『心眼』を使わずに魔人と戦うのは、これが初めてだった。
心を閉じることで魔人の動きを視て行動することはできなくなったが、ロックは地力がある。世界的に見ても片手の指で数えるほどしかいない五つ星の冒険者だ。
故に、というべきか否かは定かではないが、ロックは魔人ギルデオルとアレクの首を獲ってみせた。
但し、『心眼』を使わずに一人きりで戦った影響とでも言うべきだろうか。
代償として左足を失った。
応急処置を施したあと、飛行魔法を使っては休息を取り、半日足らずで帝国へと戻ることができた。そのときのロックは、魔力が枯渇しており、足も失った状況で、今にも死んでしまいそうだった。
だが、これでようやく助かる。
そう思ったのも束の間、帝国でロックを待ち受けていたものは、死刑宣告であった。
妾の子とはいえ、ロックはアレクをその手で殺めた。
その罪を償うには、死あるのみ。
もちろん、ロックは反論した。
アレクは出会ったときから魔人側に付いていた。操られていたのだと。
しかしながら、帝王は聞く耳を持たなかった。
足を失った英雄など用済みと言わんばかりの扱いであった。
更に加えて、ロックが飛行魔法を使って空を移動する姿を大勢の帝国民が目撃している。
禁呪の使用は大罪だ。故に、死を免れることはできなかった。
死刑が執行されるまで、ロックは牢の中で待つことになったが、大人しく応じるつもりはない。枯渇寸前の魔力を絞り出して再び飛行魔法を使うと、国境を越えて王国領土へと命からがら逃げ延びた。
それから数年の月日が流れた。
「……どうして、話してくれたの」
「お前が聞きたいって言ったんだろ」
「そうじゃなくて! スキルのことよ! ……ロック、貴方……今までずっと秘密にしていたのでしょう?」
スキルを教えるということ。それは諸刃の剣に等しい。
もし、その相手が信用に足らない人間だとしたら……。
「……似た者同士だと、思ったんだ」
「似た者同士……?」
そう言うと、ロックはわたしの目を見る。
きっと、今も『心眼』は閉じているに違いない。
それでもわたしは、ロックに見つめられると、心の奥を見透かされるような気がした。これはいったい……。
「メル。お前も何か隠してるだろ?」
「え」
「『心眼』の副作用っていうのか、心を閉じていても大抵のことは読めるようになったんだ」
ロックは察している。
わたしが『溺愛』を隠しているということを。
「……ええ、正解よ。それが三つ目の依頼に関係するわ」
それに関しては、もう解決済みだ。
わたしの『溺愛』が効かなかったのは、ロックが『心眼』スキルを所持していたからだったのだ。
「……知りたい? わたしの秘密を……」
ロックの秘密を知った今、わたしはつい、訊ねてしまった。
わたしの秘密を口にしようかと。でも、
「馬鹿が。乙女の秘密を暴くほど野暮じゃない」
そう言って、ロックは肩を竦める。
「……まあ、なんだ。笑いたければ笑えばいい。魔人を倒したのは事実だが、結局俺は尻尾を巻いて逃げたようなものだからな」
「なっ、笑うわけないじゃない! ロックッ、貴方は……ちゃんと魔人を倒した! モルドーランの英雄としての役目を果たしたのよ! それなのに……それなのにっ!」
気付けば、わたしは泣いていた。
それもそのはず、わたしには理解できるから。
ロックが生まれながらに持つ『心眼』が、どれほど辛いものなのか、痛いほどに分かるから。
『溺愛』と『心眼』は、似た者同士のスキルだ。
そしてだからこそ、『溺愛』が効かなかったのだ。
『心眼』を閉じてしまえば、ロックは己の心を何物からも守り抜くことができる。
これは『心眼』を持っているが故の恩恵と言えるだろう。
もしもロックが今ここで『心眼』を使ったら、彼もまた他の人たちと同じようになるだろう。『溺愛』を持つわたしのことを溺愛したくてたまらなくなるはずだ。
そんなのは嫌だ。
そんなロックの姿は見たくない。
どうせなら、『心眼』を使うことなく溺愛……いいえ、わたしのことを好きになって欲しい。そう思ってしまった。そして気付いた。
初めは好奇心だった。
どうして彼には『溺愛』が効かないのだろうかと。
でも、彼と行動を共にすることで、わたしの中のその気持ちは変化していた。
わたしは……いつの間にか、ロックに恋をしていたのだ。