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【35】逃げるが勝ち

 マルスが蹲る舞台上に、兵士たちが一斉に集まる。

 周囲を固めて、長盾を構えて追撃に備えた。


 どこから沸いて出てきたのか、逃げ惑う民たちの間を抜けたエリック派の兵士たちが武器を手に舞台目指して駆け出す。


「くっ、……いったい何者だ、このオレを攻撃するなど、万死に値するぞ……っ」


 自力で矢を引っこ抜くと、魔法を使える兵士がマルスの肩に回復魔法をかける。

 傷口が少しずつ塞がっていくが、それを敵が悠長に待ってくれるはずもなく。


「――がっ」

「ッ、おい、お前! オレの肩を回復……っ」


 マルスが声をかけるが、既に息絶えている。

 回復魔法をかけていた兵士は、頭を射抜かれていた。


「クソッ、蛮族め……ッ!!」

「蛮族ではない! 我は王家の血を引く者だ!」


 聞き覚えのある声に反応し、マルスが目を向ける。

 視線の先に映るのは、弟のエリックの姿だった。


「エリック……!? き、貴様ッ、貴様がこのオレの晴れ舞台に泥を塗ったのか!」

「黙れクソ野郎! それよりもメルはどこだ! どこに隠した! 大人しく差し出せ!」

「愚弟が! 貴様のような凡人にメルは渡さん! メルはオレの女だ!!」

「じゃあ死ね! お前に用はない!」

「バカが! 貴様が死ね!!」


 阿鼻叫喚となった城下町で、マルス派とエリック派による全面対決が幕を開けた。


 その一方、時間は少し遡る。


「ああ、どうしよう。どうすればいいんだ?」

「もうっ、落ち着いてちょうだい。そんなに慌てふためいても何も変わらないでしょ」

「そうは言っても、落ち着けるものか。我が愛しの娘が家出したんだぞ? 居ても立っても居られなくて当然だろう」


 メロール邸の一室にて。

 メルの父は、文字通り頭を抱えていた。


 メルの残した書置きを見て、愛する娘が家出したことを知ったのだが、そんなことをマルスに言えるはずがない。


 もし、マルスに知られてしまったら、メルは死罪を免れないだろう。王族に逆らったのだから当然だ。


 故に、メルの両親はメルを守るために知らぬ存ぜぬを貫くことにした。

 そして、メルの書置きを信じて叔父の許を頼ることを決めた。


 メルの指示に従い、両親は持ち運び可能な財産を全て馬車に詰め込み、メロール邸の外へと出た。すると、丁度すれ違いでマルスと兵士たちが訪ねて来るのが見えた。

 まさに危機一髪と言えよう。


 しかし、馬車を走らせ東門の傍へと近づくと、兵士たちが検問を行っているではないか。

 慌てて馬車を停める。


 とにかく、門を通り抜けなければ外には出られない。

 王都を脱出するために、人気のない路地に馬車を停めて様子を見ることにした。


 それから暫くすると、今度は大広場がある方向から怒号や悲鳴が響いた。

 マルス派とエリック派が戦闘を開始したのだ。


 この国で何が起きているのか定かではないが、様子を見に行く余裕はない。

 幸いなことに、門の前にいた兵士たちが大広場へと向かう姿が見えた。


「……よし、逃げよう」

「ええ。叔父のところへ行くのよ」


 こうしてまんまと王都の外に出た二人は、叔父が待つ東のオークリスタ公国へ向けて馬車を走らせるのだった。

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