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二章

 声が聞こえた。


「――ターン終了」


 それはぼくの声だ。


 大好きなカードゲームに興じているみたいだけど、何故か表情は優れない。なにか不安なことでもあるのだろうか。


「ボクの番だね……」


 ぼく以外の声も聞こえてきた。声の主は女の子だった。


 その女の子は自分のことを〝ボク〟と呼んでいた。


「……ボクは手札から『逆さまの迷宮』を発動するよ」


 ぼくとその女の子は長いすを跨ぐようにして座り、向かい合っている。


 女の子は手に持っていたカードの中から一枚を選び出し、それを長いすの上に置く。


 そのカードを見たぼくは、苦々しく笑った。


 手札を確認してみる。まだ、勝機はありそうだ。


「よし、ぼくは手札から――」


「由良理ゆらり、そろそろ飛行機の時間よ」


 女の子の名前を呼ぶ声がした。


「お母さん、もう少しだけ待って……あと、十分でいいから……」


 由良理と呼ばれた女の子は、どうしても今ぼくと決着をつけたかったのだろう。中断されたまま勝負を放棄するようなことは絶対にしたくないと瞳で訴え掛けている。しかし由良理のお母さんは許してくれなかった。


「……十希、」


 ぼくと視線を合わせようとしない由良理は、ゆっくりと口を開く。


「この勝負、引き分けだから――」


「引き分け……?」


 ぼくは由良理の顔を覗き込む。すると由良理はキッとぼくを睨みつけた。


「次にボクが十希と出逢った時、絶対に……十希を倒してみせるから――……」


 由良理の瞳には怒りにも似た色が浮んでいた。感情を隠すことなく全てをさらけ出した先に映っているぼくは、由良理に対して取り返しのつかないことをしてしまったのだ。


 ぼくは由良理の勢いに呑まれ、身体が動かなかった。そんなぼくの様子を察したのか、由良理は怒りの込められた瞳を閉じる。そしてもう一度、今度は感情を隠したまま十希と目を合わせる。


「……ばいばい、十希」


 由良理が最後に見せるのは、柔らかな笑みを浮かべた表情だ。


 由良理は知っているのだろう。


 もう二度と、ぼくと由良理が再会することはないのだということを――


 ゲートをくぐって向こう側へと消えた由良理は、一度も振り返らなかった。だけどその後姿は、どこか寂しそうにも見えた。


「……さよなら、由良理」


 由良理は自分のデッキを置いていった。


 その意味を理解できないほど、ぼくはバカじゃない。由良理はぼくとの勝負を最後に、カードゲームで遊ぶのをやめる気だ。全国制覇したデッキを捨てる覚悟を持って、ぼくと勝負をしていたのだろう。


 真実を知ったぼくは、由良理のデッキをポケットへと仕舞う。このデッキは、いつかまた由良理と再会できることを信じて、大事に持っておくことにしよう。


 これは、ぼくがまだ小学六年生だったころの思い出だ――…




      ※




「う……、むうぅ……」


 朝が目覚める。どうやら久しぶりに昔の夢を見ていたらしい。最近はまったく見なくなっていたが、先日、三年ぶりに時の迷宮で遊んだのがきっかけとなったのかもしれない。十希は肩を回しながら思った。


「よっ、変態。おはよー」


 上半身裸のまま自分の部屋を出ると、十希は妹の葵あおいと出くわした。あろうことか、葵は兄である十希のことを変態呼ばわりする。しかしそれに動揺することなく、十希は挨拶を交わす。いつものことなのでいちいち反応するのが面倒なのだ。


「朝食できてるよ」


「おう、サンキュー」


 十希は階段を下りると、まずは洗面所に向かった。蛇口を捻って豪快に顔を洗う。そしてバスタオルで顔を拭き、朝食の用意されてある居間へと移動する。


 カーテン越しにも明かりを感じる。今日も良い天気のようだ。


 朝食を食べて学校に行く支度をして、遅刻しないように早めに家を出た。


「眩しいな……」


 遅く咲いた小金井坂町の桜が散るころ、新しい生活が始まり、ほんの少し現状に慣れ始めたそんな時期、世間は慌しく騒がしい気がした。


 心地良い風が舞い、十希を祝福するかのように木々の囁く音が聞こえる。歩道を楽しそうに走り抜けていく小学生の団体とすれ違い、髭を生やした中年の男性が十希を追い抜いていく。今日もこれから満員電車に乗って会社へと通勤しなければならずに億劫だ、と言いたげな表情だ。


 自分と同じ空間にも様々な生活があることを実感しながら、十希は小金井坂駅へと続く曲がりくねった道路沿いの道を歩いていく。


 やがて機械的な騒音の代わりに、学生たちの談笑が聞こえてくる場所に辿り着く。小金井坂駅で降りる学生たちの姿が多々あった。十希と同じ制服を着ているので、その全てが小金井坂学園の生徒なのだろう。


「ふぅ、きっつ……」


 家を出た時よりも息が上がっている。


 坂が多い町なので、登校するだけのことで朝から怠惰な気分になってしまう。これが原因で勉学に勤しむことができず、授業中に惰眠を貪る生徒が増えるのは不可抗力というものだろう。


 坂を上って正門をくぐり、下駄箱へと向かう。靴を上履きに履き替えると、階段を上って二階の廊下の突き当たりにある一年七組の教室を目指した。




「いづみでいいわよ」


 教室に着き、自分の席に座って鞄から教科書とノートを机の中に仕舞っていると、いづみが隣の席に着いた。


 十希が「オッス、玖凪」と挨拶をすると、いづみが眉根を寄せて言葉を返したのだ。


「……あ、えっと……それじゃあ、いづみ……」


「なによ」


「……良い、天気だな」


「バカ、言われなくてもわかるわよ」


 はい、そうです。


 思わず自嘲したくなるほどのヘタレっぷりをかました十希は、重く溜息をつく。


 性格はともかくとして、顔は抜群に可愛い。万人受けするタイプの容姿というわけでもなければ、人付き合いに優れているわけでもない。だけど十希の好みのタイプど真ん中なのだ。これでもう少し性格が大人しければ、まさに天使が舞い降りたといっても過言ではない、と感じていた。しかし案の定、いづみのきつい一言によって朝の会話は打ち切られてしまった。


 朝のホームルームも終わり、授業が始まった。


 学校も一週間が過ぎると、本格的に授業が開始される。一時間目は英語の授業で、十希が一番苦手とする科目だった。当然のように惰眠を貪る。隣の席から殺気を向けられていたが、気にしないことにした。


 二時間目は数学の授業だ。十希が二番目に苦手とする科目だ。この時間は窓の外を眺めて時間を潰す。中学時代からこんなことばかりしていたので、十希はあまり頭がよくない。


「……ん?」


 ふと、視線を感じた。隣に座るいづみのほうを確認するが、シャーペンの先をノートに走らせているので違うみたいだ。しかしいづみではないとすると、だれが十希に視線をぶつけているのだろうか。


 三時間目と四時間目の授業は体育だった。運動は苦手というわけではなかったが、登下校する時に坂を上り下りしているのだから学校に着てまで運動するのは面倒だ、という理由で木陰に寝転がって昼寝をしていた。教師にばれなかったのは奇跡に近いだろう。


 そんなこんなで時間は過ぎ去り、いつの間にか昼休みになっていた。


 十希は購買部で購入してきた焼きそばパンを教室で食べていた。隣の席ではいづみが弁当箱を開いて黙々と食べている。


「? ……またか」


 また、視線を感じた。数学の授業を受けていた時に向けられていた視線と同じものだ。


「どうしたのよ、十希? 変な顔しちゃって……」


「変な顔をしているつもりはないんだけどな」


 いづみの口撃に溜息をついて、十希は焼きそばパンにかぶりつく。


「さっきから視線を感じるんだよな……」


「自意識過剰なんじゃないの?」


 痛いところを衝かれた十希は、それ以上なにも喋らないことにした。


 やがて放課後になり、机の中に置き勉したまま十希は席を立つ。ここ数日、いづみと一緒に帰っていた。帰る方角が同じだからというわけではない。それもあるのだが、本当の理由は十希が連日のように玖凪屋を訪れているからだ。


「ブランクが長いからさ、どんなカードがあったのか忘れちまってんだよな」


 いづみと二人並んで歩く様は、恋人同士のように見えなくもない。しかしその会話は普通のカップルがするような話題ではなく、カードゲームの話だ。


「十希の記憶力がゼロだからでしょ?」


「ゼロだったらなにも憶えられないだろーが!」


 十希が玖凪屋を訪れるのには理由がある。それは時の迷宮で遊ぶようになったからだ。


 トレーディングカードゲームの専門店でもある玖凪屋は、デッキ構築に必要なカードが豊富に揃っているし、時の迷宮で遊ぶほかの人たちと対戦したりカードを交換したりすることができる。


 もちろんそれだけではない。十希はいづみの対戦相手として、時の迷宮のルールを教えていた。これはいづみが望んだことで、十希は快く了承した。三年のブランクを取り戻す意味でも、いづみと対戦を重ねるのは勉強になる。


 対戦を重ねるごとに少しずつではあるが強くなっていくいづみを見るのが楽しかった。


「今日はなにを教えてくれるの?」


 もはやいづみは時の迷宮のとりこになっていた。


「そうだな、今日はとあるレアカードを持ってきた。いづみの店には売ってないぞ」


 玖凪屋に着いた後、いづみはレジに座って目を輝かせる。十希がなにを見せてくれるのか楽しみなのだろう。十希は鞄からデッキケースを取り出す。デッキケースを開けて、仕舞っていたカードの中から一枚、いづみに手渡した。


「芯海の天使イリスティア……」


『芯海の天使イリスティア 光属性 S10 ユニット 体力800 攻撃力800


 特殊:飛翔・連撃 このユニットカードは呪文の対象にはならない


 あなたは半分のライフを支払うことで、このユニットカードを手札から場に特殊召喚することができる。このユニットカードを特殊召喚する場合、追加コストとして手札から(天使)と名のつくユニットカード一体を捨て札に置くと同時に、あなたの場に召喚されている(天使)と名のつくユニットカード一体を捨て札に置かなければならない』


 十希がいづみに見せたのは芯海のイリスティアという名前のユニットカードだった。


「こ、攻撃力が800もあるわっ! 舞い降りた天使ルナよりも強いじゃない!!」


「さすがにBランクカードとSランクカードを比べるのは酷ってもんだろ」


「え? ……Sランク?」


 いづみはカードをもう一度よく見てみる。すると確かにSランクと書かれてある。


「レア度ってA、B、Cの三つしかないんじゃなかったの?」


「ああ、それで正解だ。でもそのカードだけは特別なんだよ」


 Aランクよりも、さらにレアなSランクカード。初めて目にするレアカードに、いづみはただただ驚くばかりだった。自分が扱うデッキが光属性ということもあり、興味があるのだろう。


「はい、おしまいっと」


「あっ、ああっ! もっとよく見せなさいよっ!!」


 いづみの手からSランクカードを奪うと、十希はそれをデッキケースに仕舞った。


「ダメだ。これはオレにとって一番大切なカードなんだからな」


「ケチ!」


 図らずもいづみを怒らせてしまったようだった。十希は苦笑しつつ、デッキケースを鞄の中に入れる。そして店の奥に視線を移した。店の奥にはたくさんのお客がいた。それもそのはず、今日は時の迷宮の月例大会なのだ。


「対戦表はもう作ったのか?」


「まだに決まってんでしょ、十希の相手をしてたんだから暇がなかったのよ」


 ぶつぶつと文句を垂れながらトーナメント表を作るいづみは、ずいぶんと手馴れているように見えた。やはり玖凪屋の看板娘なことはある。


 一ヶ月に一度、玖凪屋は時の迷宮の大会を開いている。その大会は月例大会と呼ばれ、優勝すると賞品としてレアカードをもらえるのだ。いづみも大会に参加してみてはどうだろうかと勧める十希だったが、あっさりと断られた。自信がないというわけではなく、玖凪屋の店員が大会を運営しなければだれがするのだと言葉を返されていた。


「そういえばさ、十希ってどのくらい強いの?」


「オレ?」


 時の迷宮を始めて以来、常々感じていたことをいづみは口にした。


 十希はいづみと初めて対戦した時、スターターデッキを買っていた。


 しかし実際にそれを使って対戦したのは一度だけだ。それ以降、十希は別のデッキを使っているのだが、そのデッキがやたらと強いのだ。手加減してくれているのはわかっているとはいえ、対戦するたびに瞬殺されるいづみは、十希の強さの秘密を知りたがっていた。


「そうだなー、たぶん全国で二番目くらいに強いんじゃないの?」


「全国で二番目って……あんたがそんなに強いわけないでしょ、まったく……」


 微妙な位置づけをする十希に、いづみは呆れながら呟く。しかしいづみの台詞を否定するように第三者が声を挟む。


「――あながち、嘘じゃない」


 いきなり声を掛けられたことで、十希は少し驚きながら後ろを振り向く。


 十希の後ろには女の子が立っていた。


「……あんた、だれよ」


 会話を中断されたことを根に持っているのか、いづみはつまらなそうな口調で質問する。


「一年七組。……南雲なぐも楓かえで」


 その名前には聞き覚えがある。確かに彼女は十希やいづみたちのクラスメイトだ。一番後ろの席に座る二人とは対照的に、彼女は一番前の席に着いていたはずだ。しかし十希を驚かせたのはそれだけじゃない。


「……南雲ってさ、入学式の日……オレに話しかけたよな?」


 そう、彼女は入学式の日、十希に意味不明な台詞を告げた人物だった。バランスの悪いツインテールがそれを教えてくれる。そして彼女の視線は授業中や昼休み時間に感じたものと同じだ。どうやら彼女が十希に視線をぶつけていたらしい。


「あなたに興味がある。だから話しかけた」


 十希の質問を受けて、楓はカクッと頭を下げて頷く。それに乗じてツインテールが左右に揺れた。


「楓って言ったわよね? ……あながち嘘じゃないってどういう意味よ」


 十希と楓が二人だけで話を進めていくのが気に入らないいづみは、二人の間に割り込む。


「敦賀十希は、第一回時の迷宮全国大会で準優勝している」


「……へっ? 十希が準優勝ですって!?」


 楓の言葉に驚愕するいづみは、視線を十希に向ける。十希は苦笑いしていた。


「ほ、ホントなの?」


「……まあ、一応な」


 嘘じゃないらしい。それがまたいづみを驚かせる。自分が初めて勝負をした相手は、全国大会で準優勝したことのある人物だったのだ。手加減してもらったとしても、本気の十希を相手にして素人が勝てるわけがない。


「とはいえ三年以上前のことだ。ブランクが長かったから、オレもまだ完全復活というわけにはいかないけどな……」


 三年経てば、新しいカードも大量に追加されている。十希が全盛期のころは、まだ全部で一千枚程度しかカードがなかった。しかし今は五千枚以上のカードが存在する。全国大会で準優勝したことがあるとはいえ、まずは知らないカードに慣れることが大事なのだ。


「ふーん……、十希って凄かったのね。でもなんで教えてくれなかったのよ?」


「自慢にしかならないからな。それに自慢したくせに負けたら格好悪いだろ?」


 ちっぽけなプライドだな、といづみは思った。


 溜息をついた後、今度は楓のほうに視線を移す。楓は口を閉じて十希といづみのやり取りを傍観していたようだ。


「十希が全国大会で準優勝したことはわかったわ。……それで、あんたはなんでここにいるのよ?」


「愚問」


 楓は短い言葉で言い捨てる。そして手さげバックの中からデッキケースを取り出した。


「月例大会に出場する」


 もう片方の手で、いづみが鋭意製作中のトーナメント表を指差す。どうやら楓も時の迷宮の月例大会に出場する予定のようだ。トーナメント表を今一度確認してみれば、確かに南雲楓の名前があった。十希と楓は決勝戦まで勝ち上がらないと対戦できない。


「敦賀十希、今日は楽しみにしている」


 平坦な表情を崩さずに闘志を燃やす楓は、玖凪屋の常連客だ。女性ということもあって、店内では目立つ存在ではあるが、いづみは数日前までカードゲームが嫌いだったので、玖凪屋を訪れるお客の顔など憶えていなかった。


 だがしかし、楓は玖凪屋の月例大会で三ヶ月連続優勝の経験を持っている。実力は申し分ない。


「ちっとは手加減してくれよ?」


 冗談のつもりで言った台詞だが、楓は首を横に振って断る。全力を出して勝負したいのだろう。楓は店の奥へと向かっていった。


「……さて、と。オレもそろそろデッキの調整をするか」


「まだしてなかったの?」


 トーナメント表を作っていないヤツに言われる筋合いはない、と十希は肩をすくめながら返事をする。やがて月例大会の始まる時刻が訪れた。


「十希、」


 席に着いて一回戦の準備を始めた十希に、いづみが言葉を投げかける。


「なんだよ?」


「負けたら承知しないわよ、いいわね?」


 一番初めに十希を倒すのは自分だと言わんばかりの表情だ。それがまたおかしくて、十希は苦笑した。いづみの一言で緊張は取れた。あとは全力を出して優勝まで駆け上がるだけだ。


「当然だろ」


 そして十希は、月例大会に臨んだ。


 大会の運営とレジを同時にこなしていたいづみには、十希の勝負を見学する暇がなかった。その代わりトーナメント表を見ることで、十希が順調に勝ち上がっていることを知って安堵する。次はいよいよ決勝戦。対戦相手は楓だった。


「うー、見たいのに……」


 この一戦だけは見逃せない。しかし店内は異常なほど賑わっていた。それもそのはず、十希が三年ぶりに時の迷宮の世界に復活したのだ。そのプレイングテクニックを自分の物にするため、店の外に出るお客は一人もいない。


「――大変そうだな、いづみ」


「あっ、おじいちゃん……」


 イライラを隠そうとしないいづみの様子を見かねたのか、店の奥のさらに奥の部屋からパイプを咥えた老齢な男性が姿を現した。いづみの祖父であり、玖凪屋の一代目店主だ。


 いづみが学校に行っている間は、父か祖父が店番をしている。


「レジはワシに任せて、いづみは見学してくるといい」


「……いいの?」


 午後はいづみが店番をすると決められている。レジを抜けてもいいのだろうかといづみは祖父の返事を待った。


「遠慮することはない」


「! ありがと、おじいちゃんっ」


 祖父の返事を聞いたいづみは、花のように微笑んだ。その笑顔を見た祖父は、最近のいづみは明るくなったと思った。それもきっと、あの少年と出逢ったからだろう。祖父の視線の先には、十希の姿が映っていた。


「あれ? レジはどうしたんだよ」


「おじいちゃんに任せたわっ」


 レジを他人に任せて、自分は月例大会の見学と洒落込むいづみは、ずいぶんと嬉しそうだった。決勝戦を見学できるのが楽しみなのだろう。


「そうか、それじゃあなるべく早めに終わらせるか……」


 十希の向かい側には楓が座っている。


 二人はテーブルを挟んで向かい合い、お互いのデッキを切り始める。


 元全国大会準優勝の経歴を持つ十希と、月例大会三連覇中の楓が決勝戦で交える。


 ギャラリーの注目度は最高潮に達していた。


 両者共に山札からカードを七枚引いて、先攻と後攻を決める。先攻は十希に決まった。


「さあ、ゲームを始めるぞ――」


 そして決勝戦が始まった。




一ターン目(十希のターン)


「オレのターン……まずは魔法源にカードを一枚セットする」


 ドローフェイズをスキップした十希は、マナフェイズに手札を一枚魔法源にセットした。


 十希が魔法源に置いたのは闇属性カードだ。


 十希は闇属性を主力にしたデッキを構築している。


「そして『逆さまの蝶』を召喚」


『逆さまの蝶 闇属性 A1 ユニット 体力50 攻撃力0


 このユニットカードが場に召喚されている限り、あなたが(悪魔)と名のつくユニットカードの効果によってライフを支払うたび、代わりに対象のプレイヤー一人に支払わせることができる』


 マナフェイズを終了した十希は、スタンバイフェイズへと移行する。フィールド上に召喚したユニットカードは逆さまの蝶。Aランクカードだ。


 逆さまの蝶には効果能力が備わっている。範囲は限定されるが、十希が支払うライフを対戦相手である楓に肩代わりさせるというものだ。楓からすればひとたまりもない。


「スタンバイフェイズはまだ終わらないぞ。オレは『首吊り悪魔』と『憂夢な悪魔』の二体をフィールド上に特殊召喚だ」


『首吊り悪魔 闇属性 C5 ユニット 体力400 攻撃力600


 あなたは550点のライフを支払うことで、このユニットカードを場に特殊召喚することができる』


『憂夢な悪魔 闇属性 C4 ユニット 体力300 攻撃力600


 あなたは500点のライフを支払うことで、このユニットカードを場に特殊召喚することができる』


 十希がフィールド上に特殊召喚した二体のユニットカードは、同じタイプの効果能力を持っている。


 首吊り悪魔は、特殊召喚する代わりに550点のライフを支払わなければならない。そして憂夢な悪魔を特殊召喚するには500点のライフを支払う必要がある。つまり十希は、この二体を特殊召喚する代償コストとして、合計1050点のライフを支払わなければならないのだ。


 わずか一ターンでフィールド上に三体のユニットカードを召喚することに成功した十希だが、さすがにライフポイントの減りが激しすぎる。


「だ、大丈夫なの、十希……」


 心配そうに呟くいづみの声が聞こえたのか、十希は首を横に振る。


「オレのフィールド上に逆さまの蝶が召喚されているのを忘れたのか?」


「えっ? ……あ、ああっ!!」


 忘れているわけではなかった。しかし特殊召喚された二体のユニットカードがあまりにも衝撃的だったので、存在が薄くなっていたのだ。


 十希のフィールド上には、逆さまの蝶が召喚されている。逆さまの蝶の能力は、特殊召喚した二体のユニットカードに当て嵌まっているではないか。


「逆さまの蝶が召喚されているから、オレが特殊召喚した二体の代償コストとして支払うはずのライフを南雲に支払ってもらうぞ」


 十希が支払うはずのライフを代わりに支払うことになった楓は、1050点のダメージを受けた。


 これで楓のライフポイントは残り1950点となる。十希は無傷なだけでなく、攻撃力の高いユニットカードを二体も召喚することに成功した。


 まだ一ターン目だというのに、いづみはすでに勝負が見えたような気がした。


「バトルフェイズはスキップして……、オレのターンは終了だ」


 十希のライフポイントは3000点、手札の枚数は3枚だ。そしてフィールド上に召喚されているユニットカードは攻撃力0の逆さまの蝶、攻撃力600の首吊り悪魔と憂夢な悪魔の三体。楓は自分のターンでなにか対策を打たなければ、次のターンで負けてしまう可能性がでてきた。




一ターン目(楓のターン)


 楓は山札からカードを一枚引いた。


「……カード、セット」


 魔法源にカードをセットされたカードは火属性だ。どうやら楓は火属性カードでデッキを構築しているらしい。


「火属性か……ということはつまり……」


 火属性カードは、プレイヤーやフィールド上に召喚されているユニットカードに直接ダメージを与える類のカードが豊富だ。


 十希は逆さまの蝶に視線を向ける。逆さまの蝶は体力が50しかないので、フィールド上に残るのは難しそうだ。


 逆に楓としては、このターンの間に逆さまの蝶を倒しておきたいところだろう。逆さまの蝶がフィールド上に召喚され続ける限り、十希が特定の条件を満たすユニットカードを召喚するたびにライフを削られてしまう。それだけは絶対に避けなくてはならない。


「……『炎の矢』」


『炎の矢 火属性 C1 魔法


 対象のプレイヤー一人、又は対象のユニットカード一体に300点のダメージを与える』


 スタンバイフェイズに移行した楓は、ユニットカードを召喚する前に魔法カードを発動させる。案の定というべきか、その魔法カードは直接攻撃型の魔法カードだった。


「だれに攻撃するんだ?」


 炎の矢は、十希に直接攻撃を行ない300点のダメージを与えることが可能だ。しかし今はプレイヤーのライフポイントを減らすことよりも優先させなければならないことがある。それはユニットカードの排除だ。


「憂夢な悪魔を、攻撃する」


 炎の矢の対象となったのは、憂夢な悪魔だ。ユニットカードへのダメージを与える場合、それはそのまま体力を減らすことに繋がる。憂夢な悪魔の体力は300、そして炎の矢で与えられるダメージ量も300だ。


 300点のダメージを受けた憂夢な悪魔は、魔法カードによって破壊され、捨て札へと送られる。


「これで残り二体か……」


 憂夢な悪魔のカードを捨て札に置いた十希は、自分のフィールド上に召喚されているユニットカードを確認する。楓のスタンバイフェイズはまだ終わっていないので、これからユニットカードを召喚するのだろう。そのユニットカードの有無によっては、形勢を逆転することも可能だ。


「手札から……『紅蓮のラディヴァ』、召喚」


『紅蓮のラディヴァ 火属性 B1 ユニット 体力200 攻撃力400 特殊:連撃』


「くっ、連撃を持つBランクカードか……」


 楓が召喚したユニットカードは、紅蓮のラディヴァ。


 逆さまの蝶には劣るが、Bランクのレアカードだった。


「紅蓮のラディヴァ……、逆さまの蝶、首吊り悪魔、攻撃」


 攻撃を宣言する。しかし楓は攻撃の対象に二体指定している。それを疑問に感じたいづみは、小首をかしげながら紅蓮のラディヴァのテキスト欄を見る。


「――あっ、このユニットカードって特殊能力に連撃を持ってるのね……」


 十希に聞かずとも、楓が二体を攻撃した理由を見つけた。


 楓がフィールド上に召喚した紅蓮のラディヴァは、特殊能力として連撃を備えている。


 連撃を持つユニットカードは、バトルフェイズに二回攻撃することが可能だ。すなわち紅蓮のラディヴァの連撃によって逆さまの蝶と首吊り悪魔の二体に攻撃することが許されるというわけだ。


 攻撃を宣言した紅蓮のラディヴァの攻撃力は400、対する逆さまの悪魔の体力は50、そして首吊り悪魔の体力は400だ。


 つまり楓は、紅蓮のラディヴァの連撃によって十希のフィールド上に召喚されてあった二体のユニットカードを破壊することに成功した。


「ここで連撃を持つユニットカードを出すとはな……」


 十希は自分のフィールドががら空きになったというのに焦っていない。余裕すら浮んでいるようにも見える。手札になにか良いカードがあるのだろうか。


「……エンド」


 バトルフェイズを終了した楓は、エンドフェイズにはなにも行なわずにターン終了を宣言する。これで十希と楓、両者の一ターン目は終了だ。


 十希のライフは無傷の3000点だが、手札は残り三枚と心もとない。おまけにフィールド上にはユニットカードが一体も召喚されていない。


 逆に楓のライフは1950点と少なくなっているが、手札は五枚もある。まだまだ手札を温存しているのかもしれない。さらにフィールド上には紅蓮のラディヴァが召喚されている。これは勝負の行方がわからなくなってきた。


 いづみはもちろん、二人を囲むギャラリーは固唾を呑んで見守っている。しかしここにいるだれもが、あと二ターンで決着がつくとは予想していなかった。


 そして決勝戦は二ターン目へと突入する。




二ターン目(十希のターン)


「山札からカードを一枚引いて、と……」


 ドローフェイズに十希は自分の山札からカードを一枚引く。これで手札の残り枚数は四枚となった。しかし強いユニットカードを出すにはそれに応じた分のコストを支払わなければならない。魔法源にもっとたくさんのカードをセットする必要がある。


 だがしかし、魔法源にカードをセットしてしまえば、大事な手札が一枚使えなくなってしまう。後先考えずに手札を使いすぎると、気づいた時には手札が一枚もなくなっていたなんてことも決して否定できない。


「……オレはマナフェイズをスキップする」


「えっ!?」


 思わずいづみが声を上げる。


 顔を上げていづみの表情を確認すると、十希はクスッと笑みをこぼした。どうやらなにか考えがあってのことらしい。


「そしてスタンバイフェイズに手札から『悪魔の贈り物』を発動させるぞ!」


『悪魔の贈り物 闇属性 C1 魔法


 1000点のライフを支払う。あなたは自分の山札からコスト1以下の闇属性ユニットカード一体を選択し、それを場に特殊召喚する。その後、あなたは山札を切り直す』


 十希は手札から魔法カードを発動させた。そのカードの名前は、悪魔の贈り物。


「……通し」


 眉をピクリと動かした楓は、十希が手札から発動させた魔法カードに対抗しないことを宣言する。これで悪魔の贈り物は無事に発動できる。


 火属性には呪文打ち消し系の魔法カードが滅多にないので、たぶんこの魔法カードは通るだろうと予想しての発動だった。


「オレは悪魔の贈り物を発動する代償コストとして、1000点のライフを支払う」


「せ、1000点ですって!?」


 あまりにも大きすぎる代償コストに、今度は大声を上げて驚いた。しかしこの魔法カードには1000点のライフを支払うに相応しい効果がある。


「山札から闇属性ユニットカードを一体フィールド上に特殊召喚する……」


 悪魔の贈り物は、コスト一点以下の闇属性ユニットカードという限定条件がつけられているが、それでも好きなユニットカードをフィールド上に特殊召喚できるのはプレイヤーにとって非常に頼もしいことである。


 コストが一点以下のユニットカードの中にも、強いユニットカードは多々ある。たとえば楓がフィールド上に召喚している紅蓮のラディヴァなどが挙げられるだろう。そしてもう一つ挙げるとすれば、それはもちろんあのカードだ。


「オレが特殊召喚するのは『逆さまの悪魔』だ!!」


『逆さまの蝶 闇属性 A1 ユニット 体力50 攻撃力0


 このユニットカードが場に召喚されている限り、あなたが(悪魔)と名のつくユニットカードの効果によってライフを支払うたび、代わりに対象のプレイヤー一人に支払わせることができる』


「二枚目の……逆さまの蝶……っ」


 今まで無表情で通してきたはずの楓だったが、十希が特殊召喚するユニットカードが逆さまの蝶であると知って焦りの色が見え始めた。対戦が始まってからまだ二ターン目だが、楓は十希のデッキが逆さまの蝶を主体に構築されていることを悟る。


 たとえ魔法源にセットされているカードが一枚しかないとしても、逆さまの蝶がフィールド上に召喚されている限り、十希はその効果能力を利用して手札からユニットカードを特殊召喚し続けるだろう。そしてそれらのユニットカードの代償コストの支払いを、楓が肩代わりしなければならない。恐ろしいデッキだ。


「南雲、どうやらお前のデッキはオレのデッキとの相性が悪かったみたいだな」


 楓は自分の手札を見直してみる。確かにそのとおりだ。楓のデッキも十希と同じく、コンボ攻撃を主体とした構築をしている。しかしそれが十希のデッキには通用しないのだ。


「……まだ、負けてない」


 次第に怒の感情が見え始めた楓は、対抗意識を燃やしているのかもしれない。


 手札からカードを一枚選び、それを十希に見せる。


「『紅』、発動する」


『紅 火属性 C1 魔法


 対象のユニットカード一体に350点のダメージを与える』


 呪文打ち消し系の魔法カードはデッキに入っていないが、その代わり直接ダメージ系の魔法カードは大量に入っている。十希が魔法カードを発動させてユニットカードを特殊召喚させたとしても、その瞬間にこちらの魔法カードでダメージを与えればいいだけだ。


 楓は手札から魔法カードを発動する。それは紅のカードだ。


「紅で逆さまの蝶を攻げ――」


「南雲が紅を発動させた瞬間、手札から『黒魔術』を発動させる」


『黒魔術 闇属性 C1 魔法


 あなたは自分の捨て札から闇属性ユニットカード三体をゲームから除外する。対象の呪文一つを打ち消す』


 十希が手札から発動した魔法カードは、楓が欲していた呪文打ち消し系のカードだった。


 まさか逆に発動されるとは思ってもみなかったのだろう。楓は呆気に取られている。


「オレは捨て札から闇属性ユニットカード三体をゲームから除外する代わりに、南雲が発動させた魔法カードの効果を打ち消すぞ」


 黒魔術を発動するには、十希の捨て札にある闇属性ユニットカードを三体選んでゲームから除外しなければならない。ゲームから除外されたカードは、このゲームが終了するまで使用することができなくなる。


 十希の捨て札に置かれてある闇属性ユニットカードは、一枚目の逆さまの蝶、首吊り悪魔、憂夢な悪魔だ。この三体をゲームから取り除き、十希は黒魔術を発動させる。これにより楓が二枚目の逆さまの蝶に対して発動させた魔法カードを打ち消した。


「これで二枚目の逆さまの蝶は破壊されずに済むってわけだ」


 無事に逆さまの蝶の特殊召喚に成功した十希は、安堵の息をついた。十希からみてもこれはギリギリの攻防戦だったようだ。


「これでオレのフィールドには逆さまの蝶が召喚されているから、手札から心置きなくユニットカードを特殊召喚させてもらうぞ。そうだな……まずは『悪魔の道化師』を特殊召喚だ」


『悪魔の道化師 闇属性 C1 ユニット 体力100 攻撃力0


 あなたは200点のライフを支払うことで、このユニットカードを場に特殊召喚することができる


 行動:あなたは200点のライフを支払う。対象のユニットカード一体は(体力‐200)の修正を受ける』


 十希が召喚するのは、悪魔の道化師のユニットカード。


 悪魔の道化師は200点のライフを支払うことで、特殊召喚することが可能である。


 十希はその効果能力によって悪魔の道化師をフィールド上に特殊召喚した。そして逆さまの蝶がフィールド上には召喚されているので、200点のライフを支払うのは楓になる。


「……200点、マイナス」


 ぼそりと呟く楓。しかしこれはまだ序の口だ。


「さらに悪魔の道化師の行動能力を発動する!」


「行動能力……?」


 また、知らない能力が出てきた。今度はどんな能力なのだろうかといづみは考えてみる。


「悪魔の道化師を行動済み状態に変更する。そしてオレは200点のライフを支払い、紅蓮のラディヴァの体力を200点減らすぞ」


 十希は悪魔の道化師の向きを縦向きから横向きに変える。これは未行動状態から行動済み状態へと変わったのを意味している。つまり行動能力とは、未行動状態のユニットカードが行動済み状態になる代わりに発動できる能力のことだった。


 悪魔の道化師は行動済み状態になってしまったが、逆さまの蝶が召喚されている状況下において悪魔の道化師の行動能力は絶大なる力を発揮する。代償コストとして支払うはずのライフ200点を楓に肩代わりさせるだけでなく、楓のフィールド上に召喚されているユニットカードの体力を200点も減らすことができるのだ。これで楓は200点のライフを失い、さらに紅蓮のラディヴァは体力を200点減らされる。紅蓮のラディヴァの体力は200なので、悪魔の道化師の行動能力によって破壊されてしまった。


 楓のライフポイントは、残り1550点になったが、十希はまだ攻撃の手を緩めない。悪魔の道化師を召喚した後、さらにもう一枚手札からユニットカードの召喚を試みた。


「悪魔の道化師の効果能力で紅蓮のラディヴァを倒した瞬間、オレは『破滅の悪魔』を特殊召喚するための限定条件をクリアした。『破滅の悪魔』を特殊召喚っ」


『破滅の悪魔 闇属性 B3 ユニット 体力300 攻撃力800


 あなたの場のユニットカードが効果能力によって相手の場に召喚されているユニットカード一体を破壊した時、あなたは500点のライフを支払うことで、このユニットカードを場に特殊召喚することができる』


 新たに特殊召喚されたユニットカードは、破滅の悪魔。これは首吊り悪魔や憂夢な悪魔、さらには悪魔の道化師などよりも特殊召喚するのが難しいユニットカードである。しかし攻撃力800ということもあり、特殊召喚するだけの価値は十二分にある。しかも逆さまの蝶を主体とした十希のデッキではなおさらだ。


 破滅の悪魔は、特殊召喚するために二つの条件をクリアしなくてはならない。


 一つは500点のライフを支払うこと。これは逆さまの蝶が召喚されている現状において、むしろプラスに働くコストといえよう。


 そしてもう一つが相手のユニットカードを破壊することだ。


 自分のフィールド上に召喚されているユニットカードの効果能力によって、相手のフィールド上に召喚されているユニットカードを破壊しなければならない。戦闘で破壊しても条件をクリアすることができないため、このユニットカードを特殊召喚するのはなかなか難しい。


 しかし十希は見事に破滅の悪魔を特殊召喚した。


「破滅の悪魔の特殊召喚するための代償コスト、支払ってもらうぜ」


 楓は十希の代わりに代償コストを支払い、ライフポイントが500点減ってしまった。


「バトルフェイズはすでに終了しているから、オレはこのターン破滅の悪魔で攻撃することができない。……ターン終了だ」


 十希のバトルフェイズは悪魔の道化師の効果能力を発動させた時点で終了している。破滅の悪魔を特殊召喚したのはエンドフェイズになるので、このターン中にもう一度攻撃を仕掛けることは不可能だった。


 これで十希の二ターン目が終了した。悪魔の贈り物を発動することによってライフポイントは2000点にまで減った。しかも手札は使い切ってしまった。フィールド上には攻撃力0の逆さまの蝶、同じく攻撃力0の悪魔の道化師、そして攻撃力800の破滅の悪魔の三体が召喚されているが、楓の手札に起死回生となるカードがある場合、手札のない十希は不利になるだろう。




二ターン目(楓のターン)


 楓は山札からカードを一枚引くと、それをそのまま魔法源にセットする。


「『火炎球』、発動……」


『火炎球 火属性 C2 魔法


 対象のプレイヤー一人に400点のダメージを与える』


 楓が手札から発動したのは、火炎球の魔法カードだ。


 火炎球は十希に400点のダメージを与えることのできる直接ダメージ系の魔法カードである。しかしこの場面ではあまり役に立たない。十希のライフポイントを減らす暇があるのならば、先にユニットカードを破壊するべきなのだ。それをしないということはつまり、楓の手札には切り札となるカードが存在しないのかもしれない。


「……『マンティコア』召喚」


『マンティコア 火属性 C2 ユニット 体力50 攻撃力350 特殊:貫通


 召喚:対象の相手プレイヤー一人は、山札からカードを三枚引くと同時に、二枚を捨て札に置く』


 楓が召喚したのは、マンティコアのユニットカードだ。驚くことに、このユニットカードは相手プレイヤーのドローを手助けする召喚能力を持っていた。


 本当は出したくなかったのだろう。けれどもここでユニットカードを召喚しておかなければ確実に負けてしまうので仕方がなかったのだ。


「苦肉の策ってヤツか……。でも、オレはマンティコアの攻撃を防ぐことはできない」


 マンティコアを召喚した瞬間、召喚能力が発動する。


 十希は自分の山札からカードを三枚引いて、さらにそこから二枚のカードを捨て札に送る。これで十希の手札は一枚になった。しかしキーカードを引くことはできなかったらしく、眉をしかめている。


「……マンティコア、破滅の悪魔を攻撃」


 その表情を見た楓は、自分にもまだ勝機があるのだと知った。


 マンティコアの攻撃力は350、そして破滅の悪魔の体力は300だ。


 破滅の悪魔はマンティコアの攻撃によって破壊され、捨て札へと送られてしまった。


「マンティコアの特殊能力によって、オレは50点のダメージを受けるわけか……」


 マンティコアには貫通能力が備わっている。


 貫通能力は、相手のユニットカードと戦闘を行なった時、貫通能力を持つユニットカードの攻撃力が応戦側のユニットカードの体力を上回っていた場合、その値をプレイヤーへのダメージにすることができる。


 攻撃力350のマンティコアは、体力300の破滅の悪魔へと攻撃を仕掛けた。攻撃力が50上回っていたので、十希は50点のダメージを受けたのだ。


「これで、エンド……」


 楓はターン終了を宣言した。


 両者二ターン目が終了した時点で、意外にも接戦を演じていた。


 十希はライフ1550点、手札一枚、フィールド上には逆さまの蝶と悪魔の道化師が召喚されているが、どちらも攻撃力は0なので決定打に欠ける。次のターンのドローフェイズにキーカードを引いておきたいところだ。


 一方の楓はライフ1050点、手札二枚、そしてフィールド上にはマンティコアを召喚している。マンティコアの体力は50なので一撃を受ければすぐに倒されてしまうことだろう。とはいえ十希が召喚しているユニットカードでは倒すことすらできない。


 そして、ラストターンが始まった。




三ターン目(十希のターン)


「信じてるぞ、オレのカード……」


 息を整え、軽く深呼吸する。このターンで決めておきたい。楓のターンになれば、なにが起こるかわからないからだ。


 十希は自分の山札に向けてそっと呟くと、覚悟を決めてカードを引いた。


「――――ッ!? オレの引いたカードは『悪魔の呪縛』だ!!」


『悪魔の呪縛 闇属性 C1 魔法


 1000点のライフを支払う。全てのプレイヤーはゲームから除外されている(悪魔)と名のつくユニットカード全てを場に特殊召喚することができる』


 最後に十希が引いたカード、それは悪魔の呪縛。勝負を決める切り札だ。


「あ……」


 十希が手札から悪魔の呪縛を発動した瞬間、楓は十希がゲームから除外したカードを確認する。除外されているカードは三枚。逆さまの蝶、首吊り悪魔、憂夢な悪魔。三枚全てユニットカードだった。


「これで終わりだな、南雲」


 十希が発動した悪魔の呪縛は1000点のライフを支払う代わりに、ゲームから除外されているユニットカードを特殊召喚することができる魔法カードだ。


 1000点のライフを失った十希は、残りライフポイントが550点になった。しかし黒魔術を発動した時にゲームから除外していた三体のユニットカードをフィールド上に特殊召喚することに成功した。


 十希のフィールド上には、攻撃力600のユニットカードが二体召喚されている。


「首吊り悪魔と憂夢な悪魔の二体で南雲を攻撃だっ」


 二体の攻撃力は合計1200点、そして楓の残りライフポイントは1050点だ。


 つまり首吊り悪魔と憂夢な悪魔の攻撃を受けた楓のライフポイントは0点となる。この勝負、十希の勝ちだ。


「……負け」


 二体の攻撃を受けた楓は、自分の負けを認めた。月例大会で四連覇することはできなかったが、無表情の中にも満足気な感情を浮かべているようにも見える。


「ほ、ホントに優勝しちゃうなんて……」


 楓と互角の勝負を演じた十希だったが、ここ一番という時ほどカードの引きが強い。本当に強いプレイヤーは、運も味方にしてしまうようだった。


「言っただろ? オレは全国で二番目くらいに強いってさ」


 それは比喩ではない。十希の実力でもぎ取ったものだ。いづみは改めて、十希の凄さを実感するのだった。




 今日、あたしの家で月例大会が開催された。


 十希は決勝戦で楓を破って華々しい復活を遂げたけど、どうやらそれが時の迷宮をプレイする人たちの間で噂になっているみたいだ。全国大会で準優勝した腕が未だ健在ということを十二分に印象付けた十希の存在は、全国大会へ向けてライバルが一人増えたと考えているのかもしれない。


 やがてあたしと十希の許に一人に女性が姿を現すことになる。でもそれはもう少し先のお話だ。


 今はただ、十希を倒せるようになるべく特訓あるのみっ!



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