一方、私立天成中学校―――
「はい……で、ですから本校はそのような――」
「私たちの方でも今調査中でして――」
「ど、怒鳴らてばかりでは、困ります……!」
職員室からは先日のシュートによる暴露で明らかになった天成中学校の本性に対する苦情・非難の電話がひっきりなしとなっていた。ほとんどの教員が毎日対応に追われており、彼らは日に日にやつれていくばかりである。
『聞いたわよ?青野って担任が率先して虐めを知らんぷりしてたんですってね。名門校なのになんて人間レベルの酷い教員を雇ってるのかしら!』
『青野って教師に変わって!私の息子もあいつの生徒だったんだけど、あの子クラスメイトたちに虐められてて、なのにその時あいつはあの子の助けの要求を突っぱねたのよ!そんな最低な人間がどうしてまだ教師なんてやってるのよ!?』
『去年青野が担任だったうちの娘が、成績が良くなかったからってあいつに散々嫌味を言われて虫けら扱いされたんだ!あのクズ野郎に言わせろ、お前に教師をやる資格なんて無いってな!!』
一般教員の中では青野が特に叩かれていて、在校生・卒業生の保護者たちがこぞって彼を出せと怒りの声を上げた。青野は退院して学校に来ているのだが、他の教師たちが彼の代わりに電話に出て対処しようとしている。時折電話から漏れ出る自分への怒声と罵声が聞こえる度に、青野は体を震わせて怯えていた。
「止めろ………もう止めてくれ……!どうして自分ばかりが、こんなに責められなければならなんだ……!!」
やがて青野は重度の胃潰瘍を患い、精神も酷く病んでしまい、家からも出られなくなったとか。
校長室では、校長の硲と教頭が顔を真っ青にさせながら、この天成中学校の大炎上をどう鎮火させようか頭を悩ませていた。
「まさか、まさかまさか……このような事態にまで悪化するとは……!これも全部、三ツ木柊人の仕業か……っ」
「ぬ……ぐぐぐ!我らの慢心が過ぎたせいで、あの本音が世に出てしまった……!彼がここまでのことをするなど、想像もしなかった!甘く、見過ぎていた………」
二人ともシュートを侮ったことのツケが回ったことを実感して、あの時うかつに口を滑らせたことを酷く後悔していた。
そんな二人のもとに電話がかかってくる。学校用のものではなく彼らよりも上の立場にある人間との連絡用途の携帯電話から着信が入る。硲は慌ててそれに出て通話に応じる。
「お世話になっております、硲です…………な、中里会長……!」
硲の口から出た中里会長という言葉に教頭はびくりと体を強張らせる。二人にとって中里大企業の会長は出資による援助の恩があり、絶対的な上司でもある。そんな彼からの突然の電話に二人は一気に緊張する。
「申し訳ございません、ただいま世間を騒がせている例の件の対応に追われておりまして。会長もワイドショー等でご存知かと思いますが…………え?
し、出資金を廃止する!?お、お待ちください!!」
硲の狼狽に満ちた声に教頭は自分の耳を疑わずにはいられなかった。中里会長が直々にこの私立中学校への出資を廃止すると宣言したのだ。
シュートの画策による天成中学校の大炎上の件は、中里大企業にも飛び火してきていた。中里会長の息子…中里優太が虐めの主犯であることが大きく関係しており、その父親の中里会長が親としての監督不行き届きだと世間にそう指摘されて、一斉に叩かれ炎上した。天成中学校だけではなく中里大企業にとっても大打撃の事態となった。
炎上したその日から中里大企業の傘下の会社の株価も暴落の一途をたどっている。連日ストップ安である。
このままではまずいと判断した中里会長は、せめてもの措置として、私立天成中学校への出資を廃止して、自分は無関係であることを通すことにした。
以前硲たちが虐め問題を隠蔽するべくシュートを切り捨てたように、今度は彼らが中里会長によって切り捨てられようとしている、トカゲの尻尾切りのように。
「どうか、お考え直しを!この問題は我々でどうにか解決してみせます!会長と中里大企業の方には決してご迷惑にならないよう尽力いたしますので、どうか……どうか時間をもう少しくだ―――」
硲の縋る言葉も空しく、途中で通話が切られた。それは明確な資金援助の廃止・縁切りを意味するものだった。考え直すよう電話を掛け直そうとしたところに、別の着信がかかる。これも硲たちにとってお得意さんの偉い人間である。
電話の内容は、先ほどの中里会長と同じようなもので、大炎上の件については自分たちは関与しないとのこと。庇い立ては一切しないと公言するものだった。
そういった電話はさらにいくつもかかってきて、天成中学校の味方をする企業やお偉いさんは一人もいなくなり、後ろ盾が完全に消滅したことが確定した。
そして止めと言わんばかりに、文部省の通達による教育委員会から虐め問題についての徹底的な査定が入るとの連絡が入った。今から何もかもを隠蔽するのはもはや不可能である。
「あ……ああ、あ………」
教頭は絶望のあまりに崩れ落ち、硲も血の気が失せた状態のまま頭を抱える。この時硲の脳裏には、ひと月以上前に退学させたシュートが発したあの言葉が再生される。
(お前ら、もしこのまま何もかも隠そうとするなら、絶対に後悔させてやるからな……!)
「あの少年の言う通りに、なってしまった………。我々は、もう終わりだ……………」
生気が抜けて抜け殻のようになった硲は、乾いた笑みを浮かべて力無くそう言うのだった。
2のA教室………ここに在席している生徒たちは全員穏やかでいられずにいた。
「なぁ……日に日にヤバくなってねぇか?この学校さ」
「学校というか、俺らまでヤバい目に遭いそうなんだけど」
「今朝の電車……他の乗客がなんか私たちを睨んでた気がする……」
「気がするというか、間違いなく私たちを睨んでたわ。どうして私たちが睨まれないといけないのよ……」
「学校と、ここに通ってる先生と俺たち生徒が悪者扱いされてねーか?」
「なんだよそれ!?俺らは悪いこと何もしてねーのに!」
「いや……俺たちの場合、そうは言えないんじゃね?俺たちが睨まれてる理由ってやっぱり……」
「「「「「………………」」」」」
全員共通して一人の人物を思い浮かべる。その人物は約一ヶ月前までこのクラスに在籍していたのだが退学処分をくらって今はもういない。2のAの生徒たちにとってもう関係など無いと決めつけていた。
しかしとある有名学生ユアチューバーが先日に生配信でとんでもない暴露を行ったことで、そうも言っていられなくなった。彼は2のAの生徒たちが悪者であると貶めて、世間も彼の言葉を大いに信用している。
「なぁ、俺らやこの学校が睨まれたり叩かれたりしてるのって……」
「絶対あの生配信のせいだよね…」
「その生配信をしていた人って、やっぱり……」
「あいつしか、いねぇよ………」
2のA生徒の誰もが一人の元クラスメイトを思い出して、震え上がる。脳裏に浮かぶのは一ヶ月以上前に起こった残虐極まりない傷害騒動。それはたった一人の生徒…彼らの元クラスメイト・三ツ木柊人の仕業である。
シュートが彼らに見せた最後の顔は、憎悪に満ちてたもので、「お前らにも必ず地獄を見せてやる」と暗に言ってすら思えた。
「………シュート君。これが、君のやりたかったことなのか……?」
クラス委員長の紅実は、自分の席に座ったまま陰鬱な面持ちで、シュートのことで考えがいっぱいだった。
「中里君たちだけじゃ飽き足らず、私たちクラスメイト全員、青野先生や校長先生、そしてこの学校全てにも、仕返しをするつもりなのか……」
改めてシュートが規格外の力を持っていて、その力を恐ろしいことに振るっていることを思い知り、紅実は彼に対して恐怖していた。
「―――!!」「――っ!――――!!」「~~~~~!!」
始業のチャイムがそろそろ鳴ろうかというところに、教室の外…廊下の窓の外からいくつもの怒鳴り声が聞こえてくる。何事かと紅実たちが教室を出て廊下から外を覗くと……衝撃的な光景が広がっていた。
「なん、だ………これは……!?」
紅実はもちろん、2のA生徒全員が驚愕のあまりに絶句していた。さらに言えば、2のA以外の他の教室にいるどの生徒たちも同じように窓を開けて、絶句していた。
生徒たちの目に映っている校舎の外、校門前には―――何人もの暴徒が立ち入ろうとしていた。