雨の止まない、ある日のこと。
ノア=アルゴールは、婚約者に己の秘密を打ち明けた。
そして返ってきた言葉は……
『ノア。悪いけど、きみとの婚約は破棄させてもらうよ』
※
生まれつき、ノアは魔力がゼロだった。
侯爵位を授かるアルゴール家の者たちは、誰もが高い魔力を有しており、長女であるノアも両親の期待を一身に背負っていた。
同じく侯爵位のホルストン家の嫡男――モルドアとの婚約が決まり、両家は固い絆で結ばれることとなった。
だが、ノアが歳を重ねるにつれ、両親たちは次第に焦り始める。
それもそのはず、ノアの魔力量が一向に増えず、ゼロのままだったからだ。
『何故だ? 何故お前は魔力がゼロなのだ? それでも私の娘か?』
父の言葉に、ノアは頭を下げることしか出来ない。
魔力量を増やす為、私設兵を引き連れ魔物狩りに励んだのは、一度や二度ではない。
それでも結果は空しかった。
暫くすると、魔力がゼロであることを、ノアは両親から伏せておくように命じられた。
もし、ホルストン家の耳に入れば、ノアとモルドアの婚約が破談になるかもしれないからだ。
けれどもノアは、隠し事をしたまま結ばれることを望まなかった。
己の秘密――魔力ゼロであることをモルドアに打ち明け、全てを受け入れてもらおうと考えた。
しかし結果は、婚約破棄。
元々、これは政略的な婚約であった。
アルゴール家は、王家とのパイプを持つホルストン家との関係を強固とする為に。
逆にホルストン家は、高い魔力量を有するアルゴール家の血を加え、地位を盤石のものとする為に。
だからこれは、当然の結末だ。魔力がゼロのノアには、何の価値もない。
雨に打たれながら岐路に着いたノアは、モルドアとの婚約を破棄された旨を両親へと伝える。すると、唯一の価値を失くしたモノを見るかのような視線をぶつけられ、一言。
『失せろ、この出来損ないが』
その台詞を最後に、ノアはアルゴール家を追放されることとなった。
※
雨はまだ止まない。降り続いている。
とはいえ、ノアの胸は躍っていた。口元には笑みを浮かべている。
アルゴール家を追放されたノアだが、己の境遇に悲観はしなかった。
政略結婚の駒として利用されることは無くなり、その呪縛から解放された今、新たな一歩を踏み出す良い機会なのだ。
魔力ゼロのノアが、誰にも言わずに秘密にしていた将来の夢がある。
それは、賢者になることだ。
アルゴール家の屋敷には数多くの書物があり、中には冒険譚も含まれる。
それを目にして、文字を読み進め、冒険の世界に焦がれた。
幾つもの魔法を扱う賢者に、憧れた。
魔力ゼロでも冒険者になることは出来る。そしていつの日か、賢者になってみせる。
その思いを胸に抱きながら、ノアは単身、王都を目指すことにした。