「うっ、鼻が……」
異臭で、もげそうになる。
つまんでも防ぐことができない。
ボドとエリーザの荷物持ちとして、ポイズンマウスを狩りに向かったまではよかったが、結果は最悪のものであった。
「チッ、クソネズミ共がちょこまかと動きやがって……!」
薄暗い地下水路で斧を振り回すボドの足元には、こと切れたポイズンマウスが数匹。汚水とポイズンマウスが発する毒の匂いによって、異臭が漂っている。
衣類にも匂いが染みついているので、地上に戻り次第、洗いに出した方がいいだろう。
「こいつ一匹で銅貨五枚とか割に合わねえ仕事だぜ……おい、荷物持ち! さっさとこいつらの魔石を抉り出せ!」
「はっ、はい!」
言われて、ノアは小型ナイフを取り出す。
魔物を討伐した証明として、冒険者はギルドに魔石を渡す必要がある。これが無ければ魔物を討伐したとは見なされず、クエスト達成とはならない。
つまり、報酬を受け取ることが不可能となる。
故に、世の冒険者たちは、己が倒した魔物の体内から魔石を抉り出すという面倒な作業を強いられている。
「う、っ」
「ねえ、まだなの? 早く帰りたいんだけど?」
「すみません、もうちょっとで終わります……!」
二人が倒したポイズンマウスの数は、既に二十匹を超えている。その一匹一匹から魔石を回収しなければならない。ノアの手元は汚れ切っていた。
ようやく回収した頃には、ボドがまた別の個体を倒しており、再度魔石の回収を行うことになる。そしてまたエリーザの小言を聞く羽目になる。その繰り返しだった。
地上に出る頃には、既に日の光は落ち、王都は月明りに覆われていた。
ギルドに戻り、ポイズンマウスの魔石を職員に渡す。暫くすると、職員がクエスト達成報酬を持ってきた。
それを受け取ったボドは、談話室へと向かう。
「これが今日の稼ぎだ」
今日一日で、ノアたちはポイズンマウスを計三十二匹、討伐することに成功した。
その報酬額は、銀貨一枚と大銅貨六枚であった。
「荷物持ち、お前の分はコレな」
「あ、ありがとう……ございます」
ボドから渡されたのは、大銅貨二枚。これでは安宿の一泊分にしかならない。
しかしここで口答えすれば、何を言われるか分からない。それに自分は一匹も倒していないのだから、むしろ分け前をもらえるだけ感謝した方がいい……と、自分で自分を強引に納得させることにした。
「じゃあ、今日はこれで解散な。明日はここに十時集合だ。遅れんじゃねえぞ、いいな?」
「はい……」
それだけ言い残し、ボドとエリーザは談話室を後にする。
一人残されたノアは、大銅貨二枚を握りしめ、深いため息をついた。
「……大丈夫。まだ始まったばかりだから、これからきっと上手くいく……」
この程度のことで躓いていては、賢者になんてなれやしない。
再度、自分に言い聞かせ、気持ちを奮い立たせる。
アルゴール家を追放される前に持っていた分は、まだ十分にある。
それが尽きる前に、一人でも立派に戦えるようになろう。
と、それよりもまずは、地下水路でこびり付いた匂いを消す必要がある。
他の冒険者たちが、眉を潜めながらノアを見ていた。
「……お風呂、入ろう」
そしてようやく、長い一日が終わりを告げる。
これが、ノアが冒険者になって初めての冒険であった。