由宇は嵐山龍馬がこの部屋に謝罪に来た時、遅かれ早かれこんな夜が来るだろうと予想しあらかじめ彼の部屋着と肌着を準備していた。
「これは」
「いつか嵐山さんがお泊まりにいらっしゃるだろうと思ってご用意しておきました」
洗面所には青い歯ブラシ、真新しい髭剃りも準備されていた。
心の声一同(ーーーーーー女神か!)
そこで嵐山龍馬はビジネスバッグの中からクリアファイルを取り出した。それは緑色の枠で囲まれていた。
「ーーー離婚届、ですか?」
「はい」
以前、市役所の戸籍住民課で嵐山龍馬と受付担当者の一悶着を目の当たりにしていた由宇は笑いを堪え、まるでそれを初めて見るかの様な振りをして見せた。
「離婚されるのですか?」
「はい」
「お相手のお名前がない様ですが」
「手違いで書き直す必要があり現在手続き中です。私は前の妻から慰謝料を受け取っています。書類上は夫婦ですが実質は他人です」
「面倒なお話しですね」
「はい、面目無い」
由宇はクリアファイルを返した。すると嵐山龍馬はビジネスバッグからもう1枚のクリアファイルを取り出し由宇に手渡した。
「これ、は」
そこには嵐山龍馬の氏名、本籍、現住所、父親の名と続柄、2人の証人の名前が既に記載され印鑑が捺されていた。
「幸薄そうな茶色ですね」
「由宇さんもそう思われますか?」
「は、はい」
それは婚姻届だった。
「由宇さん」
「は、はい」
「私と結婚を前提にお付き合いして下さい」
「結婚を前提に、ですか」
由宇はクリアファイルを返すと床に指を突き深々と頭を下げた。
「由宇さん?」
「ありがとうございます」
「では、ご了承頂けるのですか!」
「いいえ、私たち出会ってまだ1週間です」
「そうですね」
「嵐山さん、私も嵐山さんももう良い年齢ですから惚れた腫れたで結婚する訳にはゆきません」
「そうかもしれませんが」
由宇はその手を握った。
「嵐山さん、これからは良い関係で、ね?」
「由宇さん」
嵐山龍馬の耳元でそう囁いた由宇はワンピースのボタンをゆっくりと外し始めた。
「ゆっ、由宇さん!」
嵐山龍馬は由宇の指先を握りその動きを制した。
「どうなさいました?」
「この様な事は結婚を前提にしなければ!」
心の声D(何言ってんだよ、ごるあ!)
心の声A(あーあ、良い人ぶっちゃって)
心の声B(良い人なんですから!仕方ないでしょう!)
心の声C(由宇の反応や如何に!)
由宇は呆れた顔をした。
「もう私たち
「そ、それは」
嵐山龍馬は下を向いてごにょごにょと言い訳じみた事を呟き始めた。
「やっぱりーーー私に女としての魅力はありませんか?」
「そっ!それは!」
「お酒を飲んでいないと出来ませんか?」
「そんな事は!」
「由宇さん」
喉仏が上下した。
「私はこれまで結婚を前提とした間柄の女性としか関係を持った事がありません」
「えっ!?」
「え?」
「食い放題じゃないの!」
「く、食い放題?」
「はぁ!?そんなにハイスペックなのに
「ば、バンバン」
「そうよ!バンバンよバンバン!」
「ゆ、由宇さん、バンバンなハイスペックってなんの事ですか?」
由宇は手のひらを開き1本、2本と数え始めた。
「顔面良し、高身長、高学歴、高給取り、家柄良し」
「はぁ、ありがとうございます」
「それに」
「それに」
「とてもお優しくて誠実な方だと思っています」
由宇は斜め45度の俯き加減で頬を赤らめた。
ぐらり
嵐山龍馬の微妙で意味不明なこだわりが音を立てて崩れようとしていた。
心の声D(ひょーーっ!色っぺえ!)
心の声B(お下品ですよ!)
心の声A(これは)
心の声C(押し倒すべきだと思う人、挙手)
心の声一同(賛成)
満場一致で可決され、嵐山龍馬はその身体を抱き上げるとベッドの上に由宇の身体を投げ出した。
「由宇さん」
嵐山龍馬はTシャツを脱ぎ捨てると由宇のワンピースのボタンに指を掛け外し始めた。
「嵐山さん」
その胸板は程よく厚く滑らかな肌をしていた。由宇は思わずその肌に触れしっとりと汗ばんだ身体と汗の匂いを堪能した。ボタンホールをすり抜ける白いボタン。
「由宇さんが誘ったんですよ」
「そうね、誘ったわ」
ゆっくりとワンピースの身頃をはだけると小ぶりな乳房、程よい大きさの乳首が現れた。思わず唾を飲み込む。
「誘ったからには覚悟して下さい」
「なにを覚悟するの?」
「婚姻届に名前を書いて貰います」
「ふふふ、まだそんな事言って」
「もう決めたんです」
乳房を掴んだ手のひらは熱く、由宇の皮膚はその荒い息遣いを感じ期待に打ち震えた。
「あ」
小刻みに上下する舌先が突起の周囲で円を描き吸い付いた。何十年ぶりかの感覚が先端に集中し、由宇は思わず身体を仰け反らした。然し乍ら逞しい腕がそれを逃さず執拗に舐めとられ思わずため息が漏れた。
「ん」
嵐山龍馬は額から頬、唇へと伝う愛撫は封印した。正確には由宇と出会い、いつか来るであろうこの日の為に大人の娯楽映画をレンタルし性行為について一から学び直した。
こっ、こんなーーー!こんな事が!
高等学校時代は大学進学一直線で脇目も振らず受験勉強に励んだ。大学時代は大学院生になる為に論文作成に勤しんだ。大学院で出会った女性と
心の声A(あれもセックスが下手だったからじゃね?)
心の声B(勉学に励みすぎたのね)
心の声C(アダルトビデオを見れば良いと思う声)
心の声一同(賛成)
心の声D(マニアックなのはアウトな)
元来その素質はあった。
心の声D(むっつりなんとかだな)
毎晩羽毛布団を抱きしめ脳内でシュミレーションを繰り返し、そして現在に至る。由宇は想像以上に悶え頬を赤らめていた。
心の声B(学んだ甲斐がありましたね!)
両の乳房を堪能し尽くし、ようやく口を大きく塞ぎ舌を絡めあった。脳髄が痺れそれはもっと欲しい欲しいとむしゃぶりついた。由宇はその頬を優しく包み込んだ。
「いやだ、痛いわ」
「申し訳ない」
「キスはこうするのよ」
妖しげな微笑みを浮かべた唇から生き物の様な舌が這い出し嵐山龍馬の唇を舐めまわすと口の中へと押し入った。歯茎、舌の裏側、所狭しと這い回る柔らかい舌に肘が震えた。
「ん」
「ね、嵐山さん気持ち良いでしょう?」
「は、はい」
ベッドに肘を着いた嵐山龍馬は転がされると由宇がその上に跨った。
心の声一同(な、なんじゃこりゃーーーーー!)
ベッドサイドの灯りに照らし出された由宇はワンピースを脱ぎ捨てると足先を使ってトランクスをずり下げた。
嵐山龍馬は2番目の妻に「セックスが下手」という理由で逆三行半を突き付けられた。酩酊状態で受けた夜のお悩み相談室でも「15分しか出来ないんです」と店のカウンターに泣き伏せた。
(このまま放置するのも気の毒だわ)
由宇は枕元の時計を見た。只今の時刻2時05分。目指せ30分超え!嵐山龍馬に跨った由宇はその首筋に顔を埋め耳たぶを甘噛みし首筋に舌を這わせた。
「ゆ、由宇さん」
「あなただけ愉しむなんてずるいわ」
その手は両肩を掴み胸、
「ちょっ」
「しっ、黙って」
熱いものは既に形を変えていた。由宇はその先端に軽く口付けをし、また臍を伝い胸で嵐山龍馬の恥ずかしそうな顔を見上げた。
「素敵よ」
「ゆう、由宇さん」
心の声一同(なに、この展開、着いていけないんですけど!)
由宇はその手を握ると自身のインナーへと導いた。
「さ、触っても」
「触って」
インナーの縁から中へ指を滑り込ませると茂みの中は湿り糸を引いていた。由宇は無言でインナーを脱ぎそれを惜しげもなく差し出した。
「挿れても」
「ーーーー」
恥ずかしげに頷いた由宇の中は
(私の指が由宇さんの中に入っている)
そして中央で膨らみ始めた突起を親指で触れた。
「あ」
由宇の腰は跳ね上がり漏らした声に恥じらいながら顔を隠した。
「動かしても良いですか」
返事を待つ間もなくそれを上下させた。
「ん、ん」
由宇の中に浅く深く惹き込まれる音と栗の花の様な匂いが立ち昇った。乳房を揉みしだきながら指を動かすとマットレスを軋ませ由宇が腰を前後に動かし始めた。
心の声一同(あーーーー!あれが無い!)
コンドームはリビングのビジネスバッグ、長財布の中で出番を待っている。あんな場所まで取りに行く等以ての外、熱く形を変えたものが萎んでしまう事は明白だった。
心の声一同(なにやってるんだーーー!)
すると由宇がナイトテーブルの引き出しからコンドームを取り出すと封を開いた。「嵐山さんの為に買ったのよ、恥ずかしかったわ」そう呟きながら先端の空気を抜くと形を変えたそれの根本まで被せた。
心の声C(ご、ご奉仕されているーーー!)
心の声A(も、もう駄目、出そう)
心の声B(だっ駄目ですよ!)
心の声D(あーー気持ちええわぁ)
初めての行為に嵐山龍馬が慄いていると由宇はそのまま根本を持って中へと導いた。萎びかけたものに力が
「あ、嵐山さん」
その腰の動きは嵐山龍馬を翻弄し極限近くなるとそれは半ばまで抜かれて焦らされた。抜き差しされる度に響く淫靡な音、それを聞いているだけで目眩がした。何度繰り返されただろうかそれは突然抜かれ由宇がベッドに横たわった。
「挿れて下さい」
「ゆ、由宇さん」
嵐山龍馬は膝を抱え上げると腰を思い切り奥へと押し込んだ。
「んっ!」
眉間に皺を寄せた由宇は「ゆっくり、ゆっくり動いて、ね」と声を掛け、2人は前後にゆるゆると腰を振った。
「き、気持ち良い」
心の声一同(あーーーーなんやこれーーーたまらーーん)
波のように寄せては返す快楽、思わずそんな言葉が転げ出た。
「ん」
「ゆう、さ」
緩やかな刺激も繰り返されると流石に極限が訪れる。先端に集まった血流はそれを外に押し出そうと今か今かと待ち構えていた。これには耐えきれず苦悶の表情を浮かべると由宇自らが腰を振り始め下腹を嵐山龍馬の陰部に擦り付けた。
「ちょっ、由宇さん」
由宇の呼吸は荒く身体全体が熱を持ち恍惚の面差しで嵐山龍馬の腰に脚を絡み付けた。
「んっ」
絶頂を迎えた由宇の爪先は開き切っていた。
心の声一同(あ、あかん、もうあかーーーーん!)
由宇の中で締め付けられた嵐山龍馬は腰を奥まで突き出すと下半身を震わせてコンドームの中に白濁した体液を放った。
心の声一同(あっちゃーーーー!出てもうたやーーん!)
(また、15分か)
嵐山龍馬は肩で息をした。由宇はコンドームが体内から抜かれる感触に一連の行為が終わってしまった名残惜しさを感じた。
「ねぇ嵐山さん」
「はい」
「今、何時何分」
「2時55分過ぎです」
事後処理をする嵐山龍馬の背中に由宇は指先で大きな丸を描いた。
「嵐山さん、もう15分じゃないわよ。私も大満足、最高だわ」
「えっーーーー」
「2時05分にキスをしたの」
「えっ、まさか測ってたんですか!」
嵐山龍馬は驚いた顔で時計を二度見した。
「20分以上、細かく言えば25分よ、おめでとう」
「そっ、そう!」
「奥さまたちにも問題があったんじゃないの?」
心の声A(苦節ん十年、長かった!)
心の声B(やりましたね!)
心の声C(頑張った甲斐があった!)
心の声D(ーーーーもう一回したい)
「由宇さん、良いですか」
「勿論よ」
2人はそのままベッドに倒れ込み、コンドームの空袋は合計3個となった。