「凄い人の数……」
フォルトナ共和国に到着し、わたしはまず人の多さに圧倒されていた。
あらかじめ聞かされてはいたし、その大きさを遠目にも確認していた。それでも実際に足を踏み入れてみると、王都との違いに驚かざるを得ない。
「止まったらぶつかるぞ」
「あ、うん」
道の真ん中で呆気に取られていると、ロックに声をかけられる。
確かにこのままだと人の波に呑み込まれて倒れてしまいそうだ。気を付けよう。
「まずはギルドに行くのよね?」
「ああ。冒険者証の申請と魔石の換金だ」
それが終わったら、次は宿の確保に向かう。
角兎の干し肉を食べたから、お腹の具合は悪くない。ご飯まで我慢することができそうだ。
「……あ、いい匂い」
と思ったのも束の間。
再び、わたしの足が止まる。
匂いの許を辿って目を動かすと、屋台が並んである。
「……はぁ。どれが食べたいんだ」
「え? ……いいの? ギルドに行くのが先でしょう?」
「何度も立ち止まられたら溜まらんからな。但し、一つだけだぞ」
「! 分かったわ!」
ロックのお許しを得て、わたしは屋台の傍へと駆け寄る。
何の肉か分からないけど、串焼きが売っていた。これが美味しそうな匂いの素のようだ。
「おじ様、二つくださる?」
「あいよ! 二本で銅貨二枚もらうぜ!」
屋台の店主に言われて、わたしはロックに目を向ける。
既に財布から硬貨を取り出していたのだろう。ささっと支払いを済ませてしまう。
一本ずつ、ロックとわたしは屋台の前で立ったまま食べてみる。
「……んん~、美味しい!」
これは美味しい。
ロックが作ってくれる魔物料理ももちろん美味しかったけど、そのどれもが野性味に溢れていた。必要最低限の調味料しか手元に持たないからだ。
この串焼きも見た目は似たようなものだけど、調味料がよく聞いている。だから味の幅があるのかもしれない。
「ねえ、ロック? わたしが持つから、次に外に出るときは、もっとたくさん調味料を持っていきましょう」
「却下だ。結局俺が運ぶことになりそうだからな」
「もうっ」
即、否定されてしまう。
ロックの腕があれば、もっと美味しい魔物料理を作ることができるのに、勿体ない。
「いやー、お嬢ちゃん! 可愛いし美味しいって言ってくれるから、もう一本オマケしちゃうぜ!」
「あっ、……ありがとう、おじ様。嬉しいわ」
一本食べ終えると、屋台の店主がもう一本オマケしてくれた。
そして思い出す。
この店主の優しさも『溺愛』の効果かもしれないと。
申し訳なく思いつつも店主から受け取り、頬張る。
うん、やっぱり美味しい。
「なんならもう一本サービスしちゃうぜ! ほら、どうだいお嬢ちゃん!」
「っ、いえいえ! もうこれで十分ですから!」
さすがにこれ以上はいただけない。
店主にも悪いし、他のお客さんの目もある。
ここ数日間、ロックと行動を共にしていたから忘れていたけど、『溺愛』はわたし自身をダメにするスキルだ。しっかりと気を引き締め直す必要がある。
「……? ロック、黙っちゃってどうかしたの?」
ふと、視線を感じて振り向くと、ロックがわたしをじっと見ていた。
気になって話しかけてみると、ロックは「なんでもない」と返事をして、黙々と串焼きを食べ続けていた。