかった。

 形状を見る限り、それは切開を伴う手術跡ではない。

 だが、彼は自ら導き出したその結論を『エドワード・スミス少佐』と言う名のフォルダに放り込むのをためらった。

 万一、導き出した仮定が正しかったとしても、脳のこの位置を手術する必要性がある病名を、彼は自己のデータベースから見つけ出すことができなかったのだ。

 何より、急所に近い位置からリスクをおかしてまで手術をする必要性があったのだろうか。

 全てが、解らない。

 謎に包まれた自分の試験官氏を、彼は未だ掴み切れずにいた。


     ※


 再び船内に明かりが戻ったのは、マルス到着の一時間前だった。

 再び身を起こした試験官氏は、隣の席で熱心に今回の報告書概要に目を通している『生徒』の姿を目にすると、わずかに意外そうな表情を浮かべた。

「ずっと見ていたのかな?」 

「いえ、一時間半ほど前からです。一応読書灯はつけておきましたが」 

 そう。彼には『暗視モード』が備え付けられているので、完全な暗闇のなかでも物を見るには不自由しない。

 にもかかわらずあえてそれをつけていたのは、『ヒト』と思わせるカムフラージュのためだ。

 だが、試験官氏の抱いた疑問は、そこではない所に存在していたらしい。

「本部からの申し送りによると、君は惑連に蓄積されている全ての情報から、必要な時に必要なだけ取り出せると聞いたが?」

「……ええ、まあ。本部からの直の命令とか、セカンドナンバー以降に開発された同胞の現在地把握とか」

 一度言葉を切って彼は資料を閉じ、改めて周囲を見回した。

 政情悪化も手伝って、彼らの周辺には他の乗客は見えず、客室乗務員の姿も認められない。

 それを確認してから改めて彼は口を開いた。

「こういった複雑で微妙な事項ですとか、データベース化が間に合わない最新の報告は、やはり資料に頼ることになにますね。残念ながら」

 もっともマルスに入れば、直接支局に入る報告を傍受できるようにはなりますが、と付け加えるデイヴィットに、スミス少佐は一緒首をかしげたようだった。

「通信の範囲内であれば、という訳か。……意外と不便なものだな」

「一応自分を構成している物質の大半は有機物なので。おっしゃる通りの機能を求めるならば、それこそロボットを開発したほうが良いかと」

 冗談とも本気とも取れるデイヴィットの言葉に、スミス少佐は初めて声をたてて笑った。

 けれどそれは、どことなく作り物めいた笑いだった。

 が、その様子を無言で見つめるデイヴィットの視線に気付き、スミス少佐はわずかに頭を垂れた。

「え……あの……?」

 戸惑うデイヴィットに、試験官氏は生真面目に答える。

「失敬。今のはおそらく、君らにとって非常に気に障る行為にあたるだろう。申し訳ない」 

 この一言に、デイヴィットは試験官氏の分析記録に新たな記述を加えた。

 意外と我々に理解があり、話せる人物の可能性有。ただし、過度の期待は禁物、と。

「それで……何か新しい発見はあったかな?」

 次に投げかけられた言葉は、デイヴィットが知るスミス少佐に戻っていた。

 一旦ゆるみかけた気持ちを引き締めると、彼は改めて報告書に目を落とす。

「いえ……その、やはりM.I.B.はI.B.とは無関係なような気がします」

 自信無さげな返答に、試験官氏はやや興味を引かれたようだった。

 ひじ掛けの上に頬杖を付き、唇の片端をわずかに上げて見せる。

「その根拠は?」

「自分が持っている情報を検索しましたが、I.B.の攻撃対象はすべて政府要人または惑連最高幹部に限られています。今回のように無関係な民間人を人質に取り、身代金を要求するという今回の件は、どうも共通点が見られないのですが」

 あえて彼は、断言するのを避けた。

 前にも後にも、彼自身の発する何気ない一言、そして行動の一つ一つが、今後の彼の運命を決めるのだ。

 用心し過ぎる、ということはない。

「確かにそれも一理ある。だが、こうとも考えられないかな?」

 そう言うと、スミス少佐はやや姿勢を崩し、足を組み直した。

 どことなく平板な声が通り過ぎていく。

「組織とは存外、頭が変わると性質も変わる。それに、大きくなればなるほど、統一感を保ち続けるのは、難しくなる」

 その言葉を反芻はんすうし、デイヴィットはある結論に達した。 

「では、M.I.B.は一枚岩ではない、と言うことですか?」

「そう判断するのは、まだ早い。だが、可能性は十二分にある」

 そして、試験官氏はやや皮肉な笑みを浮かべる。

 すい、と顔を真正面に向け、件の皮肉な笑みを浮かべながら更に続けた。 

「その可能性が現実ならば、交渉次第では相討ちを仕組むこともできる。……まあ、もっとも、今回それをしてしまうと、越権行為になってしまうのだが」

 まったく悪びれもせずに、なんとまあ物騒なことを言うのだろうか。 

 デイヴィットは呆れながら、試験官氏の横顔をまじまじと見つめた。

 一方見つめられる側は、素知らぬ様子で窓の外に広がる漆黒の闇へと視線をさ迷わせている。

 そしてふと、急に何かを思い出したかのように切り出した。

「そう言えば、人質の名簿は、資料の中に入っているかな?」

 こちらに、と言いながら、デイヴィットは手にしていた資料ファイルの中から一つを選び出し、それを手渡した。

 スミス少佐は、しばらくそれを眺めていたが、ふと、ページをめくる手が止まる。そして、何やら低くつぶやく。

 音声として捉えられるぎりぎりの周波数のそれに、デイヴィットは耳を疑った。

 ──奴らもあながち、馬鹿というわけではなさそうだな──

 確かに、そう聞こえた。

 彼があわててその理由を問いかけようとした時、船内に鈍い衝撃が走る。 

「重力圏に入ったようだ」

 短くスミス少佐は言う。

 試験官氏が資料から何を見い出したのか尋ねる機会を失ったデイヴィットはうなずくと、シートベルトを締める。 

 船は、マルスへと引き寄せられていった。 

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