「……てめえ、オレに何をした」
床に転がっていた男は、もう一人の肩を借りてゆっくりと立ち上がると、ロックを睨み付けた。
「別に何も、お前が自分から寝転がっただけだろ」
男に言われてロックが言葉を返す。
と同時に、男が剣を引き抜いた。
「ロック!」
思わず、名前を呼ぶ。
けれどもロックはまたもや手で制し、何もするなと合図する。
二体一でロックを倒すつもりなのだろうか。剣を構える男に加えて、もう一人は杖先をロックへと向ける。これはわたしも加勢した方がいいかもしれない。
たとえ役に立たなくても、と考えていると、周囲が騒がしいことに気付いた。
「……何よこれ」
ギルド内が盛り上がっている。
職員や他の冒険者が止めに入るどころか、この状況を大いに良しとして騒いでいた。
「ちょっと、止めなさいよ!」
「え? えっと……私がですか?」
「決まっているでしょう!」
受付の女性職員に声をかける。
今すぐに止めるべきだ、そうしなければ怪我人が出てしまう。
しかし、その職員は苦笑しながら返事をする。
「この程度のことで止めに入るわけないじゃないですか」
「こ、この程度……? 貴方、本気で言っているの?」
「はい。いつものことですから」
ロックは言っていた。
このようないざこざは日常茶飯事なのだと。
故に、ギルド職員も手を出さず、基本的に放っておく。
きっとそういうことなのだろう。
わたしの常識が通用しない世界に、軽い眩暈を起こしそうになる。すると、
「うーん、でもそうですね……貴女が困る姿は見たくありませんし、せっかくなので止めておきましょうか」
そう言って、重い腰を上げて受付から前へと出て来る。
このときばかりは『溺愛』に感謝だと思った。でも、
「必要ない」
ロックが首を横に振る。
続けて口を開いた。
「得物を抜いたということは、逆に何をされても構わないということだ。……つまり、この二人にはその覚悟がある。俺はそう解釈した」
違うか?
ロックは訊ねる。すると剣を持った男が怒りのままに「当然だ!」と叫び、横一線に振り抜いた。
……と思ったら、途中で起動が変わる。
ロックの体を真っ二つに斬り裂くかと思われた剣は、何故か床を斬り付けていた。
「なっ、……はっ? 剣が床に刺さって……?」
いったい何が起きたのか、と男が目を見開く。
自分でも理解できないのだろう。疑問に思考を支配された男に対し、ロックが簡単に説明する。
「見えなかったのか? 俺はただ手で弾いただけだが」
「て、手で……弾いた? そんなホラが通じるとでも……」
そう言いつつも、その男は困惑を隠せないでいる。
躊躇いなく振り抜いたはずの剣が床に刺さっているのだから当然だ。それを手で弾いたと言われてしまえば、自ずと理解するはずだ。
自分たちと、ロックとの実力差に……。
「はぁ。面倒だからまとめてかかってこい。雑草を抜く前の準備運動にはなるだろう」
そう言うと、ロックは二人に見えるように手を前に出し、いつでもどうぞと指を動かし応えていた。