ノアとロイルの二人がゴブリン討伐を果たした頃、王都北部の山脈地帯に作られた洞窟内に、彼等の姿があった。
「おい! エリーザ! さっさと【ヒール】を寄越せ!」
「うるさいのよっ、ボド! 私の役目は攻撃なの! 回復したければポーションでも飲みなさい!」
大柄の男の名はボド。そして細身の女性の名がエリーザ。この二人は、ノアの元仲間だ。
荷物持ちで役立たずのノアをパーティーからクビにした後、ギルドで転び続けて大恥を掻いたボドは、憂さ晴らしを兼ねて新しいクエストを受けていた。
「バカ野郎! さっき使ったのが最後のポーションなんだよ!」
「だったら薬草でも出してもしゃもしゃ食べてなさいよ! ああもうっ、次から次にゴブリンが……ッ!」
「薬草の回復量なんてたかが知れてんだよ! 分かったら俺に【ヒール】をかけろ!」
「さっきから何度も何度もうるさいのよ! だから使えない男は嫌なのよ!」
「――はあああっ!? てめえっ、今なんつった!!」
たとえ攻撃を受けても、今まではノアが状況を瞬時に把握し、荷物から薬草を取り出して上手に手渡してきた。そして囮を引き受けている隙に回復することが出来た。
だが、彼女はもういない。
ノアの功績を、たった一度も理解しようとせず、あっさりとクビを切ってしまったから。
「畜生ッ、これ以上やってたら全滅だ! 今すぐ撤退するぜ!」
「言われなくても分かってるわよ! でも数が多すぎて……ッ!」
「ああ、だからいいんだよ! エリーザ、てめえが囮になってくれるからな!」
「なんですって!?」
ゴブリンの群れは、そのほとんどがエリーザに向かっていた。
そのおかげで、ボドは一人だけ逃げる隙がある。
「ちょっと待ちなさいよ! わたしだけ置いていくなんて許さないわよ!」
「うるせえんだよ、このクソゴミ野郎が! 俺の役に立たないやつなんて仲間でもなんでもねえ! ゴブリンにやられて死んじまえ!」
「うっ、裏切り者ッ!!」
エリーザの声を背に、ボドは来た道を全速力で駆けて戻る。エリーザが死のうが関係ない。自分が生きてさえいればそれでいい。パーティーはもう一度組みなおせばいいのだ。しかし、
「ぐはっ!?」
突如、後頭部に衝撃が奔る。
まるで鈍器で殴られたかのような……。
「ギッ、ギギッ」
「ぐっ、嘘だろ……? ゴブリンファイターがいるなんて聞いてねえぞ……ッ!!」
――ゴブリンファイター。
格闘技術に特化したゴブリンの上位種である。しかも、一体ではなく二体も。
目を凝らしてその先に佇む魔物の姿を確認してみれば、そこにはもう一体……。
「ご、ゴブリンメイジも……」
格闘に特化したゴブリンファイターとは異なる、ゴブリンメイジ。こちらは魔法に特化した上位種だ。
ゴブリンの上位種に退路を断たれたボドは、天を仰ぐ。
こんな時に背を任せられる仲間がいれば、まだどうにか切り抜けることが出来たかもしれない。
だが、現実は非情だ。
囮役で荷物持ちのノアはパーティーをクビになり、後方からの攻撃役のエリーザは囮として見捨ててきた。
残されたのは、ボドただ一人。
「は、ははは……こんなことなら、ノアも囮役として残しておけばよかっ――グビャッ!!」
足を潰され、悶絶する。悲鳴にならない声を上げる。
ノアの元仲間達の冒険は、呆気なく終わりを迎えることとなった。
しかしながらその事実を知る者は、今はまだいない。