「……あ、あれ? これって、このゾワゾワするのって……」
「感じる? ノアの中の魔力を動かしてるんだ」
ロイルはノアの手を握ることで、ノアが持つ魔力に直に触れ、干渉した。それは、【魔眼】を持ち、魔力の流れを視ることが出来るロイルだからこその芸当だ。
「ノアの体の奥に眠ってる魔力に触れて、少しだけ起こしてあげたんだ」
「そ、そんなことが出来るんですか……うっ、うぅ、なんだか頭が……」
「おっと、ごめんごめん。無理させちゃったかも」
過去に感じたことのない魔力の流れを前に、ノアは魔力酔いを起こす。
これは魔物を倒して経験を積み、成長を続ける過程で少しずつ起きる現象なのだが、ロイルはそれを【魔眼】の力で強引に引き起こしたのだ。
「ノア、きつくない?」
「だ、大丈夫……落ち着いてきました」
ロイルが手を離すと、ノアは何度か深呼吸をする。
眠りから覚めた魔力を自分の体に馴染ませるように、ゆっくりと時間を掛けて……。
「……これ、初めての感覚です」
半年も冒険者をしているのだから、魔力酔いの一つや二つ、経験があって当然だ。
けれどもノアは、生まれてからずっと魔力がゼロのままだった。
眠っている分の魔力が起きた試しはなく、魔力酔いの経験もゼロだ。
つまりこれが、ノアの初体験である。
「とりあえず、ノアの魔力量を十マナまで増やしておいたから」
「そうですか、魔力量が十マナに……えっ?」
ノアの反応を見て、ロイルは頬を緩めて頷く。
「その程度で驚いたらダメだよ? 眠ってる分を合わせると万を超えるんだからさ」
「そ、それはそうかもしれませんけど! でも、エリーザ……あっ、えっと、前のパーティーの方なんですけど、その方でも魔力量は十マナぐらいだったんですよ!?」
「じゃあこれで、ノアも追い付いたってことだね」
あっさりと、ロイルが言う。
魔力量は、人によって差が大きい。
一般人や、冒険者に成ったばかりの新人で、一マナから五マナ程度。
一皮剝けた大銅等級の冒険者が十マナ前後、腕の立つ銀等級の冒険者になると、五十マナを超えてくる。
つまりノアは、大銅等級の冒険者に匹敵する魔力量を一瞬にして手に入れたことになる。
「あ、あのっ、これってもっと出来るんですか? たとえば、今日中にもっともっと増やすことって……!」
「無理は禁物だよ、ノア。今までゼロだった魔力量が一気に十も増えたんだ。体への負担もあると思うし」
「ッ、……確かに、そうですね。魔力が増えたのは実感出来ますけど、何だか落ち着かないというか、体が熱くて……言うことを利かない感じがします」
深呼吸をして落ち着いたと思っていたが、どうやらまだ体は興奮しているようだ。
ノアは、自分の脈が速くなっていることを確認し、再度息を整える。
「その量に慣れたら、また少し眠ってる魔力に起きてもらおう。で、増えた魔力に慣れて自分のものにする。この繰り返しかな? 何事も無ければ、すぐに百マナを超えるだろうね」
「い、百マナ……? このわたしが……ッ!!」
百マナ。それは銀等級よりも更に上、大銀等級に肩を並べるに等しい魔力量である。
その領域に至ることが可能なのだと知り、ノアは身震いした。
「あのっ、ロイル! ありがとうございます!」
「ん? 急にどうしたの」
「わたし、小さい頃からずっと賢者様に憧れていて……でも、魔力がゼロだから誰にも言えなかったんです。だけど諦めきれなくて、あることを切っ掛けに家を出て冒険者になったんですけど、せっかく入ったパーティーをクビになって……」
冒険者になってからの半年間、ノアの魔力はゼロのままだった。
スキルを使いたくても魔力がない。出来ることといえば、荷物持ちと囮役ぐらい。そんな日常を受け入れてさえいた。
「ノアなら、なれるよ」
ずっと変わらぬ日々を変えるために、自分の意見を口にした途端、パーティーをクビにされた。冒険者を続けることも許されないのかと悲観した。
けれどもそこに、ロイルが手を差し伸べてくれた。
「向いてるか向いてないか、そんなことはどうでもいいさ。ノアはノアの好きなように生きればいいんじゃない?」
「わたしの、好きなように……」
「そうすればきっと、世界中の皆が認めるような大賢者にだってなれるさ」
「……ッ!!」
その言葉が、心に沁みていく。
ゼロだったはずの魔力を感じ取るかのように、ゆっくりと浸透していく。
「以上、僕のスキルでした。……ってことで、次はノアの番だね」
言われて、ノアは頷く。
いつの間にか、ロイルの目の色は元に戻っていた。【魔眼】を解いたのだろう。最初に見た時は驚いたが、真っ白な瞳も悪くない、むしろかっこいいかもしれない……と、モヤモヤ思考を巡らせる。
まだ興奮は治まらない。
だが、ノアの心の中には、確かなものが一つある。
ロイルが傍にいてくれるなら、もう一度、心の底から冒険を楽しむことが出来るだろう。そして夢を叶えることも不可能ではないのかもしれない。
だからこそ、ちゃんと目を見て言おう。
ノアは、そう思うのであった。